第11話 金を求めてねえ奴は真面目に働かねえ

「金に困ってねえ、金を求めてねえ奴は絶対に真面目に働かねえ、断言する」


 シルヴィアとエリオを見回しながら、ペタジーニは言葉を続ける。


「冒険者に限らず仕事ってのは、嫌な事や辛い事ばかりだ。だからこそ人を思い通りに働かせるためには、金という餌が絶対に必要だ。金が欲しくて働く奴は、よっぽど理不尽な仕打ちをしない限りは言う事を聞くからな。だが、餌を必要としていない人間は、コントロールがきかねえから、ちょっとでも気に食わない事があれば、すぐに逃げる。だからいらねえ」


 この言葉にシルヴィアは、ムッとした表情を浮かべて反論する。


「あの方の国を憂う気持ちと、純粋な正義感は本物でした。王国認定パーティーに加わればどんな困難も乗り越えて理想を追求してくれると思います。少なくとも私にはその様に見えました。ペタジーニ殿が仰るように、逃げることなどは絶対にないはずです」

「そうです、姫様。だからあいつは世のために抹殺しなきゃいけねえ、ウルトラブラック人材なんです」


 困惑するシルヴィアに、ペタジーニは笑いながら言い放つ。


「理想、正義と言えば聞こえは良いですが、ようは自分の身勝手な考え方です。この2つは、あらゆる法秩序、道徳倫理を無視して酔えるからタチが悪い。そんな奴と関わってたら、ストレスで俺はハゲちゃいます」

「人の意見を聞かず、身勝手なことばかりするとは限らないではないですか!」

「金は上下の関係を決めるツールでもあります。払う側が上で、貰う側が下です。その受け取りを拒否した時点で、お前は上じゃないから言う事を聞かないって宣言されたようなもんです。先ほども言いましたが、俺の言う事を聞かないような奴はいりません」

「ペタジーニ殿の仰ることは、なんでも聞かなければならないという考えの方がおかしいです!」

「俺の言う事を聞く事が、この国の借金を完済して、大国や大商家の圧力をはねのける事に繋がるんですよ。理想や正義なんていう主観より、よっぽど国民の幸せが守れます」


 シルヴィアが悔しそうな表情で黙り込む中、エリオが疑問に満ちた顔で質問してきた。


「アーミステッドがどんな人材かはともかくとして、ペタジーニさんのお金に対する価値観は概ね正しいと思います。でも、それだとおかしいなって思うこともあります」

「なんだ、言ってみろ?」

「ペタジーニさんは、今、僕の給料を昔に比べて大幅に削減していますよね? 新しく加入した姫様に至っては、王族が固定給をもらう事自体がおかしいという事で、無償で働いています。お金っていう餌を僕たちは満足に与えられていないのに、なぜかペタジーニさんの言う事を聞き続けてパーティーに残っているんです。これって矛盾していませんか?」

「そうです! ペタジーニ殿の言う事が正しいなら、私達がパーティーにいること自体おかしいではありませんか!」


 シルヴィアも、詰め寄るように言葉を重ねた。

 エリオの場合は本当に疑問に感じたことを尋ねているようだが、シルヴィアの反論できる糸口を見つけたのでエリオの言葉に便乗しているようだ。

 ペタジーニは、薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと口を開く。


「いい質問だな。その前に一つ確認がある。エリオ、お前は俺と初めて会った時、俺が弱小パーティーを強いパーティーだと誤魔化すって言ったのを聞いて、そんな事出来るわけねえ、こいつは詐欺師だって思っただろ? てか、今でも心の奥底では、そう思ってるだろ?」


 エリオは一瞬言葉に詰まるが、何も言えずに沈黙する。


「次に姫様。俺が勧めている王国認定パーティー制度の改革には、内心では大反対ですよね? なにせエストレア王国の伝統と誇りを侮辱するようなことを、大国の圧力を傘に推し進めているわけですから」


 シルヴィアの表情が一瞬曇り、口を閉じた


「さて、お前らは信用できない人間の言う事を、利益も与えてくれるわけでもないのに何故聞いているのか? それは恨みっていう、人間のもっとも強い感情が根本にあるからだよ」


 ペタジーニは軽く指を鳴らして、エリオを見つめる。


「エリオ、お前は家事や雑用を一手に引き受けてガーラント達を支えてきたのに、見下され続け、人前では笑いの種として嘲笑されてきた。悔しかっただろ? だが、冒険者としての実力差はどう頑張っても埋められないとも分かっていた。だから、お前は反発できなかった」


