第8話 深夜の訪問

 その日の夜の事だった。

 侍女たちはもうすべて下がっている。梟の声だけが遠くに聞こえていた。

 寝る支度を終えてひとりでいると、ほとほとと扉が叩かれた。

「誰?」

「僕です」

 ソラリスの声がした。扉を開けると夜着姿のソラリスが立っている。ロゼは驚いたが、ソラリスを中に招き入れた。温かいお茶を淹れてソラリスに出すと、彼はあリがとうございますと律儀に頭を下げた。

「眠れなくて……。少し一緒にいても良いですか?」 

「え? ええ……」

 昼間の事を思い出し、少し逡巡したが、結局ロゼは頷いた。ソラリスはじっとロゼを見つめる。まただ、とロゼは思う。なぜか居心地が悪い。ロゼは取り繕うとするように言葉を続けた。

「剣の稽古は順調?」

 そう尋ねると、ソラリスはこくりと頷く。

「成長して手も大きくなりましたから」

 ソラリスが手を出して見せるので、ロゼはその手を見る。自分の手を重ねて、本当だと笑った。

「前はほとんど変わらないのに。今はすっかりソラリスの方が掌も大きいのね」

「……もう、子どもじゃありませんから」

 ソラリスはそう言うと、そっとロゼの手を搦めるように握る。 

「本当ね。ソラリスにもいつ縁談が来てもおかしくないわ」

 そう困ったように微笑むと、ソラリスの手に力が籠もった。

「僕は結婚なんてしません」

「え……?」

「だから、姉上も結婚なんてしないでください」

 真剣な表情でソラリスはロゼを見つめる。鼓動が高鳴る。今日の自分はなんだかおかしい。慌てて手を引っ込めようとしたが、ソラリスは手を離そうとしなかった。

「ソラリス……。離して」

 懇願するように頼むと、ようやく手を離してくれた。すみません、とソラリスは謝罪する。

「痛かったですか?」

「え? ええ……そうね。少し……」

「すみませんでした」

「良いのよ、大丈夫」

 ソラリスはじっとロゼを見つめる。その視線に耐えられなくなり、ロゼはぎこちなく微笑んだ。

「さあ、もう休む時間よ。ソラリスも部屋に戻らないと」

 殊更明るく言うと、ソラリスは頷いた。手を伸ばし、ロゼの長い髪を掬い口づけを落とす。そして上目遣いでロゼを見つめた。

「おやすみなさい……姉上」

「おやすみ……なさい」

 ロゼはそう言うのがやっとだった。ソラリスが一礼して部屋を去り、扉が閉まる。

 ロゼはしばらく放心したようにそのまま動けなかった。

梟の声だけが遠く聞こえていた。



 

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