第27話 ノートパソコン

 特別捜査本部の置かれた会議室には、張り詰めた空気が漂っていた。

 刑事たちの表情には疲労と焦燥がにじみ、誰もが必死に巻き返しの策を模索している。

 電話が鳴り響き、無線機から断片的な情報が流れる中、各々が自分の役割に没頭していた。


 会議室のテレビに映るのはニュース番組のキャスターの顔だった。

 冷徹な声が部屋に響く。

「──昨夜、俳優の内山幸喜さんが出演したニュース番組の生放送直後、スタジオ内で刺されるという衝撃的な事件が発生しました――」

 画面には内山の映像が流れ、昨夜の放送の一部が映し出された。

「――現行犯逮捕されたのは永口拓哉えぐちたくや。<大束スタジオ>に所属する照明技師で、内山さんの出演した映画<レジェンドファンタズム>の撮影にも参加していました――」

 再びキャスターが映り、淡々と続ける。

「――内山さんの証言があったにもかかわらず、犯行が防げなかったことに警察の責任を問う声も高まっています――」



 テレビを見ていた刑事は苛立ちに任せて電源を切った。

「クソッ……」

 警護を担当していた刑事は奥歯を噛みしめ、悔しさを押し殺していた。




 宇枝怜菜うえだれいなは、机の端に指先を打ちつけていた。

 小刻みに揺れるその指が、焦りの強さを物語っていた。

「映画関係者の事情聴取、あまり進展がないようですね……。いったいどこまで犯行に関与しているんだか」


 隣の古西勝之こにしかつゆきは、耳たぶをつまみながら深く瞑想していた。


「ちょっと、聞いてます?」

 反応はない。宇枝は軽くため息をついた。



 しばらくして、古西はゆっくりと目を開く。

「ナイフでの犯行も、異世界転生に出て来るのか?」

「はい。主人公が通り魔に刺されて死亡し、異世界へ転生するパターンも王道です」

「<見立て殺人>だと気づいておきながら、被害者を出してしまった……」

 古西は遠くを見つめ、懺悔するように声を落とした。


 宇枝は首をかしげた。

「――今さらなんですけど、<見立て殺人>じゃない気がしてきました」

「なんだと?」

「例えば、花鳥風月とか、春夏秋冬とか、ABCとか。限られた条件や順番がモチーフに込められているんですよ。でも、異世界転生の事故は、他の作品と差別化を図るために多岐に渡るんです」

「どういうことだ?」

 彼女はオタクのように早口で語る。

「溺死、毒殺、撲殺、飛び降り、餓死、孤独死、過労死、病死、――要は、どんな事件も当てはめることができるんです」

「それだけ調べたのか?」

「はい! 今では異世界マニアですよ」


 屈託のない返事に、古西は彼女の努力に感心するよりも――こいつ、変わってるