第38話 美術館の入場券
歓迎パーティーの後、忙しく学園生活を過ごしていると、あっという間に長期休暇が目前となった。
パーティーの前に届いていた不審な手紙があれから何通か届いていること以外は、特に目立ったことはない。
フィーリアは美術室に来て、油絵を描いていた。黙々と作業を続けていると、ルディが彼女に話しかけた。
「フィーリア嬢。サンドリア美術館に行ったことはあるか?」
彼女は目をルディに向け、筆を置きながら彼が言った内容を頭の中で反芻する。
サンドリア美術館。ルヌアーヌ王国で最大の美術館であり、フランチェスコという有名な芸術家の作品が沢山飾られている。フィーリアは過去に数回、彼と共に訪れたことがあったが、今世は訪れていない。
「名前は知っていますが、行ったことはありません」
「そうか。知り合いから入場券を数枚貰ったのだが、余ってしまってな」
ルディは手に持った二枚の券をフィーリアに差し出した。彼女は数回目を瞬いてそれを見つめる。
「……よろしいのですか?」
「ああ。私は何度も行ったことがあるからな。是非、長期休暇にヴィセリオでも誘って行ってくれ」
「ありがとうございます!」
フィーリアは微笑んで、その券を受け取った。
「いいじゃないか。一緒に行こう」
帰ってからヴィセリオに話すと、彼はすぐに賛同して美術館に行くことを決めた。ヴィセリオはフィーリアの頭を撫でながら、柔らかく微笑む。
「ルディに礼を言わないとね」
「お兄様は、サンドリア美術館に行ったことはあるのですか?」
「うん、一回だけね。そうはいっても、殿下の護衛で付いていっただけだから、ゆっくり作品鑑賞はできなかったのだよ」
ヴィセリオは過去を思い出すように空色の瞳を細めた。美術にはあまり詳しくないというヴィセリオだが、彼が持つ知識はフィーリアよりも遥かに多い。実際、サンドリア美術館での目玉作品を問うと、彼はすぐに答えた。兄のようにもっと知識をつけなくてはいけないと、フィーリアは実感する。
「私とフィアの久々のデートだね。嬉しいな」
「デートではありません。お出かけです」
「はは、手厳しいな。……フィアと二人で出かけると、ルーンオードが妬きそうだよ」
ヴィセリオが何やら小さく呟いたが、聞き取れなかったのでフィーリアは聞き返した。しかし、彼ははぐらかすだけで答えてはくれなかった。ルーンオードという言葉が聞こえた気がしたが、今の話の流れで彼の名が出てくるのは不自然なので、聞き間違いなのだろう。
「サンドリア美術館、楽しみです」
フィーリアがそう言って微笑むと、ヴィセリオも優しく微笑んだ。
長期休暇は明後日から。ヴィセリオの予定を考え、美術館を訪れるのは今日から一週間後にすることに決まった。フィーリアは予定を確認するヴィセリオの隣に座りながら、彼の横顔を見つめる。
「お兄様は、長期休暇の間もお忙しいのですね」
「そうだね。私は騎士団に呼ばれているから行かなくてはならないのだよ。ルーンオードとは毎日のように顔を合わせることになるね」
今度は確かに彼の名が聞こえた。ルーンオードは聖騎士という立場であるため、レティシアの護衛をしていない時は騎士団にいることが多い。そのため、騎士団に呼び出されているヴィセリオと同じ場にいることが多いのだろう。
「何か彼に言っておくべきことはあるかい?」
考え込んでいたフィーリアを見たヴィセリオは、彼女の頭に手を乗せながらそう聞いた。フィーリアはぶんぶんと首を振って、少し顔を伏せる。
「ありません、大丈夫です」
「……そう、分かった。私としては、その方が嬉しいよ」
その言葉の真意を問おうとしたが、ヴィセリオは笑みを深め、聞けるような雰囲気ではなかった。
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