第37話 三人の密談

~前回のあらすじ~

質疑応答の後、双子の父クーヤイの失踪を告げ、捜索を約束し一行を送り出した王。

シェリルとスウォルは父親の小屋を確認すべく、一時的に仲間たちと行動を別つ。

二人を見送ったレピは、“別行動は好都合”だと呟いた。



シェリル、スウォルと行動を別つことを“好都合”と表現したレピに、リエネとリリニシアは揃って首を傾げる。


「どういうことですの?」

「…リリニシア様、グラウム様のおられる所まで、どの程度歩きますか?」

「え?それはすぐ、目と鼻の先ですけれど…それがレピさんのご都合と関係が?」


リリニシアが指差した先の建物を見て、レピは顎に手を当て、考える。

少しの間の後、キョロキョロと周りを見回し、近くに兵がいないことを確認すると、小さな声で囁いた。


「今のお二人には聞かせたくない話もありますので…言ったり来たりで二度手間にはなりますが一度離れましょうか。…恐らく、リリニシア様のお気持ちにも関係するかと」

「!」


リリニシアは大きく目を見開き、レピの顔を見つめる。

その様を見ながら、リエネは謁見中のレピの言葉を思い返した。


「さっき言ってた、“個人的な感情”か?」

「えぇ。ここで話すべきではないかと」

「…いいですわ、移動しましょう。少し歩けば人気ひとけのない、おあつらえ向きの場所がありますの。着いて来てくださいまし」

「馬車はどうします?」

「預けておけばいいですわ。出発の時に回収いたしましょう」


そう言うと、リリニシアは先陣を切って歩き出した。

レピとリエネは頷き、彼女に続く。

グラウムのいる道場を通り過ぎ、さらに少し歩くと、木々に囲まれた小さな広場に出た。


「ここならまず誰も来ませんわ。ワタクシ、お勉強がめんどくさくなった時にはここでサボってたんですの」

「王位継承者への教育がどうとか語ってたのに…?」

「…時には息抜きも必要なのですわ!」

「あの、本題に入っても?」


リエネが困惑を口にし、リリニシアが反論する横で、レピは苦笑いで話を進めると、二人は不完全燃焼という表情を浮かべながら、手で先を促した。


「リリニシア様には申し訳ない話ですが…率直に申し上げて、僕は陛下を信用出来ません」


レピは念のため、とばかりに、改めて周囲を警戒しながら口を開く。

リリニシアは悲しそうな、しかし納得もしているような、神妙な顔で尋ねる。


「そうでしょうね。どうしてめたんですの?」


先ほどの出来事──口を開こうとして、頭を下げたレピが、王に見えないよう手で制したことを回想して問う。


「あの場で追及しても得るモノはなく、むしろ心象を損ねてしまいかねない…と思ったからですよ」

「…どういうことだ?」


一人、話に着いていけず、リエネが首を捻る。


「ワタクシ、“驚かないのか”と聞くつもりでしたの。お祖父様、レピさんの探し物が“魔術”でなく“魔法”だと聞いても、特に反応がなかったでしょう?」

「あ…!」


リリニシアの説明に、リエネは目を丸くしながら頷いた。

レピはそれを引き継ぎ、説明を続ける。


「リエネさんには、確かユミーナ様にお伝えした際、一緒に…という形でしたね。初めて知った方は、まずそこに驚くんですよ、僕も含めて。、ね」

「…では、驚かなかった陛下は…」


噛み締めるように呟くリエネに、レピは静かに肯首した。


「少なくとも、“聞いたこともない”というのは嘘でしょう。それはつまり、“嘘をついてでも隠したい”ということです。それが何故か、までは分かりませんが」

「よろしかったんですの?せっかくの好機を、みすみす見逃してしまったのではありません?」


祖父が自分をも欺こうとした事実に、リリニシアは複雑そうな表情を浮かべながら聞いた。


「皆さんと旅をしていれば、今後も陛下のお目にかかる機会は作れるでしょう。もしかしたら、僕が信用を買うことが出来れば、何か話して貰えるかもしれません」

「…まぁ他国人だしな、私とお前は」


リリニシアと違い、リエネは涼しい顔で頷く。


「えぇ。ハリソノイアは勿論ですが、マキューロにしても、同盟国とはいえ他国です。もし“禁じられた魔法”がヤクノサニユにとって重大な秘密なら、おいそれと話してはくれないでしょう。…一連のモヤモヤ感がリリニシア様の“個人的な感情”であり、陛下への語気を強めさせたのでしょう」

「お見通しなのも気味が悪いですわね…」

「なるほど…」

「とまぁ、これが一つ目です」

「…一つ目?」


話がまだ終わらないことを示したレピに、リエネの頭には再び疑問符が浮かぶ。


「村が滅んでしまった時期の追及に対する反応も気になりました」


リリニシアは残念そうに同意を示す。


「やっぱりそうですわよね…。王位に就いている間に起こった、国境のわずか向こう側にある村の滅亡。それも魔物によるもの…。コチラに被害が及ぶ可能性を考えれば、決して他人事ではないはずですのに…」

