第1話 初体験1

 ぼくは横浜の中学高校一貫教育の私立学校に通っている。その中学高校の親友で仲里というヤツがいる。ぼくの学校から徒歩20分くらいのところに住んでいた。学校帰り、ぼくはよく彼の家に行っては暇つぶしをしていた。彼には妹がいた。仲里美姫といって、ぼくらの学校の一駅手前の女子校に通っている。ぼくが中学に入学した時、美姫は小学校6年生だった。妹みたいなものだ。それから6年。今、ぼくは高校3年生で彼女は2年生。


 ぼくが中学1年の時からずっと彼女のことをミキちゃん、ミキちゃんと呼んでいた。去年のこと。急に美姫が「そのミキちゃんって呼び方、止めよう!なんかさ、ぶっとい杉の木の幹(みき)みたいに自分が感じる!明彦、これからは私をヒメと呼んで!」と言われた。

「わかった、ヒメ。みんなにもキミのことをヒメと呼ぶと言っておくよ」

「みんなはいいのよ。明彦は私をそう呼んで」

「ぼくだけ?」

「そういうこと」

「・・・まあ、了解だ」みんなはミキちゃんと呼んで、ぼくだけヒメって変だろ?ま、いいか。

「うん、ありがと」


 高校3年生のぼくは大学受験を控えていた。夏休みでたまたま塾の授業もなかった。暇だったので、連絡もせずに仲里の家を訪れたらヤツは留守。家中留守で、ヒメだけが居た。帰ろうとするぼくに「明彦、待ってなよ、兄貴、もうすぐ帰ってくるよ、たぶん」という彼女。


 ヒメはショートボブの髪型で、軽く茶髪に染めている。20世紀だから、髪を染めている女子高生というだけで不良扱いされた時代。彼女の中学高校一貫教育のカトリック系進学校では教師に目をつけられるギリギリの染め方だ。彼女は不良じゃないが、ちょっとだけ反抗してみてます、という感じがぼくは好きだ。


 黒のブランドロゴがデザインされたTシャツ、デニムの膝上15センチくらいのミニスカートに素足。20世紀に『生足』なんて単語はなかった。玄関の框に立った彼女の目線と玄関土間のぼくの目線が同じくらい。


 少々ポチャっとしていて、本人は脚がちょっと太いかなあ、と気にしている。でも、脚はキレイだよ、無駄毛の処理もちゃんとしてるんだよ、見てみて、触って、スベスベだよ、なんて言う。小学生の時だったらいいが、ぼくも高校3年生、色気づいていいる。女子高生に脚を触ってみて、なんて言われても困る。彼女は6年前と変わらず、と思っていた。


「う~ん、まあ、いいかぁ~」といつものように家に上がり込む。


 彼女の家は、積水の新しめの住宅だった。コンクリートブロックを2つ、ちょっと狭い幅の廊下で接続した構造。廊下の部分には、風呂場が付属している。


 ぼくは、玄関を入った左手のいつもの応接間に入ろうとした。


「私の部屋に来ない?」と言うヒメ。

「お!いいよ!」と言うぼく。女の子の部屋に行くという感覚はない。初めてヒメの部屋にいくわけじゃない。彼女の部屋のある2階にあがった。


「しかし、殺風景な部屋だよな、ヒメの部屋は」確かに殺風景なのだ。壁には、化学の周期律表が貼ってある。映画のロッキー・ホラー・ショーのポスター。本棚には、群像のバックナンバーがぎっしりと。ベッドはネイビーブルーのカバー。ピローも同じだ。


「うるさいヤツね。私の部屋をどう飾ろうと勝手でしょ?」

「まあ、いいけどね。キミの年頃だと、普通、ディズニーのベッドカバーとか、スリッパとか、そういう趣味なんじゃないの?」

「私に『普通』とかいわないでね、明彦!」

「わかりました。ヒメは特別」

「音(おと)でもかける?」とスカートの裾をちょっと引っ張ってヒメは立ち上がった。デニムのミニスカート。膝上15cm。それにダブダブのTシャツ。ヒメ、ブラをつけてない。それぐらいは鈍いぼくでもわかる。


