第15話 戦いの果て

 倉庫内の空気が一気に張り詰めた。


桐生の周囲にいた男たちが陽一と加藤に向かってゆっくりと歩み寄る。暗闇の中で鈍い金属音が響いた。ナイフを構えた者、拳を固める者、そして無言で間合いを測る者。それぞれが迷いなく戦いに臨む姿勢を見せていた。


「……話し合いで済ませるつもりはないってわけですね。」


陽一が低く呟くと、桐生は煙を吐き出しながら薄く笑った。


「お前がどこまでやれるか、見せてもらおうか。」


その言葉を合図に、男たちが一斉に襲いかかってきた。



陽一はとっさに身を屈め、鋭く振るわれたナイフの軌跡を避けた。肩越しに冷たい風を感じた瞬間、すぐに反撃へと移る。相手の腹部に思い切り拳を叩き込んだ。鈍い衝撃とともに、男が苦しげにうめき声を上げる。


(今ので一人……まだ四人いる。)


背後で乾いた打撃音が響いた。振り向くと、加藤が拳を振り抜き、別の男を床に叩きつけたところだった。


「お前、案外やるじゃねえか。」


「余計なこと言ってる暇はないでしょう!」


再び前方から襲いかかってくる男を見据え、陽一は息を整えた。


相手がナイフを振りかざすのを見て、足を滑らせるように後退。そのまま横へと体をひねり、腕を掴む。勢いのままに相手を床へと投げつけると、ナイフがカランと音を立てて転がった。


その瞬間、背後から強烈な衝撃が襲った。


「ぐっ……!」


思い切り脇腹を殴られた陽一は、その場に膝をつきそうになる。しかし、歯を食いしばって踏みとどまり、すぐに態勢を立て直した。


「簡単には倒れねぇか……面白い。」


桐生の部下の一人がニヤリと笑う。


加藤もまた、複数の敵に囲まれながら激しい戦いを繰り広げていた。相手の攻撃を紙一重でかわしつつ、的確な打撃を繰り出している。その動きには無駄がなく、経験の差が感じられた。


だが、相手の数が多い。


このままでは、持久戦に持ち込まれれば不利だ。


(……突破口を見つけないと。)


陽一は、一瞬の隙をついて男の一人の足を払った。バランスを崩した相手の顎を狙い、思い切り拳を打ち上げる。


「ぐっ……!」


その男が倒れるのと同時に、陽一はすぐに桐生へと目を向けた。


桐生はまだ動かない。静かにこちらを見ている。


(やっぱり、こいつはただの観察役か……。)


桐生自身が戦いに加わることはない。それが分かった以上、狙うべきは彼の背後——すなわち、出口だ。


陽一は加藤に目配せした。加藤もすぐにそれを理解したように、わずかに頷く。


「合図を出したら、一気に駆け抜けるぞ。」


「了解。」


そして、次の瞬間——


陽一は近くに落ちていたナイフを拾い、倉庫の電気ケーブルへと勢いよく投げつけた。


バチンッ——!


電気が弾け、倉庫内が一瞬だけ暗闇に包まれる。


「今だ!」


陽一と加藤は、その瞬間を逃さず、全力で出口へと走り出した。


「逃がすな!」


桐生の部下たちがすぐに反応するが、暗闇の中では動きが鈍る。その隙を突き、二人は一気に倉庫の外へと飛び出した。



外に出た途端、冷たい夜風が肌を刺した。


「はぁ……はぁ……!」


陽一は息を切らしながらも、加藤と共に暗がりへと身を潜めた。


倉庫の中から怒声が聞こえるが、彼らが外へ出てくるにはもう少し時間がかかるだろう。


「……何とか、切り抜けたか。」


加藤が苦笑混じりに呟く。


「ええ。でも、収穫なしです。」


「いや……そうでもねぇぞ。」


加藤はポケットから、一枚のメモリカードを取り出した。


「……それは?」


「あのドサクサで、奴らの資料の一部を盗んできた。」


陽一はそれを見て、驚いた表情を浮かべた。


「中身は?」


「さあな。だが、シンカの情報が入ってる可能性は高い。」


「……解析しましょう。」


陽一はそのメモリカードを見つめながら、新たな手がかりを得た実感を噛みしめた。


(これで、少しは状況を動かせるかもしれない……。)


だが、その時——


スマホに美咲からのメッセージが届いた。


「どういうこと? 父が何か仕掛けたの? 私は知らなかった!」


陽一は、その文面を見つめながら眉をひそめた。


(……美咲は本当に何も知らなかったのか?)


それとも、これはさらなる罠なのか——。

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