第26話 後日談、Episodeカナボシ。3

「まったく、カナちゃんが自分で着ているのなら最初から言って」

「最初から話も聞かずに通報しようとしたやつがよく言う」


金星かなぼしの退院記念パーティーのために、ぜんは食べ物が盛られた皿を持ってきてそんなことを言った。

海実わたみはそれを聞かぬふりをし、その傍らで依然としてワイシャツ姿でおとなしく座っている金星かなぼしに言う。


「私はカナちゃんが断れないことを知って、クさんが無理やり男のロマンである裸ワイシャツを着せたと思った〜」

「は、裸じゃありません!」


顔を赤らめた金星かなぼしは両腕を振りながら否定した。

確かにぜんのワイシャツが金星かなぼしには大きすぎて下衣が見えにくいだけ、きちんと半ズボンをはいている。


「まあ、幸いだな。僕たちが全力で助けてくれたぜんがそんな破廉恥なことをしてなくて」

「サイ弁お前まで私を疑うとは……」

「それよりぜん、やっぱり始めは牛肉がいいよな?」


その言葉と共にサイ弁は自分が買ってきた牛肉パックを取り出した。

それを見て海実わたみは自分が買ってきた肉を見せながら言う。


「何言ってんの!牛肉がおいしいのは初めてだけ!すぐに脂っこくなる。それならやっぱりサムギョプサルだね!丸ごとクリスピーに!」

「それ、ただSNSに出たのを真似したいだけだろう?」

「何?サイ弁」

「別に」


そうやって互いをにらみ合いながら、サイ弁と海実わたみはどうでもいいケンカを繰り広げていた。


このままでは決着がつかないことを海実わたみもサイ弁もよく知っているのか、判断はこのパーティーの主役であり裁判長に任せることにした。


「は、はい?私ですか?」


不吉な視線を感知した金星かなぼしにサイ弁と海実わたみは各自買ってきた肉を持って言う。


金星かなぼし生徒、やっぱり厚い牛肉を先に食べたいよな?」

「何言ってるんだ!カナちゃんは私が買ってきたサムギョプサルを先に食べたいって言ってるけど?」

「わ、私はどちらにしても、その……」


大人たちの勧誘にどんな言葉が正解なのか分からず、金星かなぼしの瞳はぐるぐる回った。


ドン!ドン!!


そんな年甲斐のない大人たちの頭に正義の鉄拳が下った。

自分たちの頭を包む海実わたみとサイ弁は無視し、ぜんは自分が作ってきた料理を食卓に持ってくる。


「パーティーの主役を困らせるな。そもそも両方出せばいいんだろ?」


その言葉と共にぜんが持ってきたのは厚い牛肉ステーキと、皮がクリスピーに焼けた丸ごとサムギョプサルだった。


「「いつの間に?!」」

「お前ら二人がまたどうでもいいことで喧嘩するから、あらかじめ準備しておいたんだ。それより、そこに持っているお肉も出せ。早くなくなりそうだから、すぐに作る」


そんなぜんの言葉にサイ弁と海実わたみは自分たちが買ってきた肉パックを素直に渡した。


「こうやって事前に焼かれたのもいいけど、やっぱり肉はすぐに焼いて、サンチュと一緒に食べたくなるんだよね〜」

「僕は服に臭いがつくのが嫌いだが。まあ、野菜は重要だから」


その言葉とともにサイ弁は海実わたみが買ってきたサンチュを食べた。

サムで包んだりはしない。手を使うのが嫌なのか、箸でつまんで噛んで食べるだけ。


「珍しくサイ弁と意見が合うね?」

「じゃあ、次はシャイニング・ロードの家で焼くか?僕たち三人の中で一番広いし」

「えぇ〜肉のにおいが付くから嫌だ。それよりその名前で呼ぶなって!」


食卓からはそんな海実わたみとサイ弁の声が聞こえてきた。


「まったく、相変らず子供だな……」


そんなことをつぶやきながら、ぜんはフライパンに牛肉をのせる。

牛肉は焼きすぎると硬くなるので表面をバターで煮込み、溶けた牛の油とバターを表面にかけながら焼く。

ちなみにサムギョプサルは予め皮に切れ目を入れ、百八十度のオーブンに入れておく。


(確かに、ワタの言うとおり鉄板で焼く肉も魅力的だが食卓で焼くと煙がひどいからな)


