第10章:限界を超えた衝突、選ばれし決断(1)

 朝の城内は、異様なほど静まり返っていた。

 外ではまだ薄曇りの空が続き、兵士たちが臨戦体制で城壁や城門に配置されている。

 警鐘こそ鳴り止んでいるものの、空気は張り詰め、ひとたび嵐が起きれば全てを呑み込むだろう――そんな圧迫感が漂う。


「シグの先遣隊が北部の集落を落とし、街道沿いを南下している。数日以内にここへ到達する見込み」


 騎士団長がレオンに報告し、レオンは青い瞳を細めて地図を睨む。


「ふん……数日どころか、早ければ今夜にも衝突が起きるかもしれんな。もう時間はない。兵器を全面稼働させるしかないだろう」


 執務室にはダリウス、ソウヤ、フレイヤ、ライラ、巫女シアンも同席。

 全員が似たような焦燥を抱えている。

 ダリウスが苦い顔で口を開く。


「シグが持つ兵器は噂以上かもしれません。こちらも兵器をフル活用するしかない。ただし、そのぶん泉の負荷がとんでもないことになる。下手すれば、制御できない規模の大暴走へ……」


 フレイヤは唇をかんで、「わたしたちの封印核や安全装置も、どこまで耐えられるか分かりません。もし崩壊が始まれば、街だけでなく森も……」と声を沈める。


 ソウヤは端末を握りしめながら言う。


「でも、ここで諦めたらシグに蹂躙されるだけです。泉を乱され、街が破滅するのは同じこと……。最後まで安全装置と封印術を信じるしかありません」


 レオンは全員を見回し、「そうだ。われらの発明が本物なら、どれほど魔力負荷が高まっても暴走を抑えられるだろう。……もし失敗したら、それはお前たちの責任だ。覚悟しろ」と冷たく告げる。


 ダリウスが「もちろん……」とつぶやくが、その声に憔悴と不安が滲む。

 ライラは何も言えず、横で書類を抱えたまま震えている。



 そんな中、兵士が一通の書簡を持って駆け込む。


「司祭ラディスからの密書、先ほど門の外にいた聖騎士が置いていきました!」


 レオンが受け取り、ざっと目を通すと眉を寄せる。


「……異端と巫女の術をただちに撤廃せよ、とのことか。泉を教団の管理下に置けば、シグの脅威に対処できるなどと妄言を抜かしておる」


 ダリウスがその書簡をのぞき込み、「教団が兵器を否定しつつも‘神聖騎士’による防衛をすると言ってるのか……。馬鹿げてる。シグの破壊兵器に太刀打ちできるわけがない」


 フレイヤはかすかに首を振る。


「教団は巫女を排除しようとするでしょう。わたしたちが邪魔だと……泉を完全に教団の支配下に置きたいんだわ」


 レオンは苦々しく舌打ちし、「教団の言い分など聞く必要はない。ただ、一部の市民が流されかねん。まったく厄介だ。――兵士に警戒を続けさせるしかない」と書簡を放り捨てる。




 それから半日後の夕刻。

 研究所で兵器防衛の準備を進めていたところ、巫女シアンが険しい表情で駆け込んでくる。


「大変! 森の泉近くで結界が揺れているとの連絡が……一部の封印核が機能不全を起こし、魔力が暴発寸前だとか!」


 ソウヤとフレイヤは顔色を失う。


「泉の結界が……? 誰かが破壊してるんじゃ?」

「分からない。でも、気配からすると教団かシグの手先か、何者かが泉の周辺を荒らしている可能性がある。巫女が様子を見に行っているが、危険すぎて近づけないらしい……」とシアンは焦りを見せる。


 ダリウスが即座に反応し、「ソウヤ、フレイヤ、行ってくれ。僕は街で兵器配置を固める。……ここで森の泉が暴走すれば、街の兵器も制御不能になる。まず森を守るんだ!」


 フレイヤは頷き、「分かりました。私が封印術で抑えます。ソウヤさん、同行お願いします!」

 ソウヤも「もちろん!」と駆け出す。


 ライラは「私も行きたいけど、街の端末を見張ってないと……」と迷うが、ダリウスが「ここを頼む」と制止し、ライラは研究所に残ることを決める。



 ソウヤとフレイヤが馬にまたがり城門を出ようとしたところ、ファルクが「僕も行きます!」と駆け寄ってくる。

 兵士として駆けつける体制らしく、手には短槍を握っている。


「街の防衛は騎士団がいるけど、森を調査するなら僕も手伝えます。泉周辺は魔物も出るかもしれないし……」と息を弾ませる。


 ソウヤは「助かるよ。フレイヤさんを守る人手が多いほどいいし、君がいると心強い」と笑みを返す。

 フレイヤは礼を言い、「ありがとう、ファルク。森で何が起こってるか、急がないと手遅れになるかもしれないから……」


 こうして三人は馬を走らせ、夕闇迫る道を突き進む。

 風が肌を刺すように冷たく、空は重い雲で覆われつつある。


 

