第19話

【ユリ視点】



 登校時間まで、少しだけど余裕があった私は――


 パジャマから制服に着替えた後。


 髪の毛に整髪料をつけ、ヘアーアイロンではねまくるくせっ毛を少しでもストレートにしようと奮闘する。


 その結果。


 ここ最近では、比較的まともなヘアスタイルになったと思う。





 今日ばかりは、アイちゃんとは違うクラスで本当に良かったと思う。


 少しでも気を緩めれば、昨晩の事を思い返してしまうからだ。


 それに……


 なんというか、私の心がアイちゃんを求めているのが分かってしまっているからだ。


 食欲魔人の次は性欲魔人にでもなった気分だった。


 どうしよう……


 これじゃ、ただの変態さんだよね?


 授業の内容もほとんど頭に入ってこなくって……


 お昼休みに、鬼畜が生姜焼き定食を食べていても気にもならなかった。


 そして、放課後。


 罪悪感を背負いながらも病院に向かい。


 トウヤちゃんの治療をおこなう。


「どうしたの? ユリちゃん? 今日は、なんだか元気がないみたいだけれど?」


 う、浮気しちゃったなんてとても言えない……


 だから、適当な言葉で濁す。


「ごめんね。なんか私のしてる手当ってホントに効果あるのかなって思っちゃって……」


 すると、トウヤちゃんは真剣な目つきになって、


「さっきも言ったはずだよ! 昨日よりも食べられる量が増えたって!」


 小さいながらも、強い言葉を浴びせてきました。


「そう……、だったよね。ゴメンね。なんかね、もっと目に見えて回復してくれるものだとおもちゃってて……」


 これは、本音。


 少なからず血色が良くなっているのも確かだし。


 なによりも、流動食とはいえ、食べられる量が増えているのも喜ばしい事だ。


「私ね、本当は、もう心臓が止まっちゃってもいいやって思ってたんだよ」


「え?」


 予想外の、言葉に私の手がトウヤちゃんの膝の辺りで止まりました。


「でもね、ユリちゃんが治療してくれるようになってから。このまま死にたくないって気持ちがいっぱいあふれてくるようになったんだよ」


「そう、なんだ」


「だから、お願い。悲しいこと言わないで……」


「ありがとう。トウヤちゃん!」


 そう言って、治療を再開する。


 なんだか、元気づけてあげなくちゃいけない相手に。


 逆に元気をもらっちゃった気分だ。


 浮気しちゃったのは事実だし。


 今の私は、アイちゃんも求めている。


 これって二股とかって言うのかな?


 もしかすると、私ってすっごく身勝手な女なのかもしれない。


 それでも、どちらか一人を選べって言われても無理な気がする。


 だから、アイちゃんとの事は、トウヤちゃんにはバレないようにしようと強く思った。


 そして――


 トウヤちゃんの治療を終えた帰り。


 病院を出たところでナナミちゃんに出会った。


「お久しぶりですわね。ユリさん」


 気のせいだろうか?


 少し目が怖い。


「ひさしぶりだね。ナナミちゃん」


 私が元気そうに声を発しているのに対し。


 やはり、ナナミちゃんの声はとげとげしい。


「少しお時間よろしいでしょうか?」


「え? なんで?」


「理由は、付いてこれば分かります」


 そう言ってナナミちゃんが病院に入って行くので。


 しかたなく私はナナミちゃんにくっついていく。


 ナナミちゃんは、エレベーターに乗り。


 なんの迷いもなく八階のボタンを押す。


 そして、エレベーターが八階で止まると、ナースステーションに向かい。


「少しお借りしますね」


「はい、どうぞ。予定通り空いてますので」


 看護師の女性からなにやらオッケーをもらう。

 

 すると、801号室のドアを開けて入っていく。


 もちろん、私もくっついていく。


 ナナミちゃんと二人っきりになるとか珍しいかもしれない。


 小学校時代いらいだろうか?


 トウヤちゃんのお世話をどちらがするかもめた時いらいかな?


 私が、そんなことを考えていると、ナナミちゃんは振り返り私の目を見ます。


 気のせいとかじゃなくて睨まれている感じしかしない。


「単刀直入に申し上げますが。ユリさん。アナタは、政府が公開していない未知の魔法を手にしてますね?」


「え? なんで知ってるの?」


「なるほど、隠す気すらありませんでしたか」


「え? なに? もしかして、隠してないとまずかったりするの?」


「当然です! ユリさん! アナタがどうやって未知の魔法を手にしたか知りませんが公になれば確実に問題になるでしょうね」


「げ。そんなにヤバイものなの?」


 ナナミちゃんは、あきれ果てたみたいに大きなため息を吐きます。


「いいですか! ユリさん! アナタがしている治療行為は、おそらく現代医学で不可能とされる領域に踏み込んだものです!」


「それの、どこがヤバいの?」


「全てです! もしアナタが、ご自分の身を第一に考えて行動するのなら、トウヤさんの治療を止めてひっそりと暮らす事です!」


「だ、ダメだよ! そんなの!」


 せっかくごはん食べれる量が増えて来たって喜んでくれてるのに!


「では、これからもトウヤさんの治療を続けると?」


「当たり前だよ、そんなの! ナナミちゃんだってトウヤちゃんに元気になってほしいんだよね!?」


「そんなの当たり前じゃないですか! ただ、やり方が危険だと言っているのです!」


「え? もしかして、トウヤちゃんの病気、悪化しちゃってるの!?」


「いいえ。少なからず回復の兆しがありますわ」


「じゃあ、なんでそんな顔するの?」


 トウヤちゃんの病気が良くなってるなら素直に喜んだらいいのに。


 なぜか、ナナミちゃんの表情はよろしくない。


「アナタが、あまりにも不用心だからです! いいですか、ユリさん! 最悪の場合、アナタが望まない形でトウヤさんの治療が出来なくなる可能性だってあるんです!」


「よく分かんないけど、そんなのやだよ!」


「でしたら、アナタの持つ魔法の事は秘匿するようにして下さい!」


「つまり、秘密にして、誰にもバレないように治療を続けろってこと?」


「そうです! トウヤさんの生きようとする力が奇跡を生んで、たまたま回復したという流れで終わりにするのです!」


「言うとおりにすれば、ナナミちゃんは、そんな顔しないですむの?」


「はい。アナタの自由が奪われることは、トウヤさんも望んでいませんからね。ですから特にトウヤさんのご両親が来院しそうな時間は確実に外すように心がけて下さい」


「うん。分かったよ」


 私が、そう言うと、ようやくナナミちゃんは可愛らしい笑みを浮かべてくれました。

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