第21話 子供の闘い3

自分を呼ぶ声に金星かなぼしは目を覚ました。

気がつくと瞳に映ったのは六面体の中、結界の中にまで響く声が金星かなぼしの耳に広がった。


「カナちゃん!私、カナちゃんに言わなければならないことがあるの!」


それは海実わたみの声だった。


「ワタ……さん?」

「クさんが秘密にしろって言ったから言わなかったけど!今……クさんは闘っでいる!」


それがどういう意味なのか金星かなぼしはわからなかった。

どうして?何のために?

そんな言葉を口にする前に、海実わたみは必死に声を上げる。


「カナちゃんの願いを叶えるために!クさんもすごく頑張ってる!」

やなぎさんが……?私の、ために?」

「私はね、カナちゃん!ハッピーエンドが好き!毎回『この作家はありきたりなハッピーエンドばかり書いている』とどやされるが、それでも私は『物語』でだけはみんな幸せになってほしい――という気持ちでいつもハッピーエンドを書いているの!」


いったい自分が何を言っているのかも分からないまま、海実わたみは叫び続けた。


「だから!私がハッピーエンドを書いているのは現実でもハッピーエンドが見たいからだよ!クさんがカナちゃんを助けて!カナちゃんもトラウマを乗り越えて!」


最後には!

その一言に力が抜けたのか、海実わたみは頭を下げたまま息を整えて言葉を絞り出す。


「みんなで……同じ食卓でご飯を食べる、そんなハッピーエンドが見たいの」

「ワタさん……」


結界の中で金星かなぼしは覚悟を決めたのか拳を握り締めた。

不思議だ。さっきまでは押されるばかりで、結界に押し潰れるだけだったのに。


(押せそうです。いや――)

「だから!」


続いて海実わたみは叫ぶ。


「ハァアアアアアアアッ!」

「そんな結界、ぶち抜いて!!!」


ドン!!


金星かなぼしの拳で結界にひびが入った。しかし、それだけ。


「ううっ……!」


苦痛に満ちた表情で金星かなぼしは顔を苦めた。


(おかしい。体は痛くないのに)


まるで拳の中の骨にひびが入ったような痛みが響く。

それを遠くから見ていた流依りゅういは言う。


「やっぱチビだな。素人の素手でプロの結界を破れるはずないだろ?馬鹿正直に突っ込んで自分の魂を傷つけるとは……まあ、初めてにしてはひびが入っただけで五十点くらい――」

「それなら!」


そのまま金星かなぼしはポケットから何かを取り出した。

それは絆創膏。ぜんにこの前あげたのと同じキャラ絆創膏だ。


(傷ついたのが体ではなく、魂ならこれで!)


さっき怪我をした拳に金星かなぼしは絆創膏を貼る。すると金星かなぼしの予想通り、拳の痛みが消えた。


「ん?あのチビ、急に霊力が……なるほど。事前に絆創膏に入れておいた霊力を使い、傷ついた魂を回復したのか?」


その光景に流依りゅういは驚きを隠さなかった。


今、金星かなぼしがしたことは一般人に例えるなら、事前に献血した血を危険な時に輸血するのと同じこと。

もちろん、それはプロの霊能術師たちも良く使うやり方なのでその行動自体は驚くものではない。


流依りゅういが一番驚いた所は、


「教えてもいないことをプロでもない、ただのチビが感覚的にやるとは……親は一般人だからもしやと思ったけど、やっぱあれは――」


回復した霊力をもとに金星かなぼしは再び拳を握った。体に入ってくる霊力を一箇所に集中させ、さっきよりもっと大きく振り回すためにその拳を!


ガチャン!