 馬を降りて森の小道を駆け抜けると、あの祠の近くには巫女数名が倒れていた。

 痣や傷を負い、気絶している者もいる。

 血の跡はないが、激しい戦闘があったと見える。


 「ひどい……」とフレイヤが息を飲み、すぐに駆け寄る。

 ファルクが周囲を警戒して槍を構える。

 ソウヤは一人の巫女に「大丈夫ですか?」と声をかけ、意識があるか確かめる。


 巫女は微かに目を開け、「教団の聖騎士らしき者が……封印核を壊そうとして……でも、そのとき魔力が暴走して、自分たちも巻き込まれたみたいで……」と途切れ途切れに語る。

 フレイヤが慌てて簡易治癒術を施し、「封印核は? 泉は?」と問う。


 「封印核は……破損した部分があって、魔力があふれ……」と言いかけ、巫女はまた意識を失った。

 ソウヤが祠をのぞき込むと、封印核が置かれていた場所にヒビ割れた石板と焦げ跡が広がっている。

 確かに核の一部が壊され、異様な熱が立ちこめていた。


 ファルクが「うわ……このままだと森の泉が暴走しそうですね。どうすれば……」と声を震わせる。

 フレイヤは険しい顔で「修復しなければ……でも、核がここまで損傷してると通常の巫女術じゃ厳しい。ソウヤさんの制御装置と合わせて、何とか応急処置できないかしら?」


 ソウヤは端末を取り出し、「やってみるしかない。急ぎ修復すれば、暴走を止められるかもしれない!」と答える。

 こうして二人は破損した封印核の周辺を調べ、パーツの残骸と魔術刻印の焦げ跡を見比べながら、どう修復すればいいか頭を回転させる。


 しかし、わずか数分もしないうちに、森がドウッと揺れた。

 地鳴りのような振動が足元を伝い、空気が重く震える。


「……まさか、もう泉が暴走を始める気配が?」とフレイヤが血の気を失いそうな声を上げる。

「まだ間に合うか……!」ソウヤは荒い息をつきながら端末を叩くように操作し、「ファルク、周囲の警戒を頼む! フレイヤさん、一緒に核を直しましょう!」と声を張り上げる。




 不気味な地響きとともに、泉からの魔力が森全体を振動させている。

 空気がピリピリと痛いほど電気を帯び、葉が揺れる音に混じってスパークのような光がチラチラ走る。

 フレイヤは祠の中央に座り込み、古代語の詠唱を始める。


「……これ以上は抑えきれないかもしれない……ソウヤさん、早く!」


 ソウヤは必死で核の残骸を合わせ、端末との接続を試みる。


「魔力経路がズレてる……ここをこう繋いで……くそ、足りない部品が!」


 ファルクが「部品? 僕、そこらの落ちてるの集めます!」と走り出すが、焦げた破片ばかりで再利用できるか定かでない。


 森がさらに大きく揺れ、木々がザワザワと悲鳴を上げる。

 泉からの魔力が暴発寸前で、封印核が壊れたままでは止めようがない――。


 (最悪のケース……もしここで泉が吹き上がったら、街まで連鎖するかも。シグが来る前に自滅するなんて……)