「それどころか、国王という立場なら、陛下自身も当事者と言えそうだが…確かに反応は薄かったな…」


リエネは腕を組み、リリニシアの思いを噛み締めるように頷く。

レピも同じく頷きながら、自らの考えを補足した。


「指摘されて驚く様子もなく、15年前で正しいと言い張るでもなく…。何も回答せず、あの場での話を手早く終わらせることに終始しているように、僕には見えました。これが二つ目です。そして三つ目が──シェリルさんとスウォルくんのお父様の件です」


二人は無言で、レピの言葉を待つ。


「陛下は“伝えておかねばならぬ話を思い出した”と仰いました」

「あぁ、それは私も流石に引っ掛かった。そんな重要な話を忘れていたのか、と」


これまで受け手に回っていたリエネも、ここに来て自らの考えを発した。


「えぇ。人類の未来を託し、自ら送り出した子供たちの父親が、陛下を訪ねた後、姿を消す。…そうそう忘れられる出来事ではなさそうですが」

「ではお前は、アレも嘘だと?」

「…」


リリニシアは無言で頭を抑える。


「僕には陛下の“思い出した”が、“一度言わずに送り出そうとしたのは忘れていたからだ”という言い訳を作ったように思えました」


ゆっくり首を縦に振りながら、レピは力強く答えた。

しばし、静寂が場を支配する。


「これが、シェリルさんとスウォルくんに聞かせたくない話です」

「“信じて任せろ”と言い切った陛下が、嘘を…か。確かに、あの二人には酷か」

「…少なくとも、伝えるべき時は今ではないでしょう」


リエネが同意し頷く中、リリニシアは声を震わせた。


「…お祖父様は、何故そんな嘘を…?」

「そこまでは…。嘘をついた方がいい理由、あるいはつかなければならない理由があっての事でしょうが…いずれにせよ、明かすことで不利益に繋がる真実が隠れているはずです」

「リリニシア様…」


沈痛な面持ちで、目を合わせることも出来ずに地を見つめるリリニシアに、リエネはかける言葉が見付からず、背をさすることしか出来なかった。


「これら三つの違和感が覆っている真実が一つなのか、それぞれ別の真実を覆っているのか…それも今は分かりません。現時点で言えるのは──」

「…お祖父様は“信用出来ない”」


レピの言葉を引用しながら、リリニシアは意を決して顔を上げた。


「はい。僕はそう結論付けています」

「…お二人の仰る通り、この件、シェリルとスウォルにはまだ伏せておきましょう」

「その方がいいでしょう。…状況が許すなら、リリニシア様にも伏せておきたかったのですが。…お辛いでしょう?」


レピが言いづらそうに、リリニシアの顔色を伺う。


「いやもう、なんかムカついて来ましたわ、お祖父様…!次会ったら一発ひっぱたいてやろうかしら」

「あ、それはやめた方が…リリニシア様の一発、メチャクチャ痛いので。なんならまだ痛いです」

「ふっ、“経験者は語る”なぁ?レピ」


リリニシアの声の震えから悲痛さは消え、怒りに変わる。

レピとリエネに笑みが戻り、一気に空気が弛緩した。


「お祖父様が隠している真実は分かりませんけれど…“何が分からないかを正しく認識する”。そして“答えを無理矢理決め付け、分かった気にならない”…ですわね」


城に入る前のレピの言葉を復唱し、リリニシアが深く息を吐くと、レピは嬉しそうな表情で頷いた。


「はい。今の答えは“分からない”でいいんです。それに色々と言いましたが、あくまで全て僕の推測です。」


レピは明るい声色で答え、おどけながら続ける。


「ただ怪しく見えるだけで、本当に禁じられた魔法のことは知らず、村が滅びた時期の教育が間違っていたことも知らず、お父様のことは失念していた…なんて可能性も、存在しないとまでは言いません」

「薄そうではあるがな。可能性、か…」


リエネが苦笑しながらも噛み締めるように繰り返すと、リリニシアは肩をすくめた。


「薄くともゼロでない以上、排除はするな、ということですわね。…国王なのに何も知らず、重要なことを忘れてる…というのも、私としては複雑な気分ですけれど」

「ははは…それは確かに。ともかく、僕が話したかったことは以上です」


返答に困ったレピが強引に話を纏めると、二人も顔を見合わせ、頷き合う。


「承知いたしましたわ。ではグラウム様の所へ移動しましょう。ご案内いたしますわ」

「今の情報ではこれ以上、踏み込んだ話は出来なさそうだしな。…神槍しんそうグラウム…。早くお目にかかりたいものだ…!」


気持ちを切り替え、三人はその場を後にした。



~次回予告~

レピとリエネを引き連れ、グラウムの座す道場の門を開け放ったリリニシア。

グラウムは弟子二人の不在と、代わりに現れた二人の見知らぬ客を訝しみながらも、リリニシアの帰還を歓迎する。

そんな中、リエネは一歩前に出て、グラウムに声を掛けた。


次回「リエネと勇者のお師匠様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る