薔薇の棘
風連寺ゆあ
薔薇の棘①
午後の陽が傾き、黄金色の光が庭園を染める頃、私は久方ぶりにあの館を訪れた。石造りの門は変わらず蔦に覆われ、その重厚な扉には時間の重みが刻まれている。指先でそっと触れると、冷たく、まるで何かの意志を秘めたように感じられた。
私は深く息を吸い、扉を押し開けた。軋む音が沈黙の中に沈んでゆく。館の中は相変わらず静寂に包まれ、光の差し込まぬ廊下は、まるで時間が止まっているかのようだった。
長い廊下を歩くたび、黒い絨毯が靴音を吸い込む。かつてここで過ごした日々が脳裏に蘇る。あの頃、館はもっと明るく、風が通り抜けるたびにカーテンが揺れ、薔薇の香りが微かに漂っていた。
だが、今はもう誰もいない。
私は奥の部屋の扉を開いた。
そこには、一輪の薔薇が置かれていた。
深紅の薔薇は、まるで血を滴らせるかのように鮮やかだった。その隣には、一通の手紙が添えられている。
「おかえりなさい」
かすれた筆跡は、私の知るものだった。
私は手紙を開いた。
この館が朽ちる日が来ても、私はここにいるでしょう。あなたが戻る日を待ちながら。
私はそっと薔薇を手に取った。指先に、鋭い棘が触れる。微かな痛みが走り、指先から一滴の血が零れた。
私は、何を求めてここへ戻ってきたのだろう?
かつての日々を取り戻すことはできない。だが、この館がまだ私を迎え入れてくれるというのなら、私はここで生きていくしかないのだろう。
私は薔薇を胸に抱き、静かに目を閉じた。
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