第6話 それでは詐欺も同然ではありませんか!
「いやあ、王女殿下、このような汚い宿にお招きすることになってしまい、ご無礼を深くお詫び申し上げます。」
全く心のこもっていない敬語を喋りながら、中年男はシルヴィアに頭を下げた。
この男が、王国認定パーティーの財政再建を任されたペタジーニという者なのだろう。
今まで、これほどみすぼらしく汚れた宿を見たことがない。入口をくぐった瞬間、ここは宿ではなく、物置だと勘違いしたほどだ。
3大国の代理人である彼ならば、もっと格式のある豪華な宿に泊まっていると思っていたので、強い戸惑いと驚きを覚えた。
しかし、それを表に出してはならないと、自分に言い聞かせながら口を開く。
「お気遣いは結構です。それより、財政再建のお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。当初のお約束通り、王国認定パーティー制度と、当代のパーティーである栄光の牙を認定パーティーとして残す形で順調に債務整理は進んでおります」
「順調? では、なぜガーラントたちを追放したのですか? これは当初のお約束を反故にしているではありませんか?」
シルヴィアは険しい表情でペタジーニを睨む。だが、ペタジーニはヘラヘラしながら話を続ける。
「栄光の牙という名前のパーティーは残しました。邪魔な金食い虫を全て排斥しても、パーティーの名前だけ残せば、約束は守っていると当方は認識しています」
シルヴィアは怒りに震えながら言葉を続ける。
「それでは詐欺も同然ではありませんか! それに、我が国の英雄を金食い虫などと、無礼ではありませんか! ガーラント達を即刻復帰させてください! 元々のメンバーがいなければ、パーティー名は同じでも、それは栄光の牙ではありません!」
「元々いたパーティーメンバーで必要な人材は残していますよ」
「え?」
シルヴィアの目が困惑に揺れる中、一人の少年が静かにお茶を運んできた。
彼の名前はエリオ。栄光の牙の元メンバーで、かつては雑用係として働いていた童顔で背が低い一見少年にしか見えない青年だった。
彼は気まずそうな表情で、銀のトレイの上に置かれた紅茶をそっとシルヴィアの前に差し出す。
「どうぞ、冷めないうちにお飲みください」
ペタジーニに飲むように促されたが、シルヴィアは紅茶を見つめる事しかできなかった。
栄光の牙の中で、エリオだけが酷い扱いを受けていたことは、シルヴィアも知っていた。
その光景を何度も見たことがあり、密かに同情もしていた。
ガーラントの事は異性として好意を抱いていたが、エリオの扱いには納得がいかず、何度も抗議をした。だが、結局聞き入れてもらえる事はなかった。
恐らくエリオも内心では、その事を不満に感じていたのだろう。気持ちは理解できなくもない。
しかし、それでもずっと共に戦ってきた仲間をあっさり見捨てるのは、とても薄情に思えた。
「エリオ、私は悲しいです」
シルヴィアの言葉を聞いたエリオはビクリと肩を震わせ、視線を逸らす。
「確かに、ガーラントたちはあなたを軽んじていました。その事には私も憤りを覚えていました。ですが、あなた達は幼い頃より共に訓練を積み、王国認定パーティーにまで共に昇り詰めた仲間だったはずです。それなのに、自分の保身を選ぶのですか?」
エリオは気まずそうに視線を下に向けた。
それを見たペタジーニは、楽しそうに口を開く。
「いや、エリオはあいつらにとって、いてもいなくてもどっちでもいい人間でしたよ。むしろエリオこそ、随分前にあいつらに切り捨てられていたんですよ。現に俺があいつらを追放した時、エリオの事なんかすっかり忘れて、自分達の保身ばかり考えて反発してきましたよ」
この一言で、シルヴィアの顔が怒りに染まる。
「そんなことはありません! ガーラントは私にエリオは大切な仲間だと言っていました!」
「そりゃ、そう言った方が王女殿下に好意を持ってもらえるって思ったから、言ってるだけですよ。なあ、エリオ?」
重苦しい表情を浮かべたながら、エリオは首を縦に振る。
「現にあいつらは、エリオを仲間として扱ってましたか? 言葉だけを鵜呑みにせず、実際の行動を客観的な視点で振り返ってみてください」
確かに、ガーラント達は口ではエリオを仲間と呼んでいた。
だが、賞賛や功績は全て3人で独占して、感謝の言葉をかけることもなかった。
それどころか、公の場では多くの人の前で彼をからかい、嘲笑することばかりだった。
