第36話 結婚の条件

「お帰り、ソラリス」

「父上、ただいま戻りました」

「レアルからいろいろ聞いているよ。とても優秀だと。私も嬉しいよ」

 ソラリスはヘリオスと対面していた。ロゼと離れがたかったが、父にも感謝を告げなければならない。父の部屋からも満開の桜が見えた。

 父から褒められて、ソラリスは気恥ずかしくて耳が赤くなるのを感じた。一体、レアルからどんな報告がいっていたんだろうかと思う。

「それで……その……ロゼのことなのですが」

「ロゼを好きなんだろう? もう返事は貰ったのかい?」

「……はい」

 気恥ずかしくてうつむくと、父はすぐに察したようだった。ソラリスの肩に手を置く。

「良かったなソラリス。ロゼを頼んだよ」

「はい……!」

 そう背筋を伸ばして返事をするソラリスを微笑ましく見てから、父は言葉を繋いだ。

「レアルから、おまえを官吏に登用したいと請願があったが、ロゼはもう知ってるのかい?」

「あ……それは、まだ、です」

 ロゼに会えた喜びと、返事を聞きたいと言う気持ちが逸って、ロゼに言いそびれてしまったことに今更気づく。

「……父上、僕は、レアルの官吏になりたいと思っています」

「ロゼは、どうするんだい?」

「できたら――ロゼにも一緒にレアルへと来てほしいと思っています」

 できたら、ではない。来てほしいと願っている。けれど、ロゼが必ず頷いてくれる自信はないし、まして、まだ結婚の申し込みも、その許可も父からは貰っていない。

 ソラリスは深く頭を下げた。

「父上に引き取っていただいて僕は本当に幸せでした。父上とロゼが僕に、幸せを教えてくれました。どうか、ロゼに結婚の申し込みをさせていただけないでしょうか?」

「それは、我が家の籍からは抜けると言うことだね」

 どこか寂しげに父は言った。ソラリスもこの家で家族として過ごした時間を思って、切なくなる。それでも――ソラリスは頷いた。

「はい」

「レアルでは良い体験ができたようだね。成長したな、ソラリス」

 父に肩を叩かれて、ソラリスの目頭が熱くなった。

 暗く寂しい王宮の一室から連れ出すために奔走して、幸せをくれた人だった。

「王には私から話をしておこう。アルーアとレアルを繋いでくれるなら、王は否とは言わないだろう」

「ありがとう、ございます」

 言葉に詰まってソラリスは更に深く頭を下げた。自分に会わせないよう配慮をしてくれたのだと、頭が下がった。

「ロゼの件だが」

「はい」

 ソラリスは背を正す。真っすぐに父を見た。父はふ、と表情を緩めた。

「あの子がレアルに行っても良いというのなら、その意思を尊重しよう。その時には、どうするつもりだい?」

「レアルの官吏になって、ロゼの婿養子になれたらと思っています。暮らすのはレアルでになってしまいますが……」

「嫌だと言われたら?」

 そう言われてソラリスは、ぐっと言葉に詰まる。ソラリスは視線を落とした。

「父上ならご存じかと思いますが、レアルには今、高位の高官が少ないのです。こんな僕でも役に立つのならば、天主様やフィン様に微力ですが尽くしてみたいと思うのです」

「ロゼは、どう思うだろうね? 何しろあの子はアルーアから出たこともないし、レアルのこともそんなに詳しい訳では無い。嫌だと言われるかもしれない」

「説得します。僕はもう、ロゼと離れていたくありません。だからどうか――」

 ソラリスは床に手をついて深く深く頭を下げた。

「ロゼに結婚の申し込みをさせてください」

「そうだね。ロゼの気持ちも、ソラリスと同じならそれは構わない。ただ」

 ソラリスは顔を上げる。父は真面目な顔をしていた。

「ロゼがレアルへと行くことは、ロゼが頷くことが条件だ。私もロゼがかわいい。無理なことはさせたくはない」

「――はい」

 ソラリスは、苦い思いを飲み込むように、頷いた。はらはらと舞い落ちた桜の花びらが、ひとひら部屋にも舞い込んできた。

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