「かなりの突然変異だな」


結界に向かって突き飛ばした。


「……」


そこに立っているのは冷や汗をかいている金星かなぼしだけ、割れた結界のかけらはドライアイスのように蒸発してしまった。


「結界、壊しましたけど……これで私の心は強くなりましたか?灰湮かいいんさん」

「……そうですね、まずはさっきよりは心は強くなった気がします。ですよね?ご先祖様」


そんなことを言いながら灰湮かいいんはふらふらする金星かなぼしを支えながら歩いてきた。

これに対して流依りゅういは小さくため息をつき、


「まあ、子孫ちゃんの結界を破ったとすれば……そんなんじゃない?」


そんな流依りゅういの素直じゃない言葉が終わると、隣にいた海実わたみは顔に笑いの花を咲かせ、金星かなぼしのところへ走って行った。


「よかった〜カナちゃんが無事で〜!ごめんね、こんな怖い経験させて!」

「大丈夫ですよ、ワタさん。私も必要だと思いましたから……そして応援、ありがとうございます。ワタさんのおかげさまで頑張れました」

「マジ天使!エンジェル!惚れた!」


海実わたみは涙を流しながら金星かなぼしに抱きしめた。それを見て金星かなぼしはそっと微笑んだ。


「まあ、他のことはともかく根性あるね?チビ。自力で霊力を回復し、それに『霊拳突れいけんつき』まで使うなんて」


流依りゅういの声に金星かなぼしが首をかしげると、横の灰湮かいいんが代わりに口を開く。


「退魔の二章、霊拳突れいけんつき。拳に高濃度の霊力を込め、それを突き出す霊能術師の技です」

「そんなこととは知りませんでした。私はただワタさんの応援に応えなければ、としか……」

「つまり、カナちゃんとこのワタ様の友情の力!――なんだよね」

「はい、そうかもしれませんね」


純粋な顔で金星かなぼしが肯定を示すと、このような反応は予想できなかったのか海実わたみは途方に暮れた顔で体をねじった。


「なあ、チビ」


流依りゅういの呼び掛けに金星かなぼしは声が聞こえた方へ顔をそむけた。声は軽いが金星かなぼしへの視線は重かった。流依りゅういは言う。


「お前、プロの霊能術師になる気はないか?」


突然の提案に金星かなぼしが言う前に海実わたみがその間を入り込み、両腕を広げた。

決して金星かなぼしを渡せない、という意思表現だろう。


それに対し、金星かなぼしは落ち着いた表情で言った。


「その前に質問があります。流依りゅういさん、霊能術師は私やワタさんのようにと言いましたよね?」

「まあな」

「なら……見えない人はどうするんですか?」

「ああ、それは……」


隣の灰湮かいいんが代わりに言おうとしたが流依りゅういが手を上げて阻止。流依りゅういは冷たい目で質問に答える。


「何も」

「何も?」

「霊能術師は見えない人たちには物理的、精神的な被害を与えないのが原則だ。その理由を知ってる?」

「いいえ」

「その場合、高確率にからだ」


その言葉に金星かなぼしは瞳孔を大きくした。見える人が増えた時の問題は青い目で生きてきた金星かなぼしが一番知っている。流依りゅういは言い続ける。


「問題はワタワタのようにただ見えるだけの、戦力にならない一般人が大半だということ」

「見えるだけの一般人が大半?」

「そう、見えるやつの七割がワタワタのような『そうの片目』だ。チビや儂らのような『そうの両目』だけが、さっきみたいな技を使うことができる」

「国民全体が見える人になればこれほどの災害もないからね」


灰湮かいいんがそのような言葉を付け加えると、金星かなぼしも納得した顔でうなずいた。流依りゅういは整理するように話す。


「要するに、国のトップが儂ら霊能術師にお金を払って霊的存在に対する依頼をし始めたのがこの『プロ霊能術師』というシステムさ」

「でも結局、全ては助けない――ということですね?」


金星かなぼしのその問いに灰湮かいいんは沈黙し、流依りゅういはうなずく。


「そう、儂らプロ霊能術師が助けるのは、あくまでもだ」

「誰にも迷惑をかけませんが、助けてもくれないということですね」

「その通り。見えないやつらまで助ける義理はないからさ」


要約すると――と、最後の確認をする声で金星かなぼしは問う。


「助ける人を選別する、ということですか?」

「……そうだ」


否定一つもないその肯定に金星かなぼしは少し目を閉じた。一瞬、ぜんの顔が浮かんだ。

あの人なら、助ける価値もない金星かなぼしに手を差し伸べたぜんなら、果たしてどう答えるだろうか?

知って過ごしたのは十日余り、正直長くはない。


(でも、なんか分かる気がします)


故に金星かなぼしが言うことも――


「お断りです。その霊能術師というもの」


初めから決まっていた。



。。。

。。



出口を静かに眺めながら流依りゅうい金星かなぼしが去る前、最後に残した言葉を思い出した。



――ワタさんに依頼を受けたとしても、助けてくれたことは感謝しています。ありがとうございます――



提案を断った人にしては礼儀正しく去ったと流依りゅういは思った。


「ご先祖様、大丈夫でしたか?」

「何が?子孫ちゃん」

「だって、見えない一般人を助けない理由、あえて言わなかったんでしょう?おかげで人を選んでもらうイメージができたようですが」

「人を選んでもらうのは事実だからの〜」


その言葉とともに流依りゅういは新しいロリポップキャンディーをかんだ。


「それに相手は中学生だよ?」


見えない一般人に被害を与えるか、助けるか、何らかの形で影響を与えたプロの霊能術師はその資格を剥奪され、懸賞金がかかる。


「そんなこと、知るはずないだろ?」


それに懸賞金がかかるのが日本だけなら他国に亡命すればいいが、他の国にも霊能術師は存在する。


「おまけにプロの霊能術師のネットワークでは懸賞金の情報も共有されていますからね」


だから見えない一般人は助けない。

そんな大人たちの汚い話、理解しろというのが無理だ。流依りゅういはうなずきながら言い続ける。


「そもそもあのチビはこういう事情を聞いても『納得できません!』というタイプだから」

「ん?では、どうして提案したんですか?ご先祖様」

「そりゃ、どんな顔をして断るか見たかったから」

「……」


悪ガキのような流依りゅういを見て、灰湮かいいんは呆れたという顔を隠さなかった。

軈てため息をついて、


「はあ、やっぱ性格悪いですよ。ご先祖様」

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