第4章:迫り来る影、揺れる決断(2)

 ソウヤはライラとともに、城下町の『魔道具整備の実態』をさらに調べることにした。

 ダリウスは「僕は装置の設計図を描くので忙しい」と言い、城にはファルクも警備当番がある。

 そこで、ライラが同行してくれることになったのだ。


「私、研究所のサポートでいろんなデータを取りまとめてるから、町の人からの問い合わせが増えてきてるっていうのは気になっていて。ちょうどいい機会ですね」


 研究所を出ると、小走りで門を抜け、城下町へ向かう。

 ライラは意外なほど体力があるらしく、ソウヤのペースに合わせてテンポよく歩いている。


「ふう……けっこう天気が良くて暑いくらいですね。あ、ソウヤさん、あそこ見てください……」


 ライラが指さす先、大通りの先にある小広場には人だかりができ、何やら騒々しい声が響いている。

 近づくと、職人や市民らしき人々がプラカードや布を掲げて立っていた。


「これは……デモか?」


「職人が失業する!」「無計画な兵器開発はやめろ!」「魔道具の整備体制を整えろ!」などと書かれた布が掲示され、十数名のデモ隊が周囲に声を上げている。

 数人の衛兵が遠巻きに見張っているが、手荒な排除はしていない。

 むしろ、周囲の野次馬が好奇の目で見ている感じだ。


「ここまで本格的なのは初めて見ました。前から小競り合いはありましたけど、こう公然とデモするのは……」


 ライラが唇をかむように言う。

 群集の中では、中年の職人らしき男が声を張り上げていた。


「いいか、お前ら! このまま技術革新とか言って、泉を好き勝手に使い、兵器を量産し始めたらどうなると思う!? 街は他領地との争いに巻き込まれ、俺たちの伝統技術は消え去るんだ!」


 周囲も「そうだ、そうだ!」と呼応する。

 かと思えば、一部の野次馬が「便利になったほうがいいじゃないか」「軍備がなきゃ街を守れないだろ!」と反論して、軽い言い合いが起きている。


 ソウヤは胃が重くなる思いだ。

 街が確実に分断されはじめている――『便利さを求める派』と『伝統や安全を求める派』で衝突が激化するのは、もう時間の問題に思える。

 ライラが不安そうに目を伏せる。


「このままだと、いつか手に負えない争いになりそう……。教団や巫女の人たちも、また絡んでくるでしょうし」


 ふと、デモの列の端に、見覚えのある長衣を着た巫女の背中が見えたような気がする。


「あれ、フレイヤさん?」


 しかし混雑でよく見えない。

 ソウヤが近づこうとしたが、デモ隊がちょうど通りへ移動し始め、わっと人波が動いたので姿を見失ってしまった。

 ライラは「巫女の方までいるんですか?」と驚く。


「いや、見間違いかもしれない。でも、もしフレイヤさんがいたなら……ここの状況を見て、何を思うんだろう」


 フレイヤは自然との調和を守ろうとする立場。

 職人の困窮には直接関わらないかもしれないが、『過度な魔力利用』が街を乱している事実を目の当たりにすれば、警戒を強めるはずだ。


 やがて、デモ隊は声を上げつつ通りを進んでいく。

 城に向かうかと思いきや、兵士の制止もあってか、城門の近くで方向転換し、散らばっていった。

 ライラが、「騒ぎにならなくてよかった……」と胸をなで下ろす。


「でも、危ないですね。これ以上対立が進んだら、いつ本格的な暴動が起きてもおかしくない……」

「ええ。技術の恩恵を受ける人と、そうでない人の格差が生まれている。それに『軍事転用』への恐れも大きい。俺は何とか安全策を進めて、技術が街の人を救う形にしたいんだけど……」


 ソウヤは拳を握り、決意を新たにする。

 いくら巫女フレイヤが警告しようとも、レオンやダリウスが急ぎすぎれば事故リスクは高まる。

 職人や市民の不満も爆発寸前だ。

 ライラはそっと手を差し出し、「一緒にやれることをやりましょう」と微笑む。


「私、ダリウスさんにも提案したんです。『研究所としても街の不満を理解し、修理体制とか整備マニュアルを作ってみてはどうか』って。そしたら『面倒だがソウヤと相談してみろ』って言われちゃいました」

「いいじゃないか、それ。ちょうど頭にあったんだ。工房街や露店で壊れた道具をどうしたらいいかわからない人が多かったしね……」


 こうして二人は、町の一角で立ち話をしながら、新たな目標を共有する。

 「魔道具のサポート体制」を整える方策――緊急停止装置と並行して、こうした面もカバーすべきだろう。


「周りを巻き込むには、ダリウスさんやレオン様を納得させないと……。だけど、そのためには、成功例を示す必要がありそうですね。たとえば実験的に『修理工房』を研究所が運営するとか」


