第12話
彼ら2人が3回戦の相手になる、はずだった。
「……え?」
しかしグラウンドに姿を現したのは、堂島と雨宮だった。
「なんでお前が――!?」
「やあ、よくここまで来れたね」
驚愕する俺とは対照的に、雨宮はにこやかに言った。
「大谷ちゃんの怪我がどうしても治らなくてね。代理として僕が出るのさ」
「そんなのありかよ……」
そんなことが許されるのか疑問だが、試合を見守る教師陣は制止しない。
「大谷が酷い凍傷を負ったとは聞いている。選手の負傷による欠場の場合は、連字を成立させるため代理生徒の出場が認められている」
「と、いうわけさ」
審判にそう説明されては納得する他ない。
しかし俺の胸中には、途轍もない絶望が湧き上がっていた。
日野と同格の強さを誇る化け物。
そんな相手をどう倒せばいい?
こみ上げる絶望は思考を停止させるのに、鼓動は意味もなく加速していく。
「大丈夫、先手必勝でいこう」
俺の動揺を感じたのか、一色が小声で言った。
「あ、ああ。まずは棍棒で攻め立てる」
「うん。相手の出方が分からないと対策のしようもない」
彼女の割り切った言葉を聞くと、俺も覚悟が決まった。
間もなく試合が始まった。
ピイイイイイイイ! と甲高いホイッスルの音。
――次の瞬間には、足元一面が氷漬けになっていた。
雨宮玲都。痣名は『氷』。
文字通り氷を生成し操る能力だが、この規模をこの速度で――。
「なん、だこれは……」
「驚いた?」
雨宮はケラケラと楽し気に笑った後で、キッと真顔になる。
「こんくらいできんだよ。なめんな三下が」
雨宮の形相に怯む間もなく、腹の底に響き渡る唸り声がした。
見れば、堂島が全身を何倍にも肥大化させて、その肌は赤く色づいている。
堂島の痣名は「鬼」。
民話でよく知る赤鬼そのままに、体躯が隆々としていく。頭部からは一本の角が突き出していた。
片手に金棒を持った鬼が、地面に張った氷をものともせず駆け出した。
勢いよく突っ込んでくる鬼に、俺は棍棒を構える。
鬼の金棒と俺と棍棒がかち合った。
一瞬のつばぜり合い――すらも起こらなかった。
俺は何メートルも吹っ飛ばされて、全身を地面に打ち付ける。
体中の骨が折れたのではないかと思うほどの激痛に襲われた。
「グァ、ハッ……」
「あーあー痛そうだ」
聞こえてくる伸びやかな声は雨宮のものだ。
地面に突っ伏しながらそちらを見ると、雨宮は愉快そうに顔を歪めている。
「君らの戦い方見てたけど、長手くん――だっけ? 君が主体で戦うんだよね、棒をちまちま変化させてさ」
「……分析がお上手ね」
忌々し気に一色が言うと、雨宮は「まあね」と片手を挙げる余裕さえ見せる。
「つまりさ、
「試してみる?」
「いいね、手間が省ける」
言うが早いか、一色の制服が鋼鉄の鎧に変化した。
「装備を変えた程度でさー」
雨宮が片手を振るった。
彼の手を基点に氷塊が生成され、乱雑な軌道に沿って一色に襲い掛かる。
一色は後ずさりして氷塊を避けると、そのまま後方へ駆け出した。
「あれれ、逃げちゃうの?」
挑発する雨宮など意に介さず、一色は俺のもとへ駆け寄ってくる。
そこに、鬼と化した堂島が立ちはだかった。
重たい鎧を引きずるように全速力で駆けていた一色に、鈍重な金棒が振り下ろされる。
メキメキメキ!! 金棒が鎧にめり込んで、一色が吹っ飛ばされた。
「一色……!」
痛む体に鞭打って立ち上がり、一色の元に駆け寄る。
一色は顔中を歪めているが、その瞳から光は失われていない。
「棒を」
言われた通り棍棒を差し出すと、一色の異能によってその形状が変わる。
見慣れた警棒にその出で立ちが変わると、更に俺の制服が軽いメッシュ素材の服に変わった。
「一撃でも食らったら勝てない……だったら、スピード勝負しかない」
「そんなの、やれるか?」
「やるしかない。それに相手が”故字聖語”なら、こっちにも――」
言いかけた一色の言葉は、凍えるような轟音によってかき消された。
凄まじい氷の連鎖が大地を裂いて迸り、俺の視界を青く染め上げる。
やがて全てが晴れたとき、眼前には氷漬けにされた一色の姿が。
「い、っしき……?」
「長手くんさー」
氷の中で完全に制止した一色は何も言わない。
雨宮の伸びやかな声ばかりが響いていた。
「降参しなよ。その女みたいになりたくなかったらさ」
「あ、雨宮ああああああ!」
「吠えるなよ雑魚が」
何も見えなかった。
怒りに任せて雨宮目掛けて突進していった。
たちまち鬼が走り寄って、俺の進路に金棒を振り下ろしてくる。
そんなものは読めていた。
金棒に警棒を当てると、押される勢いを利用して金棒の上に回り込む。
鬼の体躯は巨大だ。だから、その腕を足場にすることができる。
そこから鬼の腕を伝って肩まで到達した。
赤い腕が伸びてきて俺に掴みかからんとする。
俺は鬼の指先を狙って警棒を打ち付けた。
あらゆる生物の指先には神経が集中している。
架空の怪物とて例外ではない。
鬼の強固な皮膚に突き立てられた警棒は、棒先が持ち手に押し戻されて縮んだ。
だが打撃は無駄ではなく、鬼は苦悶の声を上げた。
俺はバランスを崩した鬼から飛び上がった。
そして赤い顔面目掛けて落下しながら、眼球に狙いを定めた。
「おらあああああああああ!!!!」
警棒を振ると、ジャキンと音を立てて再び棒身が伸びる。
金属製の棒は真っ直ぐに鬼の目に突き立てられた。
粘膜を突き破るドロリとした感触が手に伝わる。
「ぐ、ぐおおおおおお……」
大地に響くような鬼の悲鳴。
俺は地面に着地し、それ以上鬼には目もくれず雨宮目掛けて駆け出した――。
「それで?」
雨宮は不敵な笑みをこぼしていた。
その刹那、全身に悪寒が走る。
足が止まりかけたと同時、雨宮が片手を振るった。
たちまち巨大な氷塊がいくつも生成され、真っ直ぐこちらへ飛んでくる。
よける間もなく、必死で警棒で防いだ。
氷塊は警棒もろとも俺を粉砕して、地面を抉りながら突き進んだ。
「まあこんなもんだよね」
砂塵が舞うグラウンドには雨宮の声ばかりがこだましていた。
氷塊に押し潰された俺は立ち上がれもせず、うつ伏せのまま痛みに抗うばかりだ。
全身が痛む。足が折れている。腕の感覚がない。顔が半分に裂けたみたいだ。頭が割れそうに痛い。頭が割れそうに痛い。頭が割れそうに痛い!
「あ、ああ……」
無様に呻く俺の視界は、氷漬けにされた一色を捉えていた。
「いっしき……」
彼女の言葉が思い出される。
”故字聖語”なら、こっちにも――。
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