ソリチュード・ララバイ

只石 美咲

第1話

財前春奈ざいぜんはるなは教室の窓際で、長い髪を指で絡めて鼻先で匂いを嗅いだ。

臭くないだろうか。


お風呂には入ったのだが、その後母親から出ていけと言われて現在まで外に放り出されていたのだ。


その証拠に今は足裏が痛い。

靴も履かせてもらえずに、半袖短パンで外に放り出され裸足で学校を目指して歩いた。


その道中何度、自分の体を売ってしまおうかと葛藤したものだ。

容姿は自分で言うのもなんだが悪くない。

まあ格別いいわけでもないけど。


どうせ男なんて、容姿なんて二の次。

女子高生を抱けるなら最低限の容姿をしていれば住む家とそこそこの大金を平気で払ってくれるだろう。

実際、通りすがりの男性諸君は私を片目で盗み見ていたし。


いや、それは大雨の中、傘もささずに裸足で歩いていれば興味本位で見てしまうだけか…


教室では昨日の私の体験が嘘のように、それぞれの生徒が楽しそうに日常を送っている。

誰もかれも真新しいクラスメイト。

もう、この状況には慣れた。


転校は数えきれないほどした。

理由なんて様々だけど、私は納得しない。

父の仕事の都合。母の気分。父の嫌がらせ(母に対して)等々。


だからもう理由なんてどうでもいい。

ただ、私が唯一慣れないのは転校する前の友人達との関係だ。

私にとって転校したその時点で時が止まるけど、みんなは成長してしまう。


そうなると私だけ過去に取り残されて、みんなだけが未来に進んでしまうのだ。


その時の孤独感や阻害感は馴れない。

さらに新たな学校に行けばもうすでに存在している出来事の重みが大きいから、会話をしている時でもいつも会話の中で独りぼっちのようなそんなタイミングが多々ある。


もう慣れたけどね。

1人で言って1人で突っ込んで苦笑する。

完全にやばい奴。

でも、1人が結局楽。


それにもう決めた日まで、そう遠くないのだ。

気分も高揚してくる。

私は、机の横に架かっている鞄を取ろうと手を伸ばす。


すると制服の袖口から痣が見えた。

やばい、これは隠さないと。

薄紫色に変色した小さな楕円形で、昨夜。母親から孫の手を振り下ろされた証。


鞄を手に取り、その痣を覆うように掌をかぶせると微かに鈍い痛みが走る。


でもこの痛みとももうすぐお別れ。

私は鞄の中をちらりと覗く。

そこには半分ほど入った薬瓶が転がっていた。


母親の目を盗んでコツコツと集めた私の宝物。



「これで終われるんだ」



どこか安堵が胸の奥で渦巻いて温かくなる。


10月5日この日ですべてを終わらせる。


「なにしてんの」


松原樹里まつばらじゅりがさっと私の前の席に座ってくる。


「何にもしてない」


と言いながら、鞄から手を引く。


「本当?」


こちらをジト目で見つめてくる。


「本当に本当。鬱陶しいからあっち行って」


『何か企んでいそうだけど』樹里がグイッと顔を近づけてくる。


ラベンダーの甘い匂いが鼻をくすぐり、私の汚れた髪の臭いを嗅がれた気がして背筋が冷えた。『何も企んでない』と体を逸らすと、彼女はジト目で私の目を覗き込む。


『嘘。鞄の中、何か隠してるでしょ』鋭い声に、心臓が跳ねた。知られてたまるか。私は唇を噛み、頭の中で逃げ道を探した。


「なにも隠してないです」

「うーん、あやしいな」


樹里じゅりは腕を組んでこちらをじっと見てくる。


樹里じゅりが最近ウザイ。


私が友達作らないようにしたのに、彼女は無理やり話しかけてくるし、体育のペアとかに無理やりしてくるし、トイレとかにも付いてくるし。


今みたいに感が鋭いし。


ジト目で私の粗を探ろうとする樹里からどうやって逃れようか頭の中で思案した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る