 ライラのアイデアに、ソウヤは「おお」と目を輝かせる。


「いいね、それ。実際に修理依頼を受けてみて、費用対効果を検証できれば、『整備費用』を城や領民から徴収する仕組みを考えられるかもしれない」


 ライラがにこりと笑う。


「そう、そういうの得意ですよね、ソウヤさん」


 忙しなく往来を行き交う人々のけんそうをよそに、二人の会話は前向きに盛り上がる。


 (よし、これなら『技術は悪』と決めつける人たちにも、少しは歩み寄れるかもしれない。修理やアフターサポートの充実で、魔道具への不信感を和らげられたら……)


 一方で、泉の問題や軍事の波が迫る中、この取り組みがどれほど間に合うのかは未知数だ。

 それでも、ソウヤは行動しないよりはマシだと思っている。



 夕方、研究所へ戻る前に、ソウヤとライラは城下から少し離れた森のほうへ足を運んだ。

 ライラが「この辺りにも魔力泉があるって聞いたことがあって、巫女の方がときどき見回りに来るかも」と言うので、念のため覗いてみたいというのだ。


 城下町を抜け、小道を進むと、森の入口に小さなほこらのようなものが建っていた。

 そこは薄暗く、樹木が生い茂り、青いこけが地面を覆っている。


「すごい……空気がひんやりしてる」

「ですね。静かで、まるで別世界みたい」


 モミの木の枝がざわつき、遠くから小鳥の声がかすかに響く。

 森の奥へ通じる小道の先で、何やら白い衣の人影があるように見えた。

 ソウヤはそっとライラと目を合わせ、そちらへ近づく。


 そこにはフレイヤが一人、長衣を揺らしながら、ほこらのそばで小さな鈴を鳴らしていた。

 夕陽に染まる森のなか、神秘的な姿が静かに存在している。

 彼女はかすかに口を動かし、古代語のような詠唱をしているらしく、柔らかな響きが風に溶けていく。


 (祈りの儀式……? 泉からの魔力を感じ取っているのかもしれない)


 ライラが「巫女のフレイヤさんですね、やっぱり……」と囁く。

 フレイヤは気配を察したのか、静かに振り返った。


「ソウヤさん、ライラさん……ですよね?」

「はい。ごめんなさい、勝手にこんなところまで来てしまって……。ほこらがあるって聞いて、見てみたいなと思ったんです」


 ライラが恐縮したように答えると、フレイヤは優しい口調で「大丈夫ですよ」と言う。


「ここは小さな泉の端末のような場所なんです。泉そのものはもっと深くにありますが、魔力が地表に浮かぶ場所を巫女一族が見回っているんです。今日は祈りを捧げながら、『泉の声』を聞こうとしていました」


 ソウヤは興味深そうに祠を覗き込む。

 小さな水の湧き出し口があり、そこにはうっすらと青白い光が漂っている。

 これが魔力なのだろうか。


「本当に……泉からの魔力が伝わってるんですね……どうですか、泉の調子は?」


 フレイヤは表情を曇らせ、寂しげに微笑む。


「あまり、良くないです……街で魔道具が急増し、軍事兵器への利用も増えれば、さらに泉の負荷は増すでしょう。私たちが祈りで多少は癒せるかもしれませんが、根本的な解決にはならない……」


 ライラは胸を痛めるような面持ちで、「そんな……」と呟く。


「あの、もし研究所でも泉に配慮できるような方法を考えられたら……。たとえば使用量に制限をかけるとか……」


 フレイヤはライラに目を向け、そっと微笑む。


「ありがとうございます。あなた方がそんなふうに考えてくれるだけで、救われる気がします。でも、社会全体が急ぎすぎていて……。泉の悲鳴は日に日に大きくなっています」


 ソウヤは思わず口を開く。


「急いで安全策を整えようとしてるけど、軍備拡張や展示会への出展もあって、レオン様がさらに『成果』を急かしているんです。シグみたいな他都市の兵器研究者もいるし、競争がエスカレートしそうで……」


 フレイヤは静かに息をつき、光る泉の水面に指をかざす。


「どこかで歯止めをかけないと、本当に大規模な暴走を招いてしまうかもしれません。あなたたちが研究所で安全装置を作るのは素晴らしい試みですが、それでも泉そのものの限界を超えれば……制御不能に陥るかもしれない」


