第4話 滾れ、文化祭!2

6


 文化祭の準備が本格的に始まった。


 僕は仮装パレードの係なので、衣装作りがメインの仕事だ。学級委員長の五木くんが頑張って描いてくれた衣装の絵を見ながら拙い手付きで縫い物をしている。仮装パレードでは、既成品の洋服はNGなのだ。なのに、当日にカツラとか化粧はオッケーという謎の基準だ。


 へーちゃんの所属するステージ発表の係は、分裂していた。クラスの陽キャ軍団である榊さん率いる5人と、そこからあぶれたへーちゃんたち4人だ。

へーちゃんたち4人はクラスでも影の薄い(僕に言われたくないだろうけど)類沢さんを中心とするようだ。類沢さんが国民的に有名なアニメ映画の劇中歌が好きと言うことで、それをへーちゃんと類沢さんで歌うらしい。近衛くんと加山くんはそれぞれ音響と照明をすることになっている。


 ちなみにそのアニメ映画は、僕らの作る仮装パレードの題材でもある。


 「お姉ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」


 「一人で遊びなさい!」


 「お姉ちゃん、どうしてそんなことを言うの!?」


 歌の最中にある台詞をへーちゃんと類沢さんが言っている。僕だけでなく、仮装パレード係の人たちも彼らの練習が気になり、ついつい目を向けている。


 「お姉ちゃんのバカー!! ケチー!!」


 へーちゃんは、小学生の頃から真面目な人だった。


 服装はだらしなく着崩しているが、それ以外はしっかりしている。授業は友人たちに引っ張られることなく出席するし、宿題を忘れることはない。同級生と話すときとは違って、普段先生に話すときは丁寧だ。もっとも、先生が間違っていると思ったときはそれをハッキリ伝えるので、必ずしも先生に優良児と思われてはいないだろうけど、根っこは真面目だと思う。


 だから、練習も手を抜かない。顔に似合わない妹役の台詞も、恥ずかしがらずに堂々と演じている。


 「ごめん、フツーに面白い。めっちゃ感情こもってんじゃん」


 「笑うな、うぜぇ」


 加山くんが笑うと、へーちゃんは不機嫌そうな顔をした。


 アニメ映画は、姉の魔法が暴走してしまい、人を殺めてしまったことをきっかけに、妹との確執ができてしまう。そこから色々あって最後は姉の魔法で妹を救うというストーリーだった。なかなかに人気の映画で、僕もお母さんと妹と一緒に観に行ったが感動したものだ。自分にも兄妹がいることもあって、姉妹の愛に感動して泣きそうになった。


 類沢さんも自分がやりたいと言ったからだろう、一生懸命だった。それに、得意分野らしく台詞も歌もうまかった。


 類沢さんが本格的に原作を再現しているのに対し、わざとらしく媚びたようなへーちゃんの「お姉ちゃん!」が聞こえてくると吹いてしまいそうになる。本人は真面目なのだけど、必死に甘えた雰囲気を出すへーちゃんが普段と別人すぎるのだ。近衛くんなんかはずっとゲラゲラ笑っている。


 「んな笑ってんじゃねぇよ!」


 「ごめんって! でも双郷サイコーだわ! 可愛いぞー!」


「マジでキメェんだよ!」 


 賑やかなへーちゃん、近衛くん、加山くんに、類沢さんも随分と穏やかな顔をしていた。それを見て、何だか僕も嬉しくなる。


 「あのさ、本当に3分でいいの?」


 「え?」


 ステージ係で榊さんのグループの女の子のひとりが、彼ら4人に声を掛けた。榊さんたちはあれをやりたい、これをやりたいと話しながらもなかなかやることが纏まっていないらしい。後は、単純に彼らはクラスで少し浮き始めていた。榊さんの僕や類沢さんへの態度がその原因らしい。