反面、キッチンの換気口の下で焼けば煙の心配が少し減る。


(でもまあ、このワンルームは玄関のドアと窓を開けるだけで風通しが良い方だが)


しかし、食卓で焼くと必然的に焼くために食べるのが遅くなる。だから今日は食卓で焼くのは避けたかった。


(今日はカナさんが主役だから、お腹いっぱい食べてほしい)

「あの……やなぎさん」


そんな中、後ろから声が聞こえてきた。ぜんは少し火を落とし顔をそむけると、そこには金星かなぼしがもじもじしながら立っていた。

もう肉を食べ終わったのかと思っだが、そうではなかった。


「そ、そのワタさんがやなぎさんに『一人で焼くから食べさせてくれ』とおっしゃったので……」


両手でやや恥ずかしそうな顔で金星かなぼしはサンチュサムを握っていた。

どうやら海実わたみの入れ知恵みたいだ。


「あ、ああん〜ど、どうぞ」


そのまま金星かなぼしがサンチュサムを持った手を押した。

確かに、これは食べさせる以外に方法がない。ちょうどぜんは手を使うことができないので、それを素直に受け取ることにした。


「ああん」


そうやっておとなしく金星かなぼしが包んでくれたサンチュサムを食べた。

ぜんの手より小さいせいか、サンチュサムも小さくて一口の大きさだった。


「ど、どうですか?」

「うん、おいしい。でも、今日はカナちゃんが主役だからたくさん食べて」

「大丈夫です!やなぎさんのものを作りながら私も食べますから!あ、またサンチュサム持ってきますね!」


すたすたに歩いて食卓に行った金星かなぼしはまたサンチュサムを持って出てきた。

断ることができなかったので、ぜんも静かに口を開けてそのサンチュサムを食べる。


「これは、これは〜完全に新婚さんだね〜クさん、シャッターチャンス」

「どうやらぜんに僕たちの存在は邪魔になったようだ」


海実わたみは口もとを上げてスマートホンでシャッターを乱射し、サイ弁は眼鏡を輝かせながらそんな言葉を投げかけた。


「揶揄うな、こら。カナさんが嫌がるから」

「い、いいえ!私はただ……やなぎさん一人で頑張ってますから最低限これでも、という気持ちで……」


金星かなぼしの声はだんだん小さくなり、恥ずかしくなったのか頭を下げた。

頬がトマトみたいに赤く沸き立つのに対し、丸くなるその青き瞳は猫のようだった。


カチッ!


またまえに聞いたのと同じような、そんなスイッチの音が聞こえてきた。

軈て海実わたみはまた金星かなぼしにとびこんで、そのほおをこすった。


「かわいいぃぃぃぃぃっ〜!こんなのを愛らしいって言ってるんでしょ!?やっぱりうちに連れて行く!いいんだよね、クさん?ありがとう、そうするね!」

「しっかりしろ!シャイニング・ロード!」


すぐ後ろにいたサイ弁が海実わたみをぶん殴って気を引き締めさせた。


「ありがとう、サイ弁。お前がしていなかったら、持っていたフライパンでぶん殴ってるところだ」

「ひどいよ!クさん!」


海実わたみはそんな泣き声を出したが、極めて自業自得で誰も彼女の味方になってくれなかった。


「でもうちに入れるというのは冗談じゃないよ」


そんな海実わたみの言葉にサイ弁は背中を殴ろうと「はあっ!」と手に息を吹き込み、ぜんは静かにフライパンに手を――


「やめろ、あんたたち!いったいこのワタ様を何だと思っているんだ?!」

「可愛い人なら性別、年齢を問わず狙うだめな両性愛バイじゃないか?」

「そう、シャイニング・ロードはシャイニング・ロードであるだけ」

「それはそうだけど、今はそんなプライベートじゃない!」


二人の厳しい言葉に海実わたみは否定できない表情でやっと話す。


「カナちゃんは女の子だよ?それもこんなに愛らしい」


その言葉にぜんとサイ弁は頷き、金星かなぼしは恥ずかしそうに口をつぐんだ。

海実わたみは話を続ける。


「なのに、クさんのようなおじさんと一緒に暮らしてカナちゃん本人は大丈夫なのかと思って。ちょうど契約書も書いたから、クさんの負担も減らす兼、私が引き受けてもいいんじゃないかな……みたいな」

