第9話

「あの!わたしにも名刺下さい!お礼したいので!」


「けっこうです。」


「それなら名刺だけ下さい!」


「なぜです?」


「だ、だって。痴漢には名刺渡してるのに、私にはもらえないなんて不公平じゃないですか!」


「なるほど。一理ありますね。」


 

スーツの彼が私にそっと名刺を差し出してくれる。



名刺には、“弁護士法人 八乙女法律事務所 弁護士 八乙女やおとめ椿つばき”と書かれている。



「ぺ、ぺんこし……」



ふとスーツの襟元を見れば、金色のお花型のバッジが光っている。そのバッジ、いくつ集めるとレベル上がるんだっけ。



それよりも自分の名前を覚えて帰ってもらわないといけない。鞄から慌ててノートとペンを取り出し、自分の名前と電話番号を大きく書いた。



「これ!私の個人情報です!受け取って下さい!」


「特にけっこうです。」


「ええん。お願いします!わたしの秘密情報書いてありますからあ!」


「秘密情報なら余計に受け取るわけにはいきませんね。」



にっこり笑みを携えた弁護士さん。



差し出したノートの用紙には目もくれず。駅員さんに会釈をしてスタスタと歩いて行ってしまう。



「まままままって!まってまって!」



私も慌ててついて行き、エスカレーターの後ろから彼のジャケットのポケットに用紙を突っ込んだ。



「はい!もう私の個人情報から逃げられませんよ?」



ふふ。してやったりの、ニンマリ顔で弁護士さんの背後から顔を出す。クンクン。この人めちゃいい匂い。



弁護士さんがだるそうにタメ息を吐いて、ポケットの中の紙を広げた。

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