 彼女は、ラジカセにクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのテープをいれた。(しかし、CCRと書けば短いが、『クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル』なんて、誰が考えたんだろうか?)『プラウド・メアリー』、『ダウン・オン・ザ・コーナー』、『雨を見たかい』・・・この前テープを貸したんだ、彼女に。


「暑いわね、扇風機つけるわね」扇風機はぼくらの方を向いて、弱い風を送り出した。


 ぼくは、ベットに横座りに腰掛けた。ぼくに向かってヒメが膝を抱えて腰掛けた。デニムのミニスカートがずり上がる。「ヒメ、パンツが見えてるよ」こいつは昔から無防備で、小学校の頃からヒメのパンツは見慣れている。白のコットン。だけど、もう、ぼくらは高校生なんだから、あまりパンツを見せないで欲しい。


「いまさら何を言うのよ!6年間、さんざん私のパンツぐらい見慣れてるでしょ?」と言って脚を拡げる。「ほら、ちゃんと見なさい!」

「あのね、ヒメ、もう、ぼくらは高校生なんだから、あまりパンツを見せないで欲しい」

「あら?明彦でも私を意識するの?」

「ヒメだろうと誰だろうと、高校2年生の女の子がデニムのミニをはいて、脚を拡げて男の子にパンツを見せたら意識するだろ?」

「私だろうと誰だろうと?誰でも?」

「・・・いや、特にヒメのは・・・」

「よろしい!じゃあ、パンツ、隠したげる」と脚を閉じた。何を考えているんだろう?


 ぼくらは、8月の午後の暑いさなか、数インチ離れて、ベットに腰掛けて、音楽を聴いていた。

「ねえ、明彦?」とヒメが急にぼくの方を向いて訊いた。

「?」

「明彦は、女の子とキスしたことある?」

「ないよ」とそっけなく答えるぼく。あるんだけど。ウソをつく。

「そう・・・私もキスしたことない!ねえ、女の子とキスしたいと思わない?」

「思うよ、もちろん」とぼく。急に何なんだ?

「そう・・・、そうなんだ・・・」


「ねえ?」とヒメがぼくにすり寄って言う。

「なに?」顔と顔が4インチも離れていない。

「私とキスしない?・・・練習のために・・・」とヒメ。

「練習のために?練習?・・・まあ、いいよ」とぼく。練習ってなんだ?口がカラカラに渇いてしまう


 ぼくらはキスをした。ぼくだってキスの経験は2度しかない。ヒメは初めて。顔を傾けないと鼻があたるくらいはぼくでもわかる。唇を触れ合わせた。彼女の鼻の下が汗ばんでいた。目をギュッとつぶっている。ヒメがおずおずと口を開いた。彼女の鼻息が感じられた。


 ぼくが舌を彼女の口にさしいれた。彼女が目を見開く。舌なんていれるとは思ってなかったのか?また目をつぶった。彼女の舌をちょんちょんとつついてみた。彼女もぼくに合わせて舌を動かす。舌が絡み合う。ヒメが鼻で大きく息を吸い込んで吐いた。うふ~、と熱い吐息がぼくの頬にあたる。


 ぼくらはだんだん慣れてきた。相手の口の中をヒメの、ぼくの、舌が動く。歯の表をたどり、歯の裏をたどり、舌をからめて、舌の裏側をなぞり、舌を吸い、吸われた。ヒメを抱きしめて、背中に指をはわせた。ヒメもぼくを抱きしめた。


 扇風機の弱い風が頬に当たる。ぼくらは汗をかいた。口を離した。相手を見つめる。


「うん、悪くない。キスって気持ちいい・・・明彦、どうだった?」とヒメ。

「・・・興奮した」とぼく。

「・・・れ、練習だよ、単なる練習・・・でも、明彦が相手だから・・・私の最初のキス」

「ぼくはヒメにほんとの彼氏ができる前の練習台か・・・」

「そ、そうだよ。明彦だって、同じじゃん?私は明彦にほんとの彼女ができる前の練習台」

「もっと練習する?」

「うん」


 高校3年生と2年生の男女だ。一度味わうと止まらなくなる。お互い貪り合う。ぼくはヒメをそっと押し倒した。プニプニしている体が抱きしめると壊れそうだ。自然な反応でぼくのが固くなってしまう。固くなったのを知られないように体を離そうとしたけど、ヒメがしがみついてくる。ヒメが目を見開いて口を離した。

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