第33話 天主の想い
レアルの冬は暖かいとソラリスは思う。故国の冬は雪が降り寒かった。ロゼは風邪をひいてはいだろうかと、ソラリスは窓辺に立って遠い故国に想いを馳せた。ロゼは一旦寝付くと、回復までに時間がかかる。そう思って、ますます心配になった。
今日は休日だが、官吏服を着ていた。ロゼが仕立ててくれた服は、成長期のソラリスの背が伸びて着られなくなってしまったのだ。
大切にしまってはあるが、残念でため息をつく。
「またぼんやりして。恋しい女のことを考えているのか?」
いきなり声をかけられて驚いて振り向くと、扉口に天主が立っていた。ソラリスは驚く。ここはソラリスの私室だ。天主がひとりで訪ねてくるなどありえない。
そんなソラリスの思いを感じ取ったのか、天主は、人差し指を口に当て、どこかいたずらめいた表情を浮かべた。
「これはお忍びだ。フィンにも内緒にしておいてくれ」
「はい」
生真面目にこくりと頷くソラリスの隣に天主は歩み寄る。窓辺に立って、その景色を眺めた。
「ここからは王宮がよく見えるな。日当たりもいい。良い部屋を貰ったな」
「はい。フィン様には感謝をしています」
「そう言ってやればフィンも喜ぶだろう」
天主はソラリスを真っすぐ見つめた。深く強い紺碧の瞳に、圧倒されそうだとソラリスは思う。窓から差し込む光に天主の淡い金の髪が、輝いて見えた。
「なにかご用事だったのですか?」
「ソラリスはレアルをどう思う?」
唐突に聞かれて、ソラリスは少し戸惑ったが、素直な気持ちを口にする。
「良い国だと思います。港も良く整備されていましたし、活気がありました。なによりこんな僕のことも快く迎えてくださいました」
「そんな自分を卑下するような言い方はやめろ。フィンにも言われてはいないか?」
「言われます……」
「おまえはもっと自分に自信を持て。それだけの能力を持っている」
天主はそう言うと、笑った。笑うと少しだけ覇気がおさまって、年相応の顔になることをソラリスは知った。窓辺にもたれながら、ふたりで話を続ける。
「良い国だと俺も思う。問題がない訳じゃあないがな。その問題の今最たるものが高位の官吏不足だ」
天主はため息をつく。
「白銀の官吏も青銀の官吏も、数が足りてない。普通の半分以下の状態だ。なんでなんだろうな。俺の徳の足りなさなのかと思うときもある」
「そんなことはないと思います」
はっきりと言い切って天主を見つめた。天主とフィンが夜遅くまで政務をしているのを知っている。この国を大切に思ってなければできないことだと、ソラリスは思う。天主は少し笑った。心なしかいつもよりも元気のなさそうな笑みだった。
「ソラリス。冬の終わりには文官院も終わるのだろう? 正式にレアルの官吏になってはくれないか」
「……それは」
「新しい宮も与えよう。待遇も最善のものを約束する。一緒にこの国を担っていって欲しい」
「ですが僕は……」
ソラリスが言い淀むと、天主はわかってると頷いた。
「恋しい女がいるんだろう? アルーアとの外交を担ってくれても良い。その女をレアルに呼んでも良い。その時には最高の待遇を約束しよう」
「ロゼをレアルに……?」
「差別なんてさせない。レアルとアルーアは友好国だ。不自由な思いもさせないと約束しよう」
「天主様は、この国が大切なんですね」
そう言うと、天主はため息をついた。
「俺も好きでこの髪色に生まれた訳では無い。だが、そうなってしまったものは仕方がない。最善を尽くして、この国を良くしたいと思っている」
「ご立派だと思います」
心からそう言うと、天主は、そんなことはないと頭を振った。
「おまえこそ、いろいろ大変だったと思う。それなのに曲がらず腐らず、良く努力をしている」
「それは父上とロゼがいたからです」
ふたりから、特にロゼからは温かな想いをたくさんもらった。凍てついたような心を溶かしてくれたのは、ロゼだった。
「その女と会ってみたいものだな。おまえが惚れたという女に興味がある」
「……天主様でも、ロゼは渡せません」
大真面目にそう言うと、天主は、声をあげて笑った。ぽんぽんと、ソラリスの肩を叩く。
「安心しろ。そういう意味ではない。それに俺の婚姻は、自分では決められないだろうしな」
天主はため息をつく。ソラリスに向き直ると、その強い紺碧の瞳を向けた。
「頼む、ソラリス。どんな形でも良い。レアルを、助けてくれ」
淡く輝く金の髪、深い紺碧の瞳を揺らして、天主はソラリスを見つめた。
「……文官院を出たら1度はアルーアに帰りたいとは思っています。おっしゃったことは考えさせてください」
ソラリスはそう言って、天主を見つめる。もちろんだ、と天主はそう言って、また年相応の顔で笑ったのだった。
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