櫻井家の演技派女優

AMAMINE

第一章 一話 それが始まり。


「お母さーん!今日の収録、あの橋木さんも来るんだよ!遅れたらまずいって!早くして!」

華子の大きな声が、この無駄に大きい部屋に響く。

「元々はあなたの準備が遅かったんでしょう?もう。今年からは高校生なのよ。そんなにはしたなくしないの。」

そして、それをいつも通りに母が諭す。

「分かってるってば!葉子も早く行くよ!」

「はーい。今行く。」

華子の大きな声に対して、私は小声でそれに返す。

これが、私たちの日常。


収録場に着くと既に大勢の人が集まっており、自分たちが最後のようだった。

「ほら。華子の支度が遅いせいよ。」

またやったっちゃったじゃないと呆れた顔をして、母が監督の富田さんに謝罪をしに行く。

「すみません、富田さん。また私たちが遅れてしまって…」

だが、いつものことなので富田さんも軽く大丈夫ですよと受け流す。

「それじゃあ、始めますんで皆さん集まってください!」

役者がそろったところで、そこからドラマの撮影がスタートした。


このドラマは、生き別れた双子の姉妹が再開する、いわゆる感動物語である。

(まぁ、そんなこと現実で考えられないけどね...いや、案外あるのかな?)

そして当然、原作からなぞるに主役は櫻井家の双子の姉妹。

(私、目立つの嫌だなー何で主役なのー。主役橋木さんでしょーどう考えてもー)

ちなみに橋木さんは双子の友達役だ。

「あ、葉子ちゃん、そこに居たら映っちゃうわよ!」

そんなことを考えて、ぼーっとしていた葉子は橋木さんに注意を喰らってすみませんと一歩引く。

そこで、鋭い視線を感じたのが分かった。

そう、橋木さんの大ファンの華子だ。

(あー後で面倒くさいやつー)


案の定。

今日分の撮影が終わり、自宅へ帰る車内では華子の愚痴が会話の大半を占めていた。

「もう、葉子!ずるいんだけど!あの、あの橋木さんに声かけられて!」

このどうでもいい会話がさっきから約15分は続いている。

「ごめんごめん。次からは気を付けるから。」

(撮影中にぼーっとしないようにね。)

口に出すと怒られるだろうから心の中でつけ足しておく。

(下手なこと言って、これが長引くと面倒だもんね。)

「もーお!次こそは絶対橋木さんに話しかけたい、いや、話しかけるんだから!」

(毎回同じこと言っているような気がするなぁー。てか、まだ話せてもいないんだ、お姉ちゃん。)

やれやれと、葉子は肩をすくめ、景色でも見ていようと目を外に向けた、

その時だった。



ドンッ!!

ガシャンッ!


大きな衝撃音とガラスの割れる音と共に、直線に前を走っていたはずの車が車線を外れて右に横へ飛んだ。

(え、なにこれ?)

「きゃあぁぁっ!」

それとほぼ同時に隣に座る華子の叫び声が聞こえた。

「どういうこと!、何っ!」

そして、前からは母の焦った声と、

「えっ、何がっ!」

運転席に座っているマネージャーの北田さんの困惑した声。

(え…これ、どういうこと…大丈夫、だよね…?)

一通り衝撃がやみ、閉じていた目を開けて飛び込んできたのは、自分の願望とはかけ離れた、まさに惨劇だった。

どうやら、左側のたいこうしゃせんから車が突っ込んできたらしい。

隣を見ると突っ込んできた車の影響で一部が自分の座席ぎりぎりで内側にへこんでいた。

そして、そこに座っていた華子はというと、

「え、華、子?…」

車が突っ込んできた左側は、車の皮が一部剥げており、それで崩れた車体の瓦礫の下に華子の下半身が埋まっていた。

さらに、血だらけの華子の体は一部、形が変わっており、明らかに腕がおかしい方向に曲がっていた。

(うそ、うそ…なんで?え、は?)

「お、お母、さん…?」

また、前方に目をやると、助手席に座っていた母は割れたガラスと血にまみれて、気を失っているようだった。

(え?…これ、なんで、こんなことに…)

「よ、葉子ちゃん…これ、なにが…、」

そう困惑に陥っている葉子に、運転席に座るマネージャーの北田さんが顔面蒼白で葉子に訴えた。

「わ、わからない…どうなってるの…」

多分、私も同じ顔をしているんだと思う。

「っ、まず、そう、とりあえず、電話を!」

そうして、北田さんは取り出したスマホで電話をかけ始める。

それを横目に私は、無謀にも悲惨な姿の華子の肩をゆする。

「は、華子、起きて!死んじゃ、だめっ!華子!」

(どうすればいい…どうしたら、華子…お母さんも…どうしよう…)

