運命を変える第一歩

 この『ライズ・オブ・ザ・ワールド』はキャラクリエイトの自由性が広くて、ほとんどの項目が自由に決められる。

 そしてもちろん、20種類以上あるジョブも同様に、自由に選べる。

 飽きたらジョブそのものを変更できるのも、主人公の特権って感じだ。


 ところがこのジョブ、好きに選べる一方で「一度決めると一定のクエストをクリアするまで変更できない」という落とし穴がある。


 正確に言えば、ジョブを変更できるNPCが現れるまで修正が利かない。

 つまり、最初に決めたジョブとはしばらく付き合う必要があるってわけ。

 そして一番初めに受けるクエストは、選んだジョブが『戦士』とか『魔法使い』みたいな王道のものなら余裕だが――『アイドル』とか『商人』だとなかなか苦労する。


 当然、『暗殺者』だってひいひい言いながらモンスターを倒す羽目になる。

 俺も調子に乗って何度かゲームオーバーしたから、その大変さはよく分かる。


 そんなゲームの中での終わりが、もしも現実になったら……それは「死」になるのでは。

 もしも主人公がテキトーなジョブを選んでいたのなら、俺の知らないところでそいつはモンスターに食われて、あるいは踏み潰されて死ぬのでは。

 自分のことで頭がいっぱいだったけれど、不意にそう思うと、次はそっちが気になる。


「どうかしましたか、シリウス様?」


 他のメイドが仕事をするべく散ってゆく中、唯一残ってくれたステラに声をかけられる。

 本来なら自分を第一に考えるべきなのに、気づくと俺は見たこともない主人公の安否が、どうしても心配になってきた。

 だから、俺のステラへの問いかけはほとんど決まっていた。


「ステラ、今日は王国歴何年の何月だ?」

「ええと……王国歴1831年の、4月19日ですね」


 ステラの答えを聞いて、俺はほっとした。

 記憶が正しければ、ゲーム開始時点での日付は王国歴1832年の5月8日。

 つまり、ストーリー通りなら、主人公が動き出すまでにあと1年ほど猶予があるわけだ。

 少しだけ安心した俺は、灰色の髪を指でクルクルと巻きながら少しだけ考えこんだ。

 この癖は、俺の前世の癖だ――つまり、転生したという確かな証でもある。


 さて、数分ほど思案した末に出た、俺の立てた計画はこうだ。


 ①1年かけてジョブとスキルを強くする→②主人公を最初のクエストで助ける→③両方絶死なないようにうまくやって破滅フラグをへし折る!


(……うーむ、我ながら雑な計画だ)


 色々心配な点は多いけれど、今はこれくらいしかプランが思い浮かばない。

 とにもかくにも、思いついたなら早めに実行に移すべきだな。


「ステラ、急だけど、俺は自分のジョブを鍛えてみたくなったんだ。誰か、『暗殺者』のジョブに詳しい人はいないか?」


 とってつけたような理由でも、幸い、ステラはちっとも疑う様子はない。

 むしろあれだけ屈託のない表情を見せられると、こっちの罪悪感がすごいぞ。


「ええと……申し訳ありません、私が力になれれば一番嬉しいのですが、私のジョブは『魔法使い』でして、暗殺者について教えることはできないかと……」

「あ、『魔法使い』なんだな」


 メイドじゃないのかよとツッコみかけたが、ジョブの中にそもそも『メイド』はない。

 だったら魔法の使えるメイドの方に興味が湧きそうになったけれども、いかんいかん、本来の目的を忘れちゃダメだろ。


「なら、両親とか……兄もいるよな、シリウスには……いや、ダメだな」


 自分で言っておいてなんだが、シリウスは兄にひどく嫌われているという設定がある。

 そりゃそうだ、努力もせず人に当たり散らしてばかりの人間が身内にだって好かれるわけがない。

 いっそ屋敷を飛び出して城下町で知っているキャラクターを探した方が早いかと思っていると、ふいにステラがポン、と手を叩いた。


「そうだ、シリウス様! 『暗殺者』のジョブを持っている人に、心当たりがあります!」

「ほ、ホントか!?」

「はい! メイド長のメイプルさんが、確か暗殺者のジョブだったはずです!」


 なんだそりゃ、メイドなのに暗殺者?

 ステラがメイドなのに魔法使いだった時でも大抵驚いたんだが、いよいよ暗殺者なんてどうリアクションすればいいんだよ。

 おまけにゲームではステラですらモブだったのに、メイド長の設定なんかあるわけない。

 とはいえ、ステラしか味方がいない状況だから、『暗殺者』のジョブの持ち主は重要だ。


「それに、メイド長はとっても強いんですよ! きっと、シリウス様の助けになってくれるはずです♪」

「分かった。ステラ、メイド長のところに案内してくれないか?」

「お任せください!」


 ステラは短い髪をふわりとなびかせて、トコトコと廊下を歩き出した。

 俺も広い屋敷を迷わないように、彼女にいそいそとついてゆく。

 スカートの丈が短い爽やかなメイド服もそうだけど、後ろから見るカナリヤ色の髪も……なんかこう、すごくいい。


 確かステラの苗字は、カナリー――フルネームはステラ・カナリーだったはず。

 苗字までかわいらしい女の子をはべらせておいて、もしかすると、シリウスは何かいやらしいことでも彼女にしでかしたんじゃないだろうか?

 いいや、あのゲス野郎ならやりかねないな。


 そう思うと、主人公の死や自分の破滅とは、別ベクトルの不安が鎌首をもたげてきた。

 もしもステラを一度でも泣かせたのなら、俺は今、自分で自分の顔が変形するまでぶん殴ってやるからな。


「なあ、ステラ……俺、今まで変なこととか、悪いこととかしてこなかったか?」

「え? どうしたんですか、急に?」


 歩む足を止めないまま振り返るステラの顔は、きょとんとしている。


「いや、もしも何か俺が意地悪とかしてたなら、教えてくれ。理由は聞かないでほしいんだが……その、ごめんっつーか……うまく言えないんだけど……」


 俺がしどろもどろになっていると、ステラはにっこりと微笑んだ。


「私はシリウス様のおそばにいられるだけで、いつでも幸せですよ♪」


 おいおいゲームクリエイター様よ、こんなにかわいい天使みたいなモブがいるかよ。

 守護まもりたい、この笑顔。

 というか、転生したからにはステラを絶対悲しませないし、失望もさせないからな。

 俺が腹の底で力強く誓っていると、ちょっぴりあわただしい音のする炊事場に着いた。


「メイプルさん! メイプルさーん!」


 どうやら見たところ、これから食事の準備を始めるらしい。

 他のメイドたちが振り返る中、一番奥にいる、他のメイドとは少し格好の違う人がつかつかと駆け寄ってきた。

 メイプルとか呼ばれてたっけ、なんだかずいぶんキュートな名前だ。

 きっとステラみたいに、かわいいメイドさんなんだろうな――。




「――何か御用ですか、シリウス坊ちゃま」


 なんて俺の想像は、あっという間に打ち砕かれた。


 傷のように顔に深く刻み込まれたしわ。

 服の上からでも分かる筋肉と、鍛え抜かれた肌の色。

 そして俺の心臓を射抜くかのような、髪と同じ緑色の目。


(こわっっっっ!?)


 歴戦の戦士みたいな年老いた女性――超カッコよくて、超コワいメイドがやって来たんだ!

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