 「何か、そっちの面白そうだしさ。ウチも手伝えることあったらやるよ?」


 「だって、類沢。どーする?」


 加山くんが面倒臭そうに類沢さんに振ると、彼女は目を泳がせてへーちゃんの後ろに隠れた。類沢さんの中でへーちゃんは安全地帯になりつつあるようだ。


 「無理に一緒にやらなくていいんじゃねーのか? お前らは一緒に楽しめる奴とだけやればいい。俺らもそうするから。そーしたかったんだろ?」


 へーちゃんは素っ気なく答えると、こちらに視線を向けてきた。パチリと目が合って、僕は慌てて手元に視線を逸らす。ヤバイ、作業しないでずっと見てたことバレちゃう……。


 「休憩してくる」


 「いてらー」


 へーちゃんは友だちに声を掛けると、こちらに向かってきた。


 意を決して顔を上げると、呆れた顔のへーちゃんが僕を見下ろしている。完全に見ていたこと、サボっていたことがバレている……。


 「あ、へーちゃん。あのさ、さっきの歌の練習すごかったね」


 「別に。てか、指刺すぞ」


 「あ、えっと」


 手元を見ないで針を動かそうとすると、へーちゃんの手が僕の動きを制止した。へーちゃんは体を動かすのが大好きで外で走り回っていたのに、肌は白い。生まれつき金髪で青目、肌も白いのでハーフなのだと思う。小さい頃は見た目の違いが気になって周りの子が、よく彼に質問していた。へーちゃんは「たぶんな!」と愛嬌のある顔で笑っていた。多分、というのは、彼は自分の生みの父親を知らないからだと思う。幼稚園の頃のお父さんも、小学生の頃のお父さんも、どちらも日本人だった。


 「どう縫えばいい? 手伝う」


 「あ、ありがとう」


 へーちゃんに設計図を見せると、彼は迷いなく縫い始める。へーちゃんは手先も器用で、家庭科も図工も得意だった。縫い物は完成度が高過ぎで既成品のようだったし、図工で描いた絵は毎回賞を貰っていた。


 「優、線引いたんだけど、ここは縫えそうか?」


 「ありがとう、頑張る」


 「難しかったら言えよ」


 図だけ見てもどうしていいかわからなかった僕に、へーちゃんはわざわざ縫う場所に線を引いてくれた。気を遣ってもらって申し訳ないが、やはり嬉しさが勝る。優しさに触れる度に、「やっぱり僕の知ってるへーちゃんなんだな」と感じた。


 へーちゃんと縫い物を続けていると、他の仮装パレード係の人たちも来て、あれを作りたいこれを作りたいと相談し始めた。へーちゃんはそんな彼らをあしらうことなく、こうしたらいいのではないかとアイデアを出す。へーちゃんは、何でもできるしその技術を出し惜しみすることも、自分だけのものにすることもない。ちゃんとみんなと協力しようという気持ちがある。


 転校初日は悪態をついていたのに、何だかんだクラスに受け入れられているのは、やはりへーちゃんが日頃から他人を無碍に扱わないからなのだろう。結局、へーちゃんは他人を放っておけない。


 「仮装パレードの衣装だが、ステージでやるアニメと同じだし、君たち着てステージ出るかい? 僕はそれがいいと思うんだ!」


 「あー……じゃあ、そーする。俺らも使うから加山と近衛にも手伝わせる」


 「それは助かる!」


 五木くんの案を採用して、へーちゃんは近衛くんと加山くんを見た。


 近衛くんと加山くんは顔を見合わせて肩を竦めた。多分、この1ヶ月ちょっとで彼らもへーちゃんの性格を何となくわかったのだろう。


 「こういうのも、たまにはいっか」


 「……だな」


 2人は観念したかのように笑う。調理実習のときも思ったが、彼らは別に学校行事に不満がある訳ではないようだ。クラスにも不満はないのだろう。単に勉強が嫌なのかもしれない。


 「わ、私も手伝うね」


 類沢さんも含め、4人が仮装パレード衣装作りに参戦する。仮装パレードは全員強制参加だから、全員分の衣装を作る。人手はあった方がいいに決まっている。


 「双郷くんは裁縫が得意なんだな! 普段からしているのかい?」


 五木くんが危なっかしい手付きで縫いながら尋ねる。へーちゃんは五木くんの手元を心配そうに見ながら「別に」と答える。


 「たまにほつれた物直すくらいだな」


 「そうなのか! 多才なんだな! 前のテストで負けたの、僕は悔しかったんだよ!」


 「あー……多才って訳じゃねぇよ。テストも、まぁ、得意なところだったから。あ、少し貸せよ」


 五木くんの危ない手から布を借りると、へーちゃんは丁寧に縫い上げる。


 さっき五木くんも言っていたが、本当に多才だと思う。逆に何ができないのだろうか。


 「双郷くんは苦手なものとかあるのかい?」

 

