11.「自爆」
普通の人間なら良くて骨折、悪くて死亡。そんな高さから落ちたにもかかわらず、俺はなんの傷も負っていなかった。
ゴブリンキングの脳天へ繰り出した『シールドバッシュ』で衝撃が緩和されたのか、はたまた『オートガード』のおかげか……定かではないけれど、ひと安心だ。
ゴブリンキングはすっかり地面に埋まっていて、今や緑色のごつごつした頭部だけが亀裂の中心にあった。
素材回収は後回しだ。
そんなことより先にやっておくべきことがある。
振り返ると、地面に座り込んだ女の子の姿があった。髪は綺麗なオレンジ色で、内巻きのショートヘア。アホ毛が二束、ぴょこんと跳ねている。
彼女は両手を胸の前で組み合わせ、ぽかんと口を開いていた。心ここにあらずといった様子だ。
「大丈夫か、っと」
一歩踏み出した瞬間、よろけてしまった。
ケルベロスのときよりはマシだけれど、なんだか身体に力が入らない感じがある。
もしかして『シールドバッシュ』の反動?
『魔力不足だよ』
さも当たり前のようにマルスが言う。
魔力不足……?
まったく心当たりがない。『シールドバッシュ』って、要は盾で殴るだけなんじゃ……?
それに、魔力を消費するのは『聖者』とか『賢者』とか、魔法職に限った話だと思うけど。
『魔力不足』
いや、繰り返されてもまったく分からない。
マルスもそれ以上のことは分からないのか、胸ポケットの中でもそもそと首を横に振った。
まあ、立ってられないほど酷くはないし、とりあえずは良しとしよう。
見上げると、吊り橋や穴にひしめいていたゴブリンたちの姿はほとんどなくなっていた。
さてと。
「大丈夫かい?」
目の前まできても、女の子は唖然とした表情のまま硬直していた。
顔の前で手を振っても反応なし。
「おーい。生きてるかー?」
肩を叩いてみた瞬間、びくりと彼女の身体が震えた。
「ふぇっ!?」
「あ、ご、ごめん。驚かせようと思ったわけじゃなくて……。えーと、大丈夫?」
彼女は二、三度口をぱくぱくと開閉させた後、我に返ったのかハッとした顔に変わった。
「だ、だだだ大丈夫です。ボクは、だ、大丈夫じゃないけど大丈夫です。でも大丈夫じゃないですぅ!」
どっちだ。
声は快活だけど、動揺が激しい。
自分のことを『ボク』って言ってるけど、声や身体は明らかに女の子のそれだ。まあ、気にすることでもないか。
「意識ははっきりしてる?」
「はい! しっかりはっきり明晰ですけど」
「けど?」
「大丈夫じゃないですっ!」
「もしかして怪我してるってこと?」
彼女は目をつむり、ぶんぶんと首を横に振った。
とりあえず怪我はないらしい。
「良かった。とりあえずここを出よう」
こんなときにどうしていいか分からないけど、多分、手を差し伸べるのが正解だ。
そういえば、リリア以外の女の子とちゃんと喋るのは初めてかもしれない。
なんだか新鮮だ。
しかしながら、彼女は俺の突き出した手を取る様子がなかった。かといって立ち上がるでもない。座り込んだまま震えている。
「大丈夫だよ。もうゴブリンキングはいない。だから落ち着いて深呼吸を――」
「ち、違うんです! 違うんですぅ!」
「違うって何が?」
「逃げてください! 早く!!」
逃げろって、どういうことだろう。もしかしてまだ敵がいるのか?
ゴブリンキング以上の敵がどこかに隠れてるとか?
首を傾げた瞬間、彼女はとんでもないことを口走った。
「あと少しでここが爆発するんです! 何もかも! 全部! 木端微塵に吹っ飛ぶんですぅ!!」
何を馬鹿なことを言ってんだ、と笑い飛ばすことはできなかった。
彼女の声も表情も切実で、どこにも嘘の気配がない。
「分かった。じゃあ、一緒に逃げよう!」
咄嗟に彼女の腕を取ると、思いきり振り払われた。
「だ、駄目なんですぅっ! アッチイケ、アッチイケ、キライ、キライ!」
言葉の後半は、よほど言い慣れていないのか、驚くほどぎこちなかった。
なにか事情があるに違いない。それはきっと、のっぴきならないものなんだろう。
だとしても、ここで『分かった、さようなら』なんてありえない。
しゃがみ込んで笑いかける。
とりあえず落ち着いて話そう。そんな想いを込めて。
「なんで座るんですか! 早く逃げて! 本当に爆発するから!」
「君が一緒じゃないなら、俺も逃げないよ」
「な、な、な、なに馬鹿なこと言ってるんですかっ! 跡形もなく木端微塵ですよ!? 『火薬術師』のボクが言うんだから本当ですよ!?」
「へー。『火薬術師』なんて職業があるんだ」
「へー、じゃないんですよ!? 早く逃げるんですよぅ!!」
そんな職業があるなんて初耳だ。魔物については本で知識を得てきたけれど、職業にはあまり明るくない。これまで知ろうともしてこなかったから当然だけど。
耳に嫌な記憶が蘇る。『アンタは魔物の生態だけ勉強すれば充分! それ以外のことは全部不要よ!』
昔の俺は、リリアの言葉を鵜呑みにして生きてきたっけ。彼女の全部が正しいなんて思っていなかったし、むしろ間違いのほうが多いくらいには思っていたけど、それでも、逆らうという発想自体が欠けていたんだ。
今はなにもかもを知りたいと思ってる。心から。
「なにニコニコしてるんですかぁ! 逃げてってば!」
「ごめんごめん。でも、やっぱり君を置いて一人で逃げるのは嫌だな」
彼女を置いて逃げないってのは、もうとっくに決めたことだ。覆す気なんてない。
「だから、駄目なんですってば!!」
「爆発ってことは爆弾か何か? 無知だから間違ってたらごめんだけど、『火薬術師』のスキルか何かで解除できたりしないのかい?」
「普通の爆弾なら解除できますけど『自爆』は解除不可なんですぅ!!」
叫んでから、彼女はサッと目を伏せた。
自爆。
聞き間違えじゃない。確かに彼女はそう言った。
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