病室
病院の駐車場に車を停めて、高崎達は、妹島の病室へと向かう。
面会時間が終了していたが、規模の大きなこの病院では、緊急外来用の出入り口が開いており、思ったよりもすんなりと病棟に潜り込むことができた。
「防犯カメラには、確実に映っていますよね」
高崎が、エレベーター前の天井付近に備え付けられたカメラに目を向けてぼやけば、「当たり前ですよ。そんなの」と、紗栄子が一蹴する。
高崎としては、この件のために一生を棒に振るような真似はしたくないのだが、紗栄子は、仁子のことしか頭にないようだった。
「すみません。昼間、主人の見舞いに来た時に家の鍵を忘れちゃったみたいで、静かにしますから、一瞬だけ探させてください」
紗栄子がナースステーションに声をかける。
「ちょ、ちょっと紗栄子さん! 声なんかかけたらダメですって!」
これから妹島を殺害しようというのに、看護師に見つかるのはまずい。
高崎は、紗栄子を止めるが、遅かった。
「家の鍵ですか……」
苦い表情の看護師が、こちらへ寄ってくる。
「ええ。それが、スペアを持っていませんし、絶対ここで落としたんです」
「そうですか……」
チラリと看護師の目線が高崎に向く。
この看護師は覚えている。高崎が一人で見舞いに来た時に、個室に移っていると教えてくれた看護師だ。「ああ……」と、看護師が小さな声を漏らしたところをみると、看護師の方でも高崎を覚えていたのだろう。
「す、すみません。俺が、うっかり落としたばっかりに……」
紗栄子に話を合わせて、高崎は頭を下げる。
「仕方ありませんね。すぐに戻って来て下さいよ」
「ありがとう! できるだけ急ぎます!」
紗栄子は、明るく看護師にそう返事すると、気の進まない高崎を押してナースステーションを後にした。
「あんな風に声掛ける必要ってあります?」
小声で高崎は紗栄子を非難する。
高崎からしてみれば、紗栄子の行動は不可解だった。
今からする行為を考えれば、ナースステーションで顔を覚えられるのは、あまり賢いとは思えなかった。
「だって、どうせ防犯カメラがあるのよ。それならば、コソコソと入るほうが、後々怪しまれるじゃないですか」
紗栄子は、ケロッとしていた。
「それよりも、私、人事課で木下課長のデータを確認して、気づいたことがあるんです。それで、きっと、相手の尻尾をつかめます」
「そうですか……?」
同じデータを、高崎も横から見ていた。
見たのは、木下の住所と電話番号、家族、そして、今の会社に入るまでの学歴と職歴。たいして変わったものには、高崎には見えなかったが、紗栄子は何を気づいたのだろう。高崎は首をかしげる。
照明を落とした陰気な病院の廊下を抜けると、妹島の病室があった。
扉を開くと、妹島がベッドに横たわっていた。
意識はないようだった。
「やっぱりね」
「どういうことですか?」
「おかしいと思わない? 妹島がどうして目覚めないのか。妹島が目を覚ましていたら、他人に薬を飲まされたのよ? とっくの昔に警察沙汰になっているはずよ」
「それは、薬を飲まされて、手首を切られたから」
「それ、誰から聞いたの?」
「木下課長……ああ? 嘘だったんですか? いや、でも……さっきの看護師……」
高崎は、個室に案内された時の会話を思い出す。
「え、病室を移動したんですか?」
「ええ。昨日、ちょっとした騒ぎがあったので、個室へ移動したんです」
確か、そんな簡単な会話をしただけで、看護師は自殺未遂をはかったなんて一言も言っていない。
紗栄子が妹島の入院着の腕をまくって左腕の包帯を解く。
「ちょっと! 紗栄子さん?」
「大丈夫よ。こんな嘘の包帯」
「嘘?」
「ええ、巻き方が違うのよ。デタラメにグルグル巻いただけ」
「デタラメ?」
「ほら、肘の方から巻き始めているでしょう。手首の方から巻くのよ」
紗栄子によってスルスルと解かれた、妹島の左腕の包帯の下に、あるはずの傷はなかった。
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