 ペタジーニはにやりと笑い、続ける。


「そんな時に弱いままでも、見返す手段があるって言われたら、詐欺だと思っても、希望にすがりたくなるだろ? お前が直接金を騙し取られるわけでもねえしな」


 エリオは唇を噛みしめ、言葉を失う。

 続けてペタジーニの矛先は、シルヴィアの方を向けられる。


「で、姫様はどうして今でも王国認定パーティーに参加されてるんですか? ヴェルデみたいになれるって俺は勧誘しましたけど、そんなのは気持ちよく乗せるための方便だって、頭が冷えた今なら分かってますよね?」

「……国の威信を守るためです。また、今は財政が厳しいので、国民の心に希望の光を灯す必要があるからです」

「ってのは建前で、実際のとこパーティーにいるのは、ガーラントに復讐するためですよね? 蝶よ花よと育てられたお姫様が、何股もかけてる男に弄ばれた。身体の関係が無かったとはいえ、裏切られたその傷は深い。ぶっちゃけ王国の伝統や威信よりも、ガーラントへ復讐したいって感情を優先して今は行動してますよね?」


 シルヴィアの表情が強張る。


「だから、ガーラントを見返す手段を与えてくれる俺の言う事を聞いている。違いますか? ――っと、王族ですから、そんな本音は認められませんよね。すいません、失言でした」


 シルヴィアは何かを言いかけたが、最後まで言葉にならなかった。


「恨みって感情は、損得に関係なく人を突き動かす。しかもその意思は、とてつもなく強い。人を都合よく利用するには非常に便利な感情だ。ただ、正義や理想同様、暴走してとんでもない事態を引き起こしてしまう危険な感情でもある。でも、姫様とエリオの恨みには、そこまでの心配はない」


 ペタジーニは薄く笑いながら続ける。


「親や我が子を殺されたとかで、復讐鬼と化してるなら、もうコントロールは効かねえし、どんなとんでもないことをするか分からねえ。でも、お前たちの恨みは、そこまで壮絶なものじゃない。要するに、ショボい。だから、とんでもない無茶苦茶な事はしないし、俺が行動を制御することもできる」


 シルヴィアは唇をかみしめるが、言葉は出ない。

 一方、エリオは考え込むような表情を浮かべながら、静かに口を開いた。


「だからさっき、優秀な兄2人にコンプレックスはないかって質問したんですか?」

「ああ。優秀な兄貴たちに馬鹿にされてるから見返したいとか、そんな気持ちが少しでもあったなら、お前ら同様、しょぼい復讐心を持っている経済的で使いやすい人材だ。もしそうなら採用した。だが、あいつはそんなもんは微塵も持ってなくて、あろうことか強い理想や正義感を持ってやがった。絶対に暴走するから、あんなのは、どこでどんな仕事をするのも無理だ。この世にいらねえ」


 シルヴィアは、その言葉に眉をひそめながら言葉を切り出した。



「ペタジーニ殿はパーティーを黒字化するために、支出を抑えるべきだと言っておりますよね? 人件費も今は少なく抑えるべきだと」

「それがどうしました?」

「少ない報酬額でパーティーに加入する方は、極めて少数、仮にいたとしても粗悪な人材ばかり。ペタジーニ殿のお話を聞いている限りだと、そう認識しましたが、間違いありませんか?」

「はい、間違いないです」

「それならば誰も採用できなくなるのではないですか? 少ない報酬でペタジーニ殿の思惑通りに動く人間……例えば私達のようにガーラント達を見返したい人間が、そんなに都合よくやってくるとは思えません」


 シルヴィアの指摘に、エリオも小さくうなずく。


「いい質問ですね」


 ペタジーニは懐から、一枚の金貨を取り出しシルヴィアに見せつけてきた。


「この金貨1枚、王族の姫様にとってははした金でしょう? いくら財政再建が必要になっているとはいえ、王族ですから生活には、それなりの余裕がありますよね?」

「……ええ、まあ」


 シルヴィアは少し言葉に詰まりながら頷いた。


「でもな、エリオ。お前にとってはどうだ?」

「……大金ですね。固定給が減らされて、探索にもあまり出られていないから、生活が厳しいので……」


 エリオは申し訳なさそうに言うと、ペタジーニは満足げに頷いた。そして、シルヴィアへと向き直る。


「つまり同じ金額でも感じ方が違うんですよ。俺が欲しいのは、はした金を大金だって思って一生懸命働いてくれる人材なんですよ!」


  ペタジーニはニヤリと笑い、椅子から立ち上がると扉の方へ向かった。そして、大声で叫ぶ。


「ギャハハ! そういうお買い得な人材が来ることを祈って、次の面接を始めましょうか! おい、希望者、入ってこい!」


 馬鹿笑いを浮かべるペタジーニをエリオは苦笑いを浮かべつつ、シルヴィアはどこか納得がいかない様子で見つめていた。

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