ルナの悩み

「――まさか、冒険者資格を『特例』でゲットできるなんてな……」


 『夜明けの森』から帰ってきた俺たちとルナは、冒険者ギルド併設のカフェで、テーブルを囲んでいた。

 奇抜な格好が多い冒険者でも、金髪ミニスカメイドに白と赤のジャケットと腰布の男、ついでに全身ゴスロリ調のコートを纏った黒髪少女はかなり目立つ。

 しかもステラが、ジュースを注がれたジョッキ片手にはしゃいでるんだからなおさらだ。


「それに、私とシリウス様も冒険者資格をもらえちゃうなんて! これはあれですね、『棚から出てきたひょうたんとこまとぼた餅とエリクサー』ってことわざですね!」

「どんなことわざだよ」


 まあ、ツッコミはしたが、驚いているのは俺も同じだ。

 なんせ、ルナだけじゃなくて、俺やステラまで冒険者になれてしまったんだから。

 もちろん等級は最低ランクの『E級』だが、自分達のクエストを受けていないのに、人の手伝いをして冒険者になってしまえるなんて想定外だった。


 ……俺がわいろを渡した受付嬢が、バレるのを恐れて何かと手を回してくれたのかも。

 どちらにせよ、欲しかった資格証が予定より早くゲットできたのは、いいことだ。


「……本当なら、ルナはクエスト失敗扱いになってた」


 ただ、ルナはさっきからずっとジュースにも手を付けず、うつむいたままだった。


「これで晴れて、俺たちはE級冒険者だ。S級冒険者までは、まだまだ遠いがな」


 俺が励ますように言うと、彼女はやっと顔を上げた。


「あなたも、S級冒険者を目指しているの?」

「俺どころか、この冒険者ギルドに来てる奴のほとんどの目標だろ? S級冒険者になっていい暮らしがしたい、強いモンスターを倒したいってのは、皆の夢だ」

「……うん。ルナも、そうなりたい」


 よかった、彼女の夢はゲーム通り「S級冒険者になること」だ。

 それ以外の事情はキャラクリエイト時にランダムで変わるから、聞いてみないとな。

 幸いにも暗殺者には、【交渉】と呼ばれるスキルがある。

 これは相手との会話を円滑にして、欲しい情報を引き出したり、商談をうまく進めたりするスキルだ――ゲームだと効果が超しょぼいから、やっぱり使い物にならないが。

 メイプルさんと延々と問答を続けてきて会得したスキル、今が使い時だな。


「何か、気になることがあるのか?」


 ルナが頷いた。


「……ルナは、まだ冒険者の資格をもらっちゃいけない」


 彼女だけは、冒険者の資格証を懐に収めていなかった。

 『E』の文字が弱く光るそれは、まだ彼女のジョッキの近くに置かれたままだ。


「ルナがクエストを成功させたんじゃない、あなたたちのおかげ。なのに、ルナまで冒険者になってしまったの。だから、この資格証は返すつもり」

「そんな、もったいないですよ!」

「ステラの言う通りだな」


 俺とステラが、一緒に声を上げた。


「冒険者になる前と後じゃ、受けられるクエストの数が段違いだ。今回の失敗はどこかで挽回できるだろうし、今は甘んじて、資格証をもらっておくべきだと思うけどな」


 今回は失敗しても、冒険者であり続ければ挽回するチャンスがある。

 何より、これから先、ゲーム通りなら彼女はおいおい最上級の冒険者になるんだ。

 ただ、そんな未来を知る由もない彼女の視線は、次第に下へとさがってゆく。


「……こんな無様じゃ、兄上や姉上に追いつけない」


 彼女が自分の兄や姉を引き合いに出した理由も、俺は当然知っている。


「オヴシディア家は、貴族でありながら冒険者としても名高い実績を上げて、家長のオヴシディア男爵は勲章までもらってる。それが、ルナにとって枷になってるんだな」


 設定上、オヴシディア家の主人公には兄と姉がひとりずついる。

 どちらも冒険者の間ではわりかし有名だが、どちらもがたいが良くて、その末っ子のルナを見ても「あのオヴシディア家の!」とはならないだろうな。

 ルナにとって重石になってるのは、間違いないけれど。


「枷なんて、思っちゃいけないの。ルナが冒険者になって、名誉を残すのは当然だから」

「でもでも、オヴシディア家はイリステイル永世王国でも有名な貴族ですよ? 『ガンナー』のジョブなら弾丸をたっぷり買えちゃうでしょうし、なんでレッドゴーレムに……」


 ステラの疑問も、もちろん俺は答えを知ってる。


「親からの援助は受けない。自分ひとりでどうにかする、だろ?」


 今度こそ、ルナはきょとんとした目で俺を見た。

 まるでレッドゴーレムに助けられた時のような目だけど、あの時より好奇心が勝ってる。


「なんで、知ってるの?」

「俺のジョブは『暗殺者』だ。人の秘密を見抜くのも、技術のひとつだよ」


 こうは言ったが、本当の答えは『前世のゲーム知識』だ。

 主人公は鋼の意志で、裕福な家族からの援助を受けないとゲーム開始時点で誓うんだ――最初からお金をたくさん持ってて、何でも買い放題なんて、つまらないだろ?

 だからルナは、必要最低限のお金しか持っていない。

 弾丸を買い込む必要があるジョブ『ガンナー』が序盤で活躍できないのも、これが原因だ。


「ええーっ! じゃあ、私が他のメイドさんに黙ってこっそりおやつを食べてるのも、シリウス様のお部屋のベッドにダイブしてるのもバレちゃってるんですかーっ!?」


 ところでステラは、余計なことを言って飛び跳ねてるが。

 前世知識で話を進めようとしたが、こりゃあ思ってもない収穫だな。


「……ああ、今バレたよ。今後、ダイブは禁止だ」

「そ、そんなぁ~!」

「とにもかくにも、ひとまずルナは、今後の冒険者活動に力を入れないとだ」


 がっくりとうなだれるステラをよそに、俺はルナに言った。

 ルナはレッドゴーレムとの戦いで、弾丸を全部使い果たした。

 きっとあれで倒せなかったのは、突然の襲撃に対応しきれず、弾丸のほとんどを外してしまったからだろうな。

 そうでもなきゃ、今頃俺たちの助けなんか必要としちゃいない。


「また、弾丸を買わないと。でも、もうお金があんまりない」

「採取系のクエストを何度かこなせば、それなりに弾丸は手に入るし、調合用の素材ももらえる。でも、その間モンスターとの戦いは苦労するぞ」

「弾丸がないので、銃身で敵を叩くしかありませんもんね」

「……どうしよう」


 実際問題、ルナの展望はなかなか真っ暗だ。

 彼女自身もそれに気づいているようで、彼女が纏う服のように重苦しい。

 いくら主人公だからって、リボルバーの銃身でモンスターを殴ってばかりじゃあ、将来性があるとは思えないもんな。

 だったら、予定していた俺の提案の出番じゃないか。


「――じゃあ、俺たちとパーティーを組まないか?」


 俺が言うと、ルナが顔を上げた。

 今度はさっきよりもずっと驚いていて、でも、希望に満ちた目をしていた。

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