「……サイ弁、私の聴覚が間違っているのか?ワタがもっともらしいことをしゃべっているが?」

「月に一度の割合でシャイニング・ロードは正しいことを言う。今日を記録しておかないと。来月までざれ言ばかり言うから」

「あんたたち〜!」


口ではからかう二人だが、海実わたみの言葉に特に間違いはない。

今日だけでもお風呂とか気を使わなければならないことが多いとぜんも思ったからだ。


「そんな所はの私ならカナちゃんもあまり気にする必要がないってことだよ」

「同じ美少女?ワタ、お前が?」

「美はおろか、少女ですらないんじゃないか?」


ドン!ドン!!


海実わたみぜんとサイ弁にそれぞれ拳骨を食わせて呉れた。

二人の男の頭の上では、こぶとともにもくもくと湯気が上がっていた。


「もちろん、クさんが言った通りカナちゃんが一番望むことを行うのがベスト。私が言ったのはクさんと同じ」


選択肢を与えるだけ。


「私が引っ張っていけばになるから」

(こいつ意外と考えてるな?)


そんな思いと共にぜんは肩をすくめて言う。


「まあ……ワタとカナさんがそれに納得するなら、私に兎や角する権利がない」


ぜんが静かに同意すると、海実わたみは今まで黙り込んでいた金星かなぼしに首をかしげて言う。


「それで、カナちゃんはどっちがいい?もし異性のクさんが気まずかったら――」

「ぜんぜん気まずくないんです」


即答。ほぼ同時といっていいほど、金星かなぼし海実わたみの問いに答えた。

早すぎる金星かなぼしの返事が、自分への思いやりだと思ったぜんは言う。


「カナさん、そんなに私の顔色をうかがう必要はない。こんなおじさんの私よりはワタと過ごした方がいいかもしれないし、何よりさっき言ったようにカナさんが一番望む――」

「私はやなぎさんの家が一番いいんです!」


その言葉にぜんは凍りついた。

金星かなぼしの青き瞳は提案した海実わたみではなく、ひたすらぜんだけに向かっていた。

そんな……深い海の中のみたい瞳は重ねて言う。


やなぎさんじゃないと……いやです。やなぎさんの家に過ごす以外に、私が望むのは……ありません」

「……」


これ以上言っだら泣かしそうだ。ほぼ確実に。

それを直感したぜんは自分の首の後ろを撫でながら海実わたみに言う。


「ワタ、この話はここまでにしよう。肉がまずくなる」

「そうだね。……から」


そうやって海実わたみはこの前にぜんが言ってくれた言葉をを使った。

ところが、断られた人にしては大変喜んでいるような顔だった。



。。。

。。



「たち悪いな、シャイニング・ロード」


退院パーティーを終えて帰る途中、サイ弁は海実わたみにそんな評価を残した。サイ弁は皮肉な口調で息を吐く。


「本当は連れて行く気もないくせに、あえて金星かなぼし生徒を刺激し『私はやなぎさんの家が一番いいんです』と言わせるなんてさ」


尋問に近いその指摘に海実わたみは後頭部を掻きながら言う。


「いや〜初めて見た時に知ったんだよ」

「何を?」

「ああこの子。本当にクさんのことが好きなんだね、と」


落ち着いた声を吐き出しながら海実わたみは近くの石を蹴った。

まるで悪戯する足げり。しかし、戦力を盛り込んだ足げりだった。


「それにカナちゃんが同意したら連れて行く気もあっだよ。あの子、私とだから」

「お前と金星かなぼし生徒が?性格も全然違うし、お前と違って可憐だが?」


その言葉に海実わたみはほかの石をサイベンの方に蹴ったが、あの眼鏡弁護士はそれを頭だけ回して避ける。


「チッ!」

「それで、どこが金星かなぼし生徒と同類だ?」

「あ、それはね――」


一瞬、海実わたみのオッドアイの片方であるがちらりと光った。


「美少女の秘密だよ」

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