 森の中に、風がさざめき、木々を揺らす。

 遠くの鳥が舞い立つ音だけが静かに響く。

 ライラが口を結び、ソウヤは眉を寄せる。


「フレイヤさん……もし、本当に危機が来たら、巫女の力で何とかできるんですか?」


 フレイヤは苦悩の色を瞳に宿す。


「巫女の封印術は、泉の暴発を一時的に抑えるだけ。街や人を含めて全体が暴走し始めたら、私たちだけでは支え切れないでしょう……昔、似たような災厄が起きた歴史があるんです。教団と巫女が一時協力して封印したけれど、大きな犠牲を出したと……」


 ソウヤは胸が詰まる。

 大災害――その再来を恐れているのだろう。

 やはり今の状況は『危険』へまっしぐらかもしれない。

 誰もが便利さや軍事力に飛びつき、制限のブレーキを踏もうとしない。


「少なくとも、俺は『技術革新』と『自然との調和』を両立させたいと思ってます。すぐにどうこうできるわけじゃないけど、何とかしたい……」


 フレイヤはソウヤにまっすぐ視線を向け、微笑む。

 その瞳には小さな希望が宿っているようにも見えた。


「ありがとう……ソウヤさん。それにライラさん。あなたたちのような方がいるのなら、まだこの世界にも希望があるかもしれません……もし、泉が危険な域に近づいたら、私も巫女一族としてあなたを頼っていいですか?」


 ソウヤは一瞬面食らったが、すぐに頷く。


「もちろん。頼られたい、って言ったら変かもしれないけど、できることはやるつもりです。技術を正しく使う形で……ね」


 そう言ったとき、フレイヤの表情が柔和な笑みを浮かべる。

 ライラも安心したように肩をなで下ろす。

 まるで森の静寂が三人の言葉を守るようにそっと包み込み、祠の泉が淡い光を放っていた。



 その晩、ソウヤとライラは研究所に戻り、ダリウスと落ち合って『整備体制の提案』について議論を進めた。

 ソウヤが街で得た情報や、ライラが保管していた苦情リストを突き合わせ、『仮の修理受付所』を設置してはどうかと模索する。

 ダリウスは嫌そうな顔をしつつも、「まあ、市民が騒げばレオン様もやる気になるかもしれない」とある程度理解を示してくれた。


「ふぅ……今日はやけに長い一日だったな。連合評議会の来客に、職人デモの騒ぎ、フレイヤさんとの森でのやりとり……」


 ライラが疲れた様子でため息をつくが、その瞳はどこか充実感にも似た光を帯びている。


「でも、ソウヤさんのおかげで一歩進んだ気がします。このままじゃまずいって、研究所のみんなが気づいてきましたし」


 ダリウスは時計代わりの砂時計を見て、「もう夜も更けるな。僕はそろそろ引き上げる」と言って席を立つ。


「明日は兵器関連の依頼で城の会議があるんだ。バルト商会との交渉をどうまとめるか……面倒そうだよ」


 それだけ言うと、ダリウスはローブを払い、廊下へ消えていった。

 ライラは書類をまとめ、「私ももう帰らないと……。ソウヤさんは?」と問いかける。


「俺も部屋に戻るよ。今日は盛りだくさんだったし……。おつかれさま、ライラ」


 こうして二人も研究所を後にし、城内の各自の部屋へ。

 夜の石畳を踏む足音が、城の冷たい空気に染み込んでいく。

 外は月が雲に隠れ、先ほどの森も闇に沈んでいるだろう。


 (フレイヤさん、今頃は巫女の里に戻ったのかな。軍事研究が加速すれば、彼女の不安もさらに募るはず。泉が限界を迎える前に、どうにかしないと……)


 そう思いながら、ソウヤは硬い寝台に腰を下ろし、両手で顔を覆った。

 胸の奥で、焦りがかき立てられる。

 街の衝突は高まり、軍事競争は熱を帯び、泉の危機も迫っている。

 

 自分一人が必死にもがいたところで、どこまで止められるのか。

 だが、やるしかない。


 (全てが暴走したら、最悪の結末になるかもしれない。それだけは、絶対に避けたい……)


 かつて現代で事故を止められなかった痛みを思い出し、ソウヤは目を閉じる。

 寝台に横たわっても、眠気はなかなか訪れない。

 遠くから、夜巡回の兵士たちの足音がかすかに響き、月明かりのない窓外は黒く沈黙する。


 ソウヤは夜の闇を仰ぎながら、ただ静かに呼吸を整え、明日こそ具体的なプランをまとめることを決意する。

 『技術の光』が街を本当に救う形で生かされるように。

 それが、彼が異世界に転生した意味だと信じて――。

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