第二章:I am using her.
僕と彼女はピンクの古い扉をくぐり抜けた矢先、「ええーっ、どうなっているのー」と思わず言いたくなるほど、子供のようにきょとんとしてしまった。まるで寝起きの人がびっくりするくらい驚いている。なぜなら扉の先にあったのは、浴衣姿の男女や家族連れの草履の歩く音。昭和時代にありそうなお祭り会場そのものだったからだ。(ここはビルの中なのに…)それはまるで現実とは異なる世界。沿道の脇にある小さな空間に、ラムネや金魚すくいなどの屋台が所狭しと並んでおり、美味しそうなにおいと楽しそうな笑い声で溢れている。奥の方にある神社では祭りの熱狂に血が騒ぐ人たちが何やら神輿を持ってわっしょいわっしょいしているようだ。僕はどちらかというと陰キャだから、こういうリア充の巣みたいなところに行くと、めまいが…。
「君たちが、二階へのエレベーター起動カードを求める人たちかい?」いきなり話しかけてきた人物は、おじさんと呼ぶにはわずかに老けすぎていて、おじいさんと言うには若すぎる。「お祭り実行委員長」と書かれたカードを首からぶら下げ、名を「カナヤマ」と名乗る彼はどうやら一階の管理人のようだ。
「はい、そうです。あのークエストって一体何をすれば…?」
「おっ、やってくれるのか。おっちゃん、めっちゃ嬉しいわ」彼はにこっと笑顔を見せるとやってほしいクエストを説明し始めた。
「あそこに泣いている男の子がいるの、見えるやろうか?」彼は地面の上に座り、下を向きながらえーんえんと泣いている小学生くらいの男の子を指さした。
「あの子、祭りの途中で迷子になってしもうて。本当なら私ら実行委員スタッフが対応するねんけど、何せスタッフの数が少なくて。私たちスタッフの代わりに迷子のあの子を家族の元へ届けてあげてくれへんか?届けてくれたらカードをあげるわ」
「わかりました」
「おっ、ほんなら頼むで!」そういうと、彼は足早に『お祭り本部』と書かれたテントの方へ行ったの方へ行った。おそらく他にもやることがたくさんあるのだろう。
「もしよかったら、僕たちが家族を探すよ!」さっそく僕は迷子の男の子に声をかける。…。ダメだ。彼は一向に泣き続けていて僕たちの話なんて聞いてくれない。
「はーい、まずは泣き止もうか。大丈夫、怖くないよー」隣にいた彼女が声をかけると、その子は急に泣き止んだ。
「…なんで僕はダメで彼女なら泣き止むんだよ」男の子に聞こえないように小声で彼女に呟く。
「いやーこれが人間と幽霊の差というものだよ。さっきから無表情で全く笑わないあんたと違って、私には癒しスキルみたいなものが四六時中あふれているの」またディスられた…。
「ねぇ、あんた。よかったら私たち手を組まない?私たち、目的は一緒でしょ?何も「一人でやれ」なんて放送、さっき入らなかったし、二人でやった方が早いと思うんだけどな」泣き止んだ男の子の話を聞いている最中、彼女はそう提案してきた。
「……。わかった。でも、足を引っ張ったりしないでよ」
「足を引っ張るのはあんたでしょ!」彼女は意地張って言い返す。まだ二人が出会ってから間もないのに、こんなやりとり、何度目だろう。(さっきまで泣いていた男の子がこの会話を聞いてクスッと笑ってくれたので、まぁ結果オーライだけど)
彼から聞き出した、「メガネをかけていて、ひまわりの浴衣を着たお母さんと一緒に来た」という情報を元に探し出せば、迷子問題は一瞬で解決する。しかし、この広大なお祭り会場で探すのも大変である。何かいい手はないかな…。
「私が少し上から探そうかな」そうだ、彼女は幽霊だ。だから僕ら人間と違って、空を浮かんだり壁を通り抜けたりできる。そう思った矢先、彼女は上空へ浮上した。まるで漆黒のような色をしているけれど、お祭り会場の輝きによってその色がかき消されつつある上空へ。そして浴衣でごった返す沿道から彼のお母さんを探す。
「えっと…。あの羊のお面を被っている人は、、、違う。あっちのりんご飴を食べている人は、、、違う。じゃあ、あの周りをキョロキョロして誰かを探していそうな人は…あっ、いたかも!男の子のお母さん」上空を飛ぶ技術も、人を探す目も卓越している彼女は浮かんだ矢先、早速彼のお母さんを見つけてしまった(すごいな)。
「本当にありがとうございました。おかげでとても助かりました」
「おっちゃんからもお礼を言わせてもらうで。ほんま、ありがとうな」迷子の彼をお母さんの元へ引き渡した後、管理人と彼女ははほっと安心してそういった。やっぱり誰かの役に立つというのは自分も周りも嬉しくなる。そう思った僕らだった。
「…。そういえば、ここは天井も見えないし、本当にビルの中なんですか?どうしてこんな場所でお祭り会場を開いているのですか??」僕はふと、先ほどの疑問を管理人に聞いてみる。
「それはこれから上に行くにつれてわかるで。今、おっちゃんの口から説明はできへんわ」うわ、秘密にされた。
「あっ、そうそう。約束のエレベーター起動カードや。二階でも頑張ってクエストをするんやで」管理人は、僕にまるでクレジットカードのような材質のカードを渡した後、二階へのエレベーターを案内する。
「あれ、このエレベーター、まるで新品みたい。どうして廃墟のビルなのにここだけ新品なんだ?」
「ま、まあ、そこは目ぇつぶってくれ」また秘密にされた…。
「ほな、またな!」彼は元気よく上へ上がる僕らに手を振ってくれる。つられた僕たちも手を振り返した。これで1階はクリアだ。
「私たち、いい感じに協力できていたし、2階でもいい感じになりそうだね!」彼女が動くエレベーターの中で話しかける。彼女はエレベーターの天井を見ながら、嬉しそうに話す。
…ただ、彼女は一つ勘違いをしている。僕が彼女と協力したのは、漫画でよくある「二人で力を合わせてドッキドキ、ワックワクの大冒険!」をするためではない。単純に彼女は「最上階へ行く」という目的を果たすための道具として利用しやすかったからだ(I am using her.)。道具に協力なんてものはないし、目的を達成すれば彼女は不要。ただ、それだけ。
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