「まあ、こんな感じであいつらは人間性に大きな問題があるんですよ。いくら実力があっても、こんな終わっている連中を国の英雄なんて持ち上げていたら、それこそ王国の未来にとって害悪でしょう。現に最近変な噂も流れてますからね」
「噂?」
「ええ。ガーラントは、国内のいたるところに愛人がいて、派手に遊びまくっているんだとか。さらに認定パーティーリーダーの立場を悪用して、沢山の女と無理矢理、肉体関係を持ってるそうです」
「そんなはずはありません! ガーラントは私と将来を約束しているのです!」
シルヴィアはハッとし、青ざめる。
ガーラントとの関係はまだ秘密している。それを自分から口にしてしまった。
「隠す必要はないですよ。バレバレだったんで皆、気づいてたみたいですから」
息を呑むシルヴィアに、ペタジーニはさらに言葉を続ける。
「強姦の噂はさすがに捏造でしょうね。ですが、女遊びはガチですよ。王女殿下もこちらは絶対にご存じですよね? 認定パーティーのリーダーって事で社交界では、ほぼ黙認されてたって聞いてますから」
「確かにそういった噂は私の耳にも入ってきました! ですが、それは嫉妬に狂った者が、ガーラントを陥れるために流した作り話に決まっています!」
「失礼ですが、王女殿下がそう思い込みたいだけとしか思いません」
「そんな事はありません!」
「その根拠はなんですか?」
シルヴィアは、言葉に詰まった。
過去にガーラントの悪質な噂を何度か耳にし、気になって調べようと考えたことはあった。
しかし、彼との関係は内密のものであり、公に調査を命じることはできなかった。
また、自分が直接調べることも、王族としての立場上、不可能だった。
そんな中、ある事が頭をよぎる。
「……ガーラントは私に、いかがわしい事を一切求めてきませんでした。交際を正式に発表して、婚姻するまではそういった事はしないと。これはガーラントから私に提案してきたことです。これは本当に私を愛している証拠です!」
しかし、ペタジーニは皮肉げに笑いながら、首を振る。
「そりゃ王女殿下が王族だからですよ。手を出したら、ややこしい問題になりますからね」
「そ、そんなことはありません!」
「だって純粋に愛していると思ってもらった方が、都合がいいですもん。現に今の王女殿下は、こうして必死にガーラントを庇ってくれているじゃないですか。」
一瞬の沈黙の後、シルヴィアは激昂した。
「ペタジーニ殿! どうしてあなたは、常に人の行動を悪い方にばかり勘ぐるのですか! そんな考え方では、到底、公正な判断などできないではないですか!」
笑みを消したペタジーニは、冷たいまなざしでシルヴィアを見据えた。
「姫様、あなたは王の一人娘であり、いずれは王位を継がれる立場ですよね? そんなお花畑みたいな考えでは、国が滅びますよ。」
「国を支えるのは人の絆と信頼です! 人を信じなければ、何も始まらないではありませんか!」
「統治する側の理想論ですね。王に近づいてくる奴なんて、悪意や下心を持っていない方が稀です。それを大前提に考えなければ、腐敗や権力の乱用が横行します。そして他国にも侵略の大義名分を与える事になる。現にエストレア王国は大国に言われるがままに金を借り続けたせいで、こうやって内政干渉を受けているのが現実でしょう?」
シルヴィアは唇を噛み締め、悔しそうに口を開く。
「……王としての視点から見れば、ペタジーニ殿のおっしゃることは正しいと思います。ですが、ガーラントとの事はあくまで私、個人の問題です。ですので、彼を信じることにいたします」
「そうですか。後、小耳に挟んだのですが、今日この場で、私が金食い虫3人を認定パーティーに戻さなかったら、三大国の王達に、私の解任を求める書状を送るという話を聞いたのですが、これは本当ですか?」
「確かにここに来る前はそのつもりでおりました。ですが、公私混同はしません。今は、私情が絡みすぎていたことを反省しております。今後は、慎重に判断し、この様な言動は差し控えたいと思います」
「いやあ、それは良かった! 実は、姫様にお願いがあるんですよ」
ペタジーニは、突然明るくなり、まるで友人のような口ぶりで馴れ馴れしく話し始めた。
「お願い?」
「是非、栄光の牙の新しいパーティーメンバーになって頂きたいのです!」
全く予期しなかった申し出に、シルヴィアは何を言っているのか分からず、頭が混乱した。
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