第7話 触れるということ
ピンと張り詰めたような声に、思わず振り向く。
作業台の向こうで、腕を組んでいた男が、静かにこちらを見ていた。
ショートカットの黒髪、無駄のない体つき。作業服の上着をラフに羽織り、袖を軽くまくり上げた姿は、まるで職人のような佇まいだった。
彼の立っている周囲は、他の机とは違って 妙に整理されている。机の上には、分解途中と思われる駆動部品と、精密に配置された工具が並んでいた。そこには「使いやすさ」と「効率」を徹底的に考え抜いた職人の仕事があった。
そんな中、男は手元の工具を手からすでに置く場所が決まっている位置に戻すような動作を見せた。その無駄のない動作には、長年の経験が染みついているのが分かった。
「ロボットってのは、単に設計が良ければ動くもんじゃない。」
金属の擦れる音が微かに響く中、彼は俺を一瞥した。
「組み立て方ひとつで精度が狂うし、センサーの取り付けミスひとつで誤作動することもある。甘い考えで入部すると苦労するぞ。」
彼の視線には、まるで俺の知識がただの "教科書の知識" でしかないことを見透かしているかのような冷静さがあった。
言葉の端々に、確かな自信と技術屋ならではの重みがあった。
「横川隼人(よこかわはやと)3年。メカ担当だ。」
名乗った彼の声は低く、深みのある響きがあった。 派手さはないが、芯の通ったその一言に、無駄な飾り気は感じられなかった。
俺はその瞬間、直感した。
——この男は、"本物" だ。
これまで出会ったどんな学生とも違う。 彼が語る「メカ」という言葉の裏には、積み重ねた経験と、誰にも譲れない矜持がある。
「横川はんは、ワイが適当な設計したメカを、最終的に形にする職人や。」
堀場が笑いながら、横川の肩を叩く。
しかし、横川は微動だにせず、そのまま淡々とした声で言い返した。
「……それは半分正解だが、半分間違ってる。」
彼は手にしていた工具を机に戻すと、指先で静かに金属片をなぞった。 その仕草には、まるで職人が素材の状態を確かめるような繊細さがあった。
「俺の役目は、設計と実物のすり合わせだ。」
作業机の上に、金属の擦れる微かな音が響く。 静かに置かれた工具は、彼にとって単なる道具ではなく、精密な仕事をこなすための "相棒" のように見えた。
「理論だけじゃなく、現実的に動くものを作ること。それがメカ屋の仕事。」
その言葉には、強い確信が滲んでいた。 "机上の空論" ではなく、"現場の技術" を重視する職人の言葉。
「…なるほど。」
俺が相槌を打つと、横川はゆっくりと目を細めた。
その視線には、わずかに興味の色が混じっているようにも見えた。
「せっかく来たんだ。お前も、何か一つくらいメカに触れてみるか?」
彼の手元に置かれた金属パーツが、照明の下でわずかに光を反射する。 その表面には、細かな加工の跡が刻まれていた。
俺は、喉の奥にわずかな緊張を覚えながら、その誘いを受けるべきかどうか、一瞬だけ迷った。
横川の言葉に、俺は喉の奥にわずかな緊張を覚えながら、その誘いを受けるべきかどうか、一瞬だけ迷った。
メカに触れる。 この空間の住人たちが、当たり前のように扱っている工具や部品。 俺にとっては未知の世界——だが、拒絶する理由もなかった。
そう思い、横川が示した金属パーツに手を伸ばしかけた、その時だった。
「待って。それ、あんたが触っても無駄だから。」
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