混乱する頭は、うまく回ってくれず、私は次第に気が遠くなってくる感覚に襲われる。

「おい!大丈夫か!?」

その時、この惨劇を目にしたであろう人が救助に駆け付けた。

「大変!早く助けないと!」

外からは、大騒ぎする人の声がうるさい程に聞こえて頭に響いた。

そして、助手席のドアが開くと、気絶したお母さんを男の人が担いで車の外に出す。

それに続いて、我に返った北田さんもドアを開けられて促され、車の外へ避難した。

それで、私も外に出ようと考えた。

けど、体は言うことを聞かない。

隣にいる姉の肩をゆすり続けて、姉の目を覚まそうと必死だった。

「華子!華子!起きて、いい加減に!ち、遅刻しちゃうよ!?」

だが一向に動く気配のない姉の様子に私は気づく。

「橋木さんに、次こそ話し掛けるんでしょ!?お願いだから!早く起きて!、ここから、早く出ないと!」

いや、気付いていた。

「お、お姉ちゃん!」

涙がたまって、視界が歪んだ。

「君!君も早く車から降りて!エンジンから引火する!」

男の人の声とともに、サイレンの音がけたたましく鳴り響き渡った。

その時、私が座っているほうのドアが開いて、救助隊の男の人が私を避難させようと、引っ張って促す。

「だ、だめっ!華子を、華子を、た、助けないと!」

私の言葉に、その救助隊の人は私の隣を見てはっとする。

「っ、ダメだ!残念だけど!もう...!」

その男の人は、徐々に声が小さくなっていった。

「え、なに?どういうこと!華子を助けないと!」

「だから、もう、無理なんだ!君だけでも…早く出るんだ!」

「や、やめてっ!」

私は、必死に抵抗した。


自分でもなぜそうしたのかわからないけど...その救助隊の手を振り払った。

華子を助けようとするのは無駄なことだと、わかっていたけど、それを拒んだ。


それでも、私の抵抗する力より、やっぱりその人のほうが力が強く、私は車から引きずり出された。

そして、その数秒にも満たない時間の間に、車は大きく爆発し、炎が勢いよく燃え上がった。

「え、あ...う、そ…は、華子は?華子は、助けたよね?」

信じられない。

信じたくない。

そんな気持ちが押し寄せて、わかっているはずの事実を自分の中で否定した。

「葉子、ちゃん…」

そこで、涙目の北田さんが駆け寄ってきて、私のことを抱きしめた。

「ねぇ、北田さん…華子は?…どこにいるの?…」

「華子ちゃんは...いないのっ…けど、大丈夫だから...!」

それから北田さんは、私の必死な問いに、ずっと大丈夫だからと答え続けた。


それから私はされるがままにお母さんと北田さんと一緒に病院へ行った。

私と北田さんの怪我はそれほどひどくなく、軽い脳震盪程度だったらしい。

お母さんは、顔にガラスの破片が刺さって5張り縫う怪我をしてしまったらしい。


怪我の治療が終わるともう既に数時間か経過していて外は真っ暗だった。

警察の人には、帰るように促されて車の手配もしてもらった。


家に着いたら、お母さんは自分の部屋にすぐに戻って行って、私も同じようにした。

そこで、私はひたすら、


「なんで、私じゃなくて、華子だったのかな?」


事故の後、母の前ではずっと我慢していた涙が、流れ出る。


「もし私が、もう少し早く家を出るように言っていたら…」


「もし私が、あの時反対側の座席に座っていたら。」


そこからはもう、考えだしたら止まらない、終わりのない後悔。

もし、ああしていたら。

もし、こうやっていれば。

もし、もし、もし…

次々に浮かび上がる後悔…

それに私は、押しつぶされて、


「なんで、なんで!?あの時!私が…私が…!」


沈んでいって、


「っつ!うっ!なんでよ…!」


涙が枯れるまで泣いた。





それから翌日。

警察に呼ばれて事情聴取をしたり、保険のことなどの様々な事務的処理を行っていた。

そこで警察から

聞いた話によると、犯人は飲酒運転をしていた20代後半の男だそうだ。


それを聞いた時の私は、どんな顔をしていたんだろうか?


「ゆるせない…」


分からないけど、悔しい顔をしているんだろうか?

まぁ、そんなことはどうでもいい…


「絶対、許すはずないでしょ…」


私の言葉にこたえるようにそう返した母の声は、震えていたけど、いつもの母のものだったと思う。


諸々の処理が終ると外はやはり真っ暗だった。

そこで、母の厳しい顔がこちらに向いた。


「葉子。これからあなたが華子になりなさい。」


言っている意味が分からない。

いきなり、どうしたのだろうか?


「華子は、亡くなってしまった…だから、あなたが華子になりなさい。」


冗談を言っているのかと思って今うような内容だったけど、そうは思えない。



震えているけど透き通って、きれいな母の声。



私はそれにうなずいて返した。


そして、今日から私が華子になった。

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