25.「魔王」

 礼拝堂の奥に作られた階段を、俺は登っていた。前を行くシスティーナをじっと睨みながら。


 神の試練とやらは教会の最上部でしか受けられないらしい。外観を確認した際、教会の奥がささやかな塔になっていたが、そこが例の場所だ。

 パペは今、俺の腕に抱えられてぐったりとしている。先に宿屋まで運んでやりたかったが、システィーナは今すぐ神の試練を受けるよう要求し、譲らなかった。だからこうして、彼女を抱えたまま進んでいる。


 左右を石壁に囲まれた螺旋状の窮屈な階段に、システィーナの声が反響した。


「わたくしはずっと、ルークさんにお会いしたかったのですよ。こんな出会いになってしまったのは残念ですが、これも神のお導きです」


 返事をするのも嫌だったが、どうしても気になる点があった。


「ずっと?」

「そう、初めて貴方を見かけてからずっとです。一年ほど前でしょうか」


 一年前ならもちろん、リリアとパーティを組んでいた。

 その頃から俺に興味があったって、どういうことだ。


 黙ってシスティーナの背を見つめていると、彼女は短く笑った。


「侯爵のご令嬢なのに冒険者になって、しかも賢者として優秀な結果を残し続けている天才……貴方の幼馴染がそう噂されていたのはご存知かしら?」

「知ってるけど、それがどうした」

「ふふ。わたくし、同じ魔法職として彼女の魔力がどれほどのものか興味があったんですけれど……驚きましたわ。だって、ご令嬢のお隣にいらっしゃった男の子の方が、ずっとずっと強い魔力を持ってらしたんですもの」


 隣の男の子、というのは俺のことだろう。

 何を言ってるんだこいつは。

 俺の魔力がリリア以上?

 ありえない。


「俺の魔力がリリアより高いはずない」

「わたくしもそう思いましたよ。でも、何度見ても貴方の魔力は彼女をしのいでおりました。リリアさんもそれなりの魔力を持っているようでしたけれど、霞んでしまうくらいでしたよ? ……貴方、どうして『盾使い』を選んだのですか?」


 職業は本人の適正によって決まる。それを検査するアイテムがギルドにはあって、冒険者を志望する者はギルド加入の前に必ずそのアイテムで適正判断が行われる。

 その上で職業の固定化が行われる。職業に応じたスキルや魔法を得られるように成長の方向性が決まってしまうというわけだ。一度固定化してしまえば、どんな力を使っても二度と職業は変えられない。


 ――システィーナは淡々たんたんとそう話した。だからこそ、保有する魔力に見合わない『盾使い』なんてハズレ職業に就いていることが不思議でならないのだと、彼女は付け加えた。


「そんなこと……知らなかった」


 こいつに弱みなんて見せたくなかったが、気が付くと呟いていた。

 職業の固定化も、適職を診断するアイテムのことも、全部知らなかったのだ。


「あらあら、ご存知なかったんですね。ふふふ。貴方の知らないうちに職業を固定化させて、適正試験を通さずにギルドに加入させるなんて、とんでもないわ。固定化なら専用の器具があればできますし、書類をでっちあげるくらいならお金を積めば可能ですけど、そこまで意地悪するだなんてリリアさんは素敵な神経をしていらっしゃいますね」


 俺はギルド加入の手続きを何もしていない。宿屋の一室に軟禁されて、帰ってきたリリアに腕時計を渡されただけだ。となると職業固定化とやらは、その前にやられてたんだろう。俺のまったく気付かないうちに。


 最低だ。


「可哀想なルークさん……。職業を勝手に固定されるだなんて、それはもう人生を捻じ曲げられてしまったのと同じことですわ。とんでもない悪逆非道ですわね。ふふふ」

「俺の人生は俺のものだ。職業がすべてじゃない」


 半分強がりで、半分本心だ。

 リリアによって成長の方向性まで勝手に決められてたのは、もちろんショックだ。

 でも未来全部――人生全部が彼女の思い通りになったわけじゃないし、現に俺は今こうして、彼女の影響とはまったく無関係にパペを守ろうとしている。


「健気ですこと……。神の試練を受けても人生が残っているといいですわね」

「なあ、あんたの言う神の試練って、いったいなんなんだ」

「もうじき着きますから、最上階でご説明しましょう。……ところでルークさん。貴方は神を信じますか?」

「少なくとも、あんたたちの信じる神は信じない」

「あらあら……」


 振り返ったシスティーナの目は、たのしげに歪んでいた。


「わたくしの『神』は実在しますよ。目に見えるかたちで、疑う余地もないくらい確実に」

「神は見えないから神じゃないのか」

「古臭いお考えですわね……。ところでルークさん、魔王のことはご存知かしら?」


 魔王くらいは知ってる。

 というか、魔物に関する知識であれば普通の冒険者レベルにはある。


「魔物を統率する魔物のことだろ」


 魔王というのは、ただの呼称でしかない。実際に魔物の王であるかどうかなんて人間には分からない。

 魔物のなかにはごくまれに、ほかの魔物を統率する個体が現れる。それも、種を超えて、あらゆる魔物を指揮下におくことができるような特殊な個体だ。それを『魔王』と呼んでいる。


 魔王は得てして過去に目撃例のない異形の姿をしており、扱う能力もまちまちだ。


 魔王が発生した場合には、ギルド側でSランク冒険者を中心とした討伐隊を組むのが慣例になっている。早急に退治しないと部下の魔物をどんどん増やされ、人間の世界が滅茶苦茶にされてしまうのが分かりきっているからだ。

 発生期間はまばらだが、過去のケースから判断して、少なくとも五十年に一度は出現すると言われている。


 前回魔王が出たのはいつだったか……。

 確か、二十年か三十年くらい前だったような。


「魔を統べる魔。人類にとって共通の脅威です。誰もが魔王を恐れています」


 システィーナの足が止まった。

 彼女の肩越しに、イバラの装飾がほどこされた荘厳で禍々まがまがしい黒の扉が見えた。

 システィーナは話を続けながら、漆黒のじょうに鍵をさし込む。


「しかし、魔王がもたらす恩恵もあります」

「恩恵……?」

「討伐したあと――息絶えた魔王は、ほかの魔物と同じく、素材になります。大変貴重で、それぞれが特殊な効能を持つ、替えのきかない素材ですよ」


 錠をはずすと、システィーナは俺を一瞥いちべつしてから扉を押した。


 ギギギギィ……。


 重苦しい金属音が階段に反響する。


「魔王の素材を使った武器や防具は、魔王具と呼ばれる唯一無二の道具となります。それ自体が魔王に匹敵するほど絶大な力を秘めた道具……」


 扉の先は妙な部屋だった。

 壁の一面が吹き抜けになっていて、ちょうど王都の外――平原が見える。

 床も天井も黒ずんだ石で作られていた。

 そしてなにより目を引いたのは、吹き抜けの反対側の壁全体にかけられた分厚い深紅のカーテンだ。


 システィーナは無言で、俺を吹き抜けのところまで導いた。

 そして反対側の壁まで歩み、くくり紐を外して優雅にカーテンを引いた。


「魔王具『死霊砲台ヘカトンケイル』……これがわたくしの神です」


 解放されたカーテンの先。

 なかば壁に埋まるようにして、骸骨が大口を開けているようなモチーフの、砲口ほうこう二メートルにもなる巨大な砲台があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る