 フレイヤの詠唱が高まり、一時的に魔力の流出を緩めようとする。

 だが、核が破損しているため完全封印は難しい。

 フレイヤは汗を垂らしながら苦しそうに呻く。


「だめ……もう限界……」


 ソウヤが必死で工具と端末を駆使し、回路を一部作り直す。


「あと少し、あと少しで繋がる……!」


 ファルクが部品の破片を持ち帰り、「これ使えますか?」と叫ぶが、ソウヤはその一部を見て「これだ……合うかもしれない!」と手に取り急いで組み上げる。


 まるで生きた心臓を繋ぎ合わせるように核の中心部へ接続し、端末のコードを挿す。

 ビリビリと放電音が走り、ソウヤの腕に痛みが走るが、あと一歩のところでこらえる。


「フレイヤさん、今だ。核を再起動して!」

「わ、分かった……!」


 フレイヤが詠唱を繰り返し、古代語の力を核の中心に注ぎ込む。

 端末との同期も徐々に行われていき――。


 ズォォォ……と鈍い音が響き、封印核が青白く発光して安定し始める。


 森の震動が小さくなり、魔力の奔流が少しずつ沈静へ向かう感覚がある。

 ソウヤは安堵のため息をつく。

 「やったか……?」と顔を上げれば、ファルクが槍を抱いてほっとした表情を浮かべ、フレイヤは息を荒くしつつ微笑む。


「何とか核を修復できたみたい。あとで本格的な交換が必要だけど、とりあえず暴走は防げそう」


 そう言った瞬間、地鳴りが再び響いた。

 今度はさっきより大きく、地面に震動が走る。

 フレイヤの目が怯えを帯びる。


「まだ……止まってないの?」


 ソウヤが端末を再確認し、「なんだ……泉への干渉が継続してる? まさか誰かが別の場所から同時に……」と蒼白になる。

 ファルクが警戒し、「やっぱり破壊工作をしている奴が他にいるんじゃ!?」と声を荒らげる。


 フレイヤは眉を寄せて空気を読むように目を閉じ、「違う……誰かが泉を触ってるんじゃない。これは、もう純粋に泉の限界が来ている……長年の汲み上げと乱用が積み重なり、抑えきれなくなっている」


 その言葉に、ソウヤの背筋が凍る。

 封印核を修復してもなお大地が揺れるなら、泉自体が『破裂』しようとしている兆候だ。

 いくら制御装置があっても、基盤の泉が崩壊すれば止めようがない。



 そこへ、森の入口から兵士が転がるように走ってくる。


「シグ軍が街の北門を攻撃し始めました! ゴーレムや魔道砲が撃ち込まれ、騎士団が応戦してますが……大規模戦闘になりそうです!」


 ファルクは愕然とする。


「やっぱり……今まさに攻めてきたんだ……。ダリウスさんやライラさんはどうしてる!?」


 兵士は荒い息で「研究所が防衛陣を築いて、兵器を稼働させてるらしいが……魔力汲み上げがとんでもなく増えていて、街全体が震えてるとのこと。シグの攻撃を防ぐため、めいっぱい魔道砲やゴーレムを使うしかない……」と報告する。


 (だから泉の限界がここまで……! ダリウスたちが兵器出力をフルにし始め、シグの攻撃に応戦しているから、泉が超負荷になっているのか!)


 ソウヤは絶句する。


「このままじゃ封印核を修復しても意味がない……街の兵器がフル稼働したら、泉は持たない。しかもシグ軍が攻撃を続ければ、止めるに止められない」


 フレイヤは震える声で、「そんな……兵器を使わないと街が陥落する。でも使ったら泉が破裂し、街ごと終わる。どうしたらいいの……」と絶望をにじませる。


 ファルクは唇を噛み、「僕らも街へ戻って応援しましょう。森の封印核は一応動いてるし、今は城が落ちたら意味がない……!」と提案する。


 ソウヤは端末を握りしめて逡巡する。


 『全部止める』しか道がないのか?

  それをすればシグの攻撃に対抗できず、街は破壊されるだろう――。


 フレイヤは目を伏せ、拳を震わせる。


 「……わたしが、大規模封印を発動する。街の兵器がすべて止まっても……シグが攻めてくるとしても……このまま泉が崩壊したら、完全な破滅になる」


 ソウヤの胸がズキリと痛む。

 まさに最悪の選択――兵器を含む全魔道具を強制的に停止させる『世界リセット』だ。

 レオンはもちろん怒り狂うだろうが、泉が破滅すればみんな死ぬ。


 ファルクも蒼白になりながら、「そんな……兵士はどうやってシグに対抗すればいいんですか? 剣や槍だけじゃ勝ち目なんて……」と苦渋の表情。


 森が再びズゥンと揺れ、泉が限界を訴えるように叫ぶ。

 フレイヤは苦しく目をつむり、「わたし……行きましょう、街へ。シグの軍が攻める戦場で、封印術を起動するしかない」


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