第9話 自分の腕に傷を負いながらも2

「ただの栄養失調です。栄養剤を注射したので、起きればキャットフードを食べる程度は回復するでしょう」


獣医のその言葉にぜん金星かなぼしは安堵のため息をついた。


「変なものを食べなかったのも不幸中の幸いです」

「はい。おなかがすきすぎて、生ごみや……ひどいと土を食うこともありますから」

「そんなこともありましたね……それよりやなぎさんはよく猫を拾うことが多いですね?」


この状況に慣れているという顔で獣医が笑いながら話すと、ジェンは苦笑いをしながら言う。


「……他に拾ってくれる人がいなかったので、私が拾っただけです」

「まだまだ……それより少し、宜しいでしょうか?」


その言葉と共に獣医はぜんだけを呼んで病室の中に入った。たぶんあの猫の事だろう。

そんな大人たちの話に割り込むことができないまま、金星かなぼしは近くの病院の椅子に腰を下ろした。


「ただの栄養失調……」


数日前の自分と重ねて見なかった――と言ったら嘘であろう。

あの猫を見て金星かなぼしは率直に言ってどうすれば良いか見当がつかなかった。


現在、金星かなぼしは自分一人を背負うのも精一杯だ。中学生なのでアルバイトも簡単に見つからず、そのせいで来月の家賃を払うのも大変だ。

だから、助けが必要な猫を見て金星かなぼしは一番先にお金が思い出され、どうすればいいのか選択できなかった。


それに対してぜんはそんなことは構わないという顔で自分の腕に傷を負いながらもその猫を助けようとした。


やなぎさんはまるで……」

「まるでどこかのヒーローみたいでしょ?」


突然のその声に金星かなぼしは視線をそらした。さっきまで疲れて椅子に垂れ下がっていた海実わたみだった。

漸く体力が回復したのか、海実わたみは足を組んで話す。


「クさんが猫を拾ったの、今回が初めてじゃない。私が知る限りこれで――」

「これで三回目、でしょう?」


海実わたみは少し驚いた顔で目を丸くした。金星かなぼしと同じ青色に輝く右目を瞬かせながら海実わたみは言う。


「そうだね、カナちゃんも見える側だったよね?」


その言葉とともに、海実わたみぜんの入った方向に視線を向けた。金星かなぼしも同じ方向に視線を向ける。

ドアについた窓には、さっき猫に引っかかれた腕に消毒薬を塗っているぜんの姿が見えた。


しかし、その二人が見ているのは彼の肩。ぜんの両肩にぶら下がっている小さな幽霊たち。海実わたみは言う。


「最初に拾った子は生ごみを食べ過ぎてね。食べて吐くことを繰り返していた子をクさんが拾った。長くても十日ぐらいしか持たないと言っていたのが、クさんが猫の胃に負担をかけないように作ってくれたものを食べながら、三か月ぐらい持ちこたえた」

「……」

「二番目に拾った子は土を食べたらしい。誰かに食べさせたんじゃなく、自分がお腹すいてね。キャットフードを食べないことから見ると、人間が与えたものにトラウマがあるからだとクさんが推測した。それでもクさんは諦めず、ちゃんとご飯を用意してくれたよ。まあ、あの子も半年くらいだったけどね」

「……」


淡々と話す海実わたみの言葉を金星かなぼしは静かに聞いた。

二人の視線はまだぜんの肩にぶら下がっている小さな幽霊たちに向けられていた。


「普段はクさんについた雑魚は私が追い出してきたが、あの子たちはできなかった。でもくっつきすぎると血を吸ったヒルのように大きくなるからね」


その言葉に金星かなぼしはとてつもなく大きくなった猫の幽霊を想像した。


「そうならないため、クさんにあの子たちの嫌がる香りを定期的につけておくけど」

「ああ!それでこの前にやなぎさんの手の甲に傷があったんですね?あの子たちに引っかかれて」



――ううん……まあ、すぐに治るだろう――

――だ、だめです!そのままにしておくと、が血に反応して!――



金星かなぼしは初めてぜんの家で食事をしたときのことを思い出した。

あの猫の幽霊たちはぜんにくっついていのに傷つけたのがおかしいとずっと思っていたが、そんな事情があるとは知らなかった。


「いや、そもそもそれはクさんが儀式の途中で逃げたからだよ!その日の朝、私が仕上げるまで待っていたら引っかかれるレベルにはならなかったのに。まったく、クさんはこちの気持ちも知らなくて……」


あの時のことを思い出したのか海実わたみは頬を膨らませた。


「まあ、その傷もがくれた絆創膏で治ったらしいから」

「いいえ。私は大した事は……」


恥ずかしそうに金星かなぼしは顔を赤らめた。そんな金星かなぼしの頭をなでながら海実わたみは問う。


「ちなみにあの豚猫たち、どんな顔してる?私はシルエットしか見えないから表情は分からないんでさ」

「あの小猫を……心配そうな顔をしています」

「……そうなんだ」


何か満足そうな顔で海実わたみは笑った。どうやらあの猫の幽霊たちの顔までは読めないので、ずっとそれが気になっていたようだ。



。。。

。。



軈て獣医との相談が終わったのかぜんが出てきて二人に言う。


「突然だが、この猫は私が預かることにした」


金星かなぼし海実わたみも予想通りという顔。続いてぜんは言う。


「ちなみに名前は三郎さぶろうだ。」

「……」

「……」


それは予想できなかったのか、金星かなぼし海実わたみは凍りついた。


「ワタさん、一番目と二番目の名前はもしかして……」

太郎たろう二郎じろうよ。ちなみにその二匹ともメス」

「ひどいです……こんなの、あんまりです」

「それより心配そうな顔をしていたこと、あの名前のせいじゃないの?」


そうやってこそこそ会議した結果、金星かなぼし海実わたみは同時に善に言う。


「却下だ」

「却下です」

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