苦尽甘来〜JCを拾ってしまった件〜

サンジン

第0話 良かったらうち来る?

時代遅れのナンパ、あるいはだめな口説き文句だ。

もし小説の最初の文章をこのような文句で始めるなら、すぐに本を閉じただろう――とやなぎぜんは確信する。


「……」


――この日はひときわ春雨が激しく降る日だった。


通り過ぎる人々が送る視線などは無視して、雨を一身に受けていた白髪の青年、ぜんはある少女を眺めた。ワイシャツとジーンズが少し濡れただけのぜんに比べ、全身が泥水で濡れて座り込んだ少女の姿を――


「……」


学用品のハサミで適当に切ったような茶色の髪に星型の髪飾り、そして着ている患者服と、異国的な青い瞳が目立つ中学生の少女。


ぜんが知っているのは、その少女の名前が空上そらうえ金星かなぼしであることくらい、他に知っていることは多くない。しかし妙に目が行く少女、金星かなぼしぜんは手を差し出しながら言った。


「君は見るたびに倒れてるね」

「……」

「さあ、手握ってやるから立ちな」


金星かなぼしぜんの言葉に何も答えない。周りの人の視線が恥ずかしくて、あえて無視するようではなかった。

何よりもというよりは目の前にぜんが立っているかどうかさえ認識していないようだ。


「……」


ただ金星かなぼしは空虚な瞳で空に落ちてくる春雨をぼんやりと眺めるだけ。

傘で視線も見えない通行人たちの雨水混じりの靴音だけが、二人の間を寂しく、無心に通り過ぎる。


その顔を見てぜんは本能的にわかった。


これは捨てられた人間の顔だ。と――


「ふむ……」


そんな小さなため息と共に、ぜんは片膝をついて金星かなぼしの目に視線を合わせた。

とっくに忘れていた、しかし確かに存在した昔の日記を見る表情でぜんは口を開いた。


「良かったらうち来る?」


時代遅れのナンパ、あるいはだめな口説き文句だと思われるかも知らないが、残念ながらこれはこの青年、やなぎぜんと――


「……うん」


この少女、空上そらうえ金星かなぼしの実話だ。







◆この物語はフィクションです◆

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