 「……機械はあまり得意じゃない。基本的なのは何となくわかるけど、パソコンの応用とかはできない」


 「そうなのか! 確かに、高校から情報の授業始まって僕も戸惑ったよ!」


 「今は小学生でもパソコンするんだからスゲェよな」


 普段会話をしない2人が話しているを見て、何だか胸が苦しくなる。


 僕って、本当に何も話せないんだなぁ。


 へーちゃんと2人ならなんとか話せる。でも、こうやって誰かがいると会話に入ることができない。


 こんなんだから友だちできないんだよね、きっと。


 「優はパソコンできるか?」


 「え?」


 僕が会話に入りたいと思っていたのを感じ取ったのか、へーちゃんが話題を振ってくれる。五木くんも眼鏡越しに僕を見た。


 「パ、パソコンは……そこそこ、かなぁ」


 絵を描くことが好きで、ペンタブで絵を描いたりそれを某サイトにアップはしているが、その程度の用途でしか使わないので、パソコンに詳しくはない。


 僕が苦笑いを浮かべると、へーちゃんは小さく頷いた。


 「難しいよな。Excelとか訳分からんし。絶対手書きのが早いだろ」


 「アハハ、慣れてしまえばExcelの方が楽ではないかな? 計算もしてくれるからな!」


 「その計算のやり方が訳わからんから嫌なんだよ。な?」


 へーちゃんが同意を求めてきたので、反射的に頷く。でも、へーちゃんの不得手と僕の不得手のレベルは違う。へーちゃんは何だかんだできる。本人的には苦手なのかもしれないが、別に他の人と比べてもExcelの表作りが遅れたこともないし、先生に指摘されているのも見たことがない。ちなみに僕は教科書を見てもわからなくて先生の個別指導が入るレベルだ。


 「ねぇ、双郷! やっぱりウチも一緒に出し物したい!」


 僕らが話していると、榊さんのグループの女の子がへーちゃんを呼んだ。へーちゃんは鬱陶しそうに彼女を見る。


 「そもそもお前らが類沢を外そうとしたんだろ。それなのに、俺に言ってどうするんだよ。まずは類沢に謝るところからじゃねぇの?」


 鬱陶しそうな顔はしていたが、へーちゃんの声は落ち着いている。別に怒りたいわけでも彼女を除け者にしたいつもりでもないのだ。ただ、やるべきことがあるのだと気付いてほしいのだろう。


 彼女は頷くと、衣装作りを手伝っている類沢さんの元に行き「前はごめん」と頭を下げた。類沢さんは何度も目をパチパチと瞬きさせて驚いていた。


 「私も、そっちでみんなとやりたい」


 「類沢ちゃん、前はごめん……」


 他の榊さんのグループメンバーもゾロゾロと類沢さんに頭を下げる。類沢さんの目には段々と涙が溜まる。


 「あ、謝らないで……私も、ちゃんとやりたいって言わなかったし、自分勝手に時間くださいって……言っちゃってごめんなさい……。みんなと、楽しくできるならやりたい、です」


 類沢さんが下手くそな笑顔を浮かべると、類沢さんをのけ者にした女の子たちは安心したように笑った。へーちゃんも、類沢さんが許したからなのか彼女たちに特に何も言わなかった。


 でも、へーちゃんはそれを見届けると席を立って一人の女の子の元に向かった。


 「お前は一人でやるんか」


 不貞腐れたように類沢さんたちを見ていた榊さんは、へーちゃんに声を掛けられると、へーちゃんをギロリと睨んで首を横に振る。


 「やんない。みんなそっちでやりたいって言うから、私、もう何もしない」


 「テメェは何がしてぇんだよ」


 「歌とダンス」


 「じゃあ、やれよ。誰もお前がやることを否定してねぇだろ」


 「そうかもしんないけどさ、一人でしょ? そんなの嫌だ」


 「……拗ねるなよ、ダッセェな」


 「いいでしょ別に。どうせアンタは類沢の味方じゃん。か弱い女が好きなんでしょ」


 「は? 何でアイツの味方にならなけゃいけねぇんだよ。意味わかんねぇ」


 「……」


 榊さんは、教室の片隅で泣き始める。そんな彼女に声を掛ける人は、へーちゃん以外にはいない。結局、一緒にはしゃいでいた女の子たちも、力のある方に靡くだけの存在だったのだろう。


