第2話 ワンルームの聖域

「さあさあ、遠慮しないで入ってください」

「遠慮もなにも俺の部屋だっての」

 まるで自分の部屋かのように自称・女神、金髪の少女が扉を開けて手招きするのに対して、当の借主である陸はやや疲れ気味にそう返した。

(とりあえず話を聞くだけ聞いてお引き取り願おう。それでも居座るようなら通報する)

 我ながら楽観的な考えだと思いながら、陸は少女に続いて部屋の中に入った。

 先ほど見た通り、部屋の中は一面が眩いほどの白に染められていた。余計な物は何一つ存在しない、どこまでも広がる真白の空間だけがそこにはあった。

「どうなってんだ、これ。本当に俺の部屋……だよな?」

 自室は独り暮らしには丁度良いワンルームだったはずだが、その光景は陸を混乱させるには十分過ぎるほどの衝撃を与える。

 どうやらこの少女は単なるコスプレ好きの不法侵入者、の一言で片付けられる存在ではないらしい。

「まさか、マジで本物の女神なのか?」

「だからそう言ってるじゃないですか。その証拠に今この部屋は私の秘術によって聖域、邪悪な者たちは絶対に立ち入ることのできない領域と化しているのです!!」

「人の部屋を勝手に聖域にするな。それに邪悪な者たちってなんだよ」

 まったく、と前に進んですぐ足が何かに引っかかって陸は派手にすっ転んだ。

「なんでここ段差になって、あだっ!!」

 起き上がって数歩のところで、今度は見えない壁にぶつかって陸は悲鳴を上げた。

「気を付けてください。部屋の作りは特にいじっていないので」

「……そういうのは先に言ってくれ」

 広大な空間が広がっていると陸は思っていたが、それはただの錯覚だったらしい。

 ちなみに陸が足を引っかけたのは、土間どまの段差部分だった。

「随分と雑な秘術だな。実はテレビ番組かなんかのドッキリ、ってことはないか? ぶっちゃけそっちの方が助かるんだけど」

 本物の神様かも、と信じかけていた陸だったが再び疑いの目を少女に向ける。

「私だってもっとちゃんとしたかったんですけど、この世界のことわりが影響してるのか術が中途半端にしか発動しないんですよ。でも聖域としての機能は問題ありませんから、その点についてはご心配なく!!」

「俺はお前のせいで、このアパートに住みづらくなるかもしれないってことの方が心配なんだが」

 白一色で分からないが、位置的に居間に当たる場所で陸と少女が対面する形で腰を下ろす。

「では改めまして、私の名はレイフェルミナ。この世界とは異なる世界の女神です。あなたの名前は?」

陸嶋陸おかじまりく。ごく普通の社会人だ」

 遅めの自己紹介を済ませたところで陸が切り出す。

「それで、その異世界の女神様が俺に何の用なんだ? 言っておくけど宗教の勧誘ならお断りだ。それと部屋はちゃんと元通りにしてもらうからな」

「勧誘ではありませんし、部屋は私が帰る際に元に戻しますから安心してください。単刀直入に言うと、私の世界を救ってほしいのです」

「断る」

「即答ですか!?」

「さっきも言ったが俺は普通の人間だ。世界を救うなんて無理に決まってるだろ」

「そんなことありません!! だって『神の知恵袋』で質問したら、この世界の人間を頼ってみろ、って親切な人が教えてくれましたよ!!」

「お前、自分の世界の命運ちゃんと考えてる!?」

 それに、と言ってレイフェルミナが何もない空間から数冊の本を取り出す。

 それは陸が好んで読む漫画、『転生しまくってたら最強になってた件』だった。タイトルで分かる通り、いわゆる異世界転生モノだ。

「リクさんは異世界に興味ありますよね?」

「興味があるかどうかの問題じゃないだろ!!」

「世界間の移動や異世界の影響で眠っていた力が覚醒するかも!! 万が一そうならなくても伝説級の武器が、必ず一つ付いてきますよ!!」

「押し売り感がすごいな!? あと伝説級の武器をおまけ扱いするな!!」

 グイグイ来るレイフェルミナを両手を突き出して制しながら、ふと思ったことを陸は訊く。

「待て待て、どういう訳かは分からないがこの世界の人間なら誰だって良いんだろ? 別に俺に拘る必要はないはずだ」

「他の人じゃ、駄目なんです。だって………」

 急に大人しくなったレイフェルミナを見て、陸は真剣な面持ちで次の言葉を待つ。

「だって、ほとんどが門前払いで、なぜか塩を投げつけてくる人までいたんです!!」

「お前、俺の前に何件回ってきた!? 通報されてないだけありがたいと思え!!」

「あと試験が近いからだとか、結婚を控えているだとかで断られてしまって!!」

「当たり前だろ!! もっとちゃんと人選しろよ!!」

「だから勉学に励んでいるわけでも、お人好しっぽい顔だけど結婚どころか異性との交遊すらなさそうなリクさんを選んだのに!!」

「この野郎、好き放題言いやがって!! 救世主じゃなくて神殺しが必要だっていうなら、今すぐなってやろうか!?」

 怒声を上げて立ち上がった陸に応じてレイフェルミナも臨戦態勢をとる。

「先ほどは後れを取りましたが、今は完全に聖域の中ですよ? 女神である私の真の力を見せてあげます。そしてリクさん、あなたは私の世界の救世主となるのです!!」

「あそこだって思いっきり聖域の中だろうが!! 今度は容赦しねぇぞ!! 異世界に行くつもりもない!!」

 人間と神、再び両者が衝突する。安アパートの一室で。

 普通に考えればとんでもないことが起きているのだが、夜は静かに更けていくだけだった。

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