第14話 呼び出し


 そんな時、遠方からヴィセリオの名を呼ぶ声が聞こえた。


「ヴィセリオ殿! こんなところにいらしたのですね。レイモン先生がお呼びですよ。何をやらかしたのですか?」


 その声はすぐにフィーリア達の元へ着き、声の主はヴィセリオの前に立つ。その姿を見て、フィーリアは体を震わせた。そして隠れるように一歩下がってヴィセリオの後ろに移動した。


「あら。ルーンじゃないの」


 レティシアは彼がやって来たことに驚いて目を丸くした。ルーンオードは彼女に頭を下げる。


「申し訳ありません、レティシア様。大声を出してしまって。ヴィセリオ殿が急にいなくなってしまったものですから」

「フィーリアの気配を感じたから、居ても立っても居られなくなってね」


 ヴィセリオはそう言って一歩横に移動する。折角隠れたフィーリアの姿があらわになり、彼女は慌てて微笑みを浮かべた。ルーンオードは少し目を見開くも、すぐに張り付けたような笑みを見せた。

 やはり、彼の深い蒼い瞳は冷ややかなままである。


「お兄様。やはり、他にやるべきことがあるではないですか。そちらを優先してください」

「ええ……私はフィアの傍にいたいのに」

「お兄様! わたし、怒りますよ」


 フィーリアはできるだけルーンオードの顔を見ないように、ヴィセリオの方を向いて彼を見上げる。そしてフィーリアは腰に手を当てて怒りを表現した。しかしヴィセリオは顔をデレっと緩めただけだった。


「怒った顔のフィアも可愛いね。閉じ込めておきたい」

「からかわないでください! いいですか、お兄様。他の人に迷惑をかけるのなら、わたし、これから一週間ほどお兄様と口を利きませんから」


 ヴィセリオは衝撃を受けたように動きを止め、ゆっくりと瞬いた。恐る恐るといったようにフィーリアの顔を覗き込む。


「……えっと、冗談、だよね」

「冗談ではありません。わたしはお兄様と口を利きません」

「やめてくれ。それだけはやめてくれ。そんなことをされたら私は枯れてしまう。フィアの声を聞けないと、私は何も頑張れない。すまないフィア。すぐにレイモン先生の元に行く。お願いだからその考えを捨ててくれ、今すぐに!」


 急に早口になり、ヴィセリオは懇願するようにフィーリアの手を握った。フィーリアはわざと大きくため息を吐いて彼を睨む。


「謝るのはわたしに対してではないでしょう」

「悪かったルーンオード。そして伝えてくれてありがとう。すぐに向かうよ」


 あまりの変わり身の早さにフィーリアは言葉を続けることができなかった。思わずレティシアと顔を合わせると、彼女も苦笑を浮かべている。


「ヴィセリオ様のフィーリア様に対する愛は、重いですね」

「……兄の度を越しています」


 レティシアの言葉を継いで、ルーンオードは冷たい目をヴィセリオに向けた。ヴィセリオはその視線に気が付き、いつにも増してわざとらしい笑みを浮かべる。


「私はフィーリアをこの世で一番愛しているからね。愛が重いのは当然だよ」

「この世で、一番?」


 ルーンオードは低い低い声でそう言い、体から禍々しい力を出した。ヴィセリオもそれに応戦するように瞳を光らせて魔力を出す。双方の力の打ち合いにフィーリアは体を強張らせたが、レティシアは慌てたようにルーンオードの前に立った。


「だめよ、ルーン! 落ち着きなさい!」

「……申し訳ありません。取り乱しました」


 ルーンオードの体から溢れた力が消え、ヴィセリオも魔力を抑える。そしてヴィセリオは強張ったままのフィーリアの肩に優しく触れた。ゆっくり肩を撫でられると、落ち着いてきて力が抜ける。

 ほぅ、と息を吐いたフィーリアに気が付いたのか、ルーンオードは彼女に頭を下げた。


「申し訳ありません、フィーリア嬢。体の方は大丈夫でしょうか」

「……は、はい。問題ありません」


 フィーリア嬢、と呼ばれたことに心の距離を感じたが、他に気になることが多くあった。

 ルーンオードの体から出ていた力は、普通の魔力と同じとは思えなかった。もっと暗く、淀んだ力で、まるで呪いのような力。もしかしたら、何度も転生を重ねたせいで、彼の体に異常が起こってしまったのかも。

 フィーリアはルーンオードの顔を伺う。彼はその視線に気が付いたのか、笑みを張り付けた。深い蒼い瞳が自分を見ているだけでも落ち着かない。フィーリアはすぐに目を逸らしてしまった。


「じゃあ行こうか、ルーンオード殿。レイモン先生は何の用で私を呼び出したのだろうか」

「貴方がまた学園の備品を壊したのではないのですか?」

「……ふむ。どれのことだろうか」


 ルーンオードと軽い調子で話しながら、ヴィセリオはフィーリアの肩に優しく触れる。フィーリアがヴィセリオを見上げると、彼は眉を下げて微笑んだ。


「それじゃあ、私は行くよ。お願いだから、口を利かないなんて二度と言わないで」


 普段見ないような彼の自信のない顔に、フィーリアは思わず微笑みを浮かべた。いつもはかっこいい兄が、少し可愛く見える。


「お兄様。ルーンオード様にご迷惑をかけないようにしてくださいね」


 フィーリアは口に手を当てて微笑むと、ルーンオードが一瞬体を揺らしたのが視界の端で見えた。


「……ああ。勿論」


 力のない声でそう言って、ヴィセリオはフィーリアの頬に手を添えた。ルーンオードがわざとらしく喉を鳴らし、ヴィセリオは両手を上げて彼に向き直る。

 そして彼らは並んで歩き、廊下の奥に姿を消した。

 残ったフィーリアとレティシアは、顔を見合わせる。そして、同時に笑みを零した。


「あの二人は、仲が良いのか悪いのかわかりませんね」

「……お兄様が、いつもルーンオード様に迷惑をかけている姿が目に浮かびました」


 フィーリアは、頭の中でヴィセリオがルーンオードにちょっかいをかけている姿を思い浮かべ、苦笑いを浮かべた。そして、彼女はレティシアの顔を見る。


「ルーンオード様は……」


 レティシアにルーンオードの力について尋ねようと思ったが、途中で口を閉じる。レティシアは不思議そうな顔をしていたが、フィーリアは笑って誤魔化し、気を取り直して音楽クラブの見学にいくことを提案した。

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