 へーちゃんは呆れたようにため息を吐いて、ポケットからハンカチを取り出した。黒いハンカチは、以前類沢さんに貸したやつと同じだろうか。


 「アンタ、それ使ってないやつ?」


 「使ってるやつ貸すと思うのかよ」


 「……思ってないけどさ」


 榊さんは案外あっさりとそれを受け取り、ハンカチで目を乱暴に擦った。


 「じゃあさぁ、双郷は私と踊ってって言ったら踊るわけ? 歌ってって言ったら、私でも一緒にやるの?」


 「別に構わねぇけど?」


 「八方美人なのね」


 「そんなつもりはねぇよ。……全部、何の意味もねぇ」


 意味なんかない。


 そうなのだろうか。こんなに僕や類沢さんのように自分では何も発せない人を気にかけてくれるのに、意味がないなんてあり得るのだろうか。


 榊さんはへーちゃんを不思議そうに見ていたが、そこに触れることはなかった。


 「私はね、アンタの言う通りなのよ。自分が上に立つのが気持ちいいの。だって、そうしたらみんなついてきてくれるんだもん。一人にならないで済むの。まあ、アンタのせいでめちゃくちゃだけどね」


 「見栄張ってつくったダチに価値あるのかよ」


 「……わかんない、でも、一人よりマシじゃん」


 力なく項垂れる榊さんに、へーちゃんは「そうかもな」と頷いた。それから小さく笑うと、彼女の手を引いた。片隅で立ち尽くしていた榊さんはビックリして目を丸くする。


 「一人が嫌なら、今からでも一緒に踊ってやろーか?」


 「いやいやいや! やれって言われてすぐやれるのアンタくらいだから!」


 「お前、人に注目されたいんだろ? それで安心するんだろ? 今から踊って歌って騒げば注目されるぞ?」


 「無理無理無理! 悪かったから!! やめて!!」


 「何で?」


 「注目されたいのはあるけど、馬鹿やって目立ちたいわけじゃない! みんなと楽しく文化祭がしたいの!! 一人でやりたいわけじゃない! 最初は好きなことできればいいやって思ったけど……みんなで協力したい!! 」


 慌てたように榊さんが言うと、へーちゃんは小さく息を吐いた。そして、彼女の背中を優しく叩く。


 「はじめからそう言えよ。みんなとやりたかったんだろ?」


 「……うん」


「ならもう拗ねるなよ? 仲間外れとか、ダセェことすんな」


「うん」


 榊さんは小さく頷くと、そのまま類沢さんの方まで来た。類沢さんは困ったようにオドオドしている。


 「前はのけ者にしようとしてごめん。勝手かもしれないけど、一緒にやっていい?」


 「う、うん。私こそ、はっきりしなくてごめんね……一緒に、やろう?」


 「ありがとう、類沢」


 榊さんが笑うと、類沢さんも笑みを浮かべる。これでステージ発表係みんなが一致団結して準備ができそうだ。  


 「榊」


 「ん?」


 類沢さんと和解して、榊さんが明るい顔をしたのを確認してからへーちゃんが彼女を呼ぶ。榊さんは心のわだかまりが取れたのかニコニコしている。


 へーちゃんは、そんな榊さんに軽く頭を下げた。目にかかる長さの前髪が揺れる。


 「前は言い過ぎた。ごめん」


 「え、あ、いいわよ、そんなの! それなら……その、私もごめん……あ、あと、相沼も、ごめん」 


 へーちゃんが謝ったことで罪悪感が膨れたのか、榊さんはへーちゃんだけではなく僕にも謝ってきた。多分、文化祭のことだけで言えば、彼女は類沢さんにさえ謝れば輪に入れたのだろう。それでも僕に謝ってくれたのだから、素直に嬉しい。


 「大丈夫だよ。……みんなで頑張ろうね」


 「そうね」


 かくして、僕ら2年1組はようやく1つになって文化祭の準備に取り掛かることになった。


 悪口を言われたって殆ど謝られることもなかったのに榊さんに謝られたし、僕にも役割が回ってくるのだから、今年の文化祭は既に過去最高だった。


 これも、へーちゃんのおかげだよなぁ。


 へーちゃんにありがとうと伝えたくて、彼を呼ぼうとした。でも、既に彼はクラスメイトに囲まれている。衣装作りで苦戦しているところにアドバイスを求められ、榊さんにステージ発表をもっと良くするためにアイデアを出し合おうと誘われ、出店係もお化け屋敷だけどアニメ映画と連動させたいからいいアイデアはないかと聞かれている。


 ……頼りにされてるなぁ。


 へーちゃんが頼られていると、自分のことのように嬉しくなる。


 でも、やっぱり遠い存在なんだなと思って、結局この日は話しかけられなかった。

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