【リリア視点】1.「性悪令嬢は反省しない」

 ルークはアタシのためなら喜んで死ぬし、何をされたって嫌がらない。

 だってアイツは奴隷で、アタシを必要としているから。

 独りぼっちだったアイツと一緒に遊んであげたし、冒険者になってからはパーティだって組んであげた。アタシは侯爵令嬢で、アイツは孤児。分不相応なほどの幸せを与えてあげてるの。だからアタシはアイツのことを死ぬまでこき使うだけの権利がある。


 なのに――。


「恩を仇で返すような真似しやがってあのグズ! グズグズグズ! 死ね! 一回死んで蘇ってまた死ね! そんでもう一回だけ蘇ってアタシの靴をお舐めなさい!! 『リリア様。今日の爪先は非常に美味でございます。テイスティングがはかどります』って言え!!」


 アタシは枕に顔をうずめて、心の限り叫んだ。

 バタバタと蹴っても、このベッドは柔らかく受け止めてくれる。


 侯爵家――実家に強制帰還させられてから早や一日が経った。

 アタシが自分の実力で手に入れた数々の品はすでに失われてしまった。『星屑の杖』は目の前でお父様に折られ、『天魔のローブ』は庭の焼却炉で焼かれ、『素材回収鞄』はカルロとかいう新顔のゴミクズ召使いの管理下に置かれている。


 というかなんなのよ、あのカルロって。

 なんでアタシより、あんな目付きの悪いオッサンがお父様の信頼を勝ち取るわけ!?


 ああ、なんだかまた腹が立ってきた。


「みんなみんなアタシの方を信じてたじゃない! なのに、カルロとかいう気色悪い不潔なオッサンのせいで台無しよ!! きっとアイツが、アタシの口を魔法で動かして酷いこと言わせたんだわ!!」


 あの日、自分の思ったままの内容をぶちまけるつもりなんてなかった。口が勝手に動いて、抑えようとしても言葉が止まってくれなかっただけ。

 あれは魔法の仕業に決まってる。

 で、あの場でそんなことをするような奴はカルロしかいない。

 だって、アイツとゴミクズ馬鹿ルーク以外全員アタシの味方だったもん。


 ああ、なんか暴れてたら疲れちゃった。

 ベッドの上だし、このまま眠っちゃおうかしら。


 ふと見えた自分の左腕は、綺麗に何もついていない。腕時計はお父様に没収されてギルドに返却されてしまったから。

 恥知らずとか、冒険者失格とかお父様は言ってたっけ。


「世界一の冒険者になるはずだったのに、なんで……」


 死んだお母様はSランク冒険者だった。

 マーガレット・フォン・ルーデンス侯爵夫人。結婚してからも冒険者を続けていた話は、お父様から何度も聞かされた。といっても半分以上引退したような感じだったらしい。

 どうしてもお母様の力が必要なときにギルドから使者が来て頭を下げる。そんなとき、お母様は絶対に断らなかったらしい。そう遠くないとはいえ、王都から離れた町に住むお母様に声がかかるのはよほどのことだったから。


「職業『賢者』……お母様とおんなじ」


 魔法だって沢山覚えた。お母様と同じ雷の魔法だ。

 それも、腕時計がなければどんどん失われていく。あれは魔法やスキルを身体に記憶させる装置でもあるから、付けていない時間が長くなればなるほど無能に近付いていってしまう。


 アタシってこのまま令嬢として終わるのかしら。

 冒険者という肩書を失って。

 お母様の背中に追いつけないまま。


 アタシにはアタシの崇高な目的があるのに、どうしてグズで馬鹿な奴隷男に邪魔されなきゃならないのよ。

 ああ、またムカついてきたわ……。



☆ミ☆ミ☆



 ベッドで悶々としているとノックの音が響いた。


「お嬢、紅茶をお持ちしましたよ」


 カルロだ。

 ああ、やだ。顔も見たくない。不潔。気持ち悪い。言葉遣いも馴れ馴れしい。


「下げなさい。貴方の淹れた紅茶なんて飲めなくってよ」

「まあまあ、そう邪険に扱わないでくださいよ」


 ウザ……何こいつ。

 でも、ちょうどいいかも。

 最低の召使いだけど、お父様の言いなりなんだからアタシにだって逆らえないはずよ。


「あたくしピクニックに行きたいですわ。晴れてますし」

「それは駄目ですよ。今日は朝から侯爵が留守ですから」

「お父様が留守だからなんなんですの? ピクニックの支障にはならないですわ」

「お嬢を邸から一歩も出すなと仰せつかってますので」


 やっぱりお父様はアタシを閉じ込めておくつもりなんだ。

 こうなったのも全部ルークのせいだ。もちろんカルロにも責任の一端がある。


 なんとしてでもアタシは冒険者に戻る。そのためにはまず、ギルドに行って腕時計を貰わなきゃならない。

 せっかく覚えた数々の魔法を忘れないためにも。


「あのね、あたくしは子供じゃないんですの。行きたいところに行くし、誰の指図も受けません」

「お嬢、貴女は子供ですよ」


 ウッザ。

 何様なのよ、こいつ。

 いいわ。そこまで言うんだったらアタシも容赦しない。


「サンダー・アロー!!」

「うっ……!」


 アタシの放った雷の矢は見事にカルロの胸を射抜いた。召使いは、自分の淹れた紅茶ごと床に倒れ込む。


 ざまあみなさいなゴミクズ。

 しばらくは動けないでしょうけど、死なないでしょ。多分。


「じゃあねカルロさん。お父様には出任せを伝えるんですのよ。アタシは部屋で寝てるとかなんとか言えばいいんじゃないかしら? でないと自分の無能を晒すだけですわよ?」

「お嬢……どこへ……」


 絨毯の上で、カルロがアタシの足に手を伸ばす。

 そんなカルロの身体ごと跳び越えて、扉へと足を運んだ。


「どこへって、決まってますわ。ピクニックに行くだけですわよ。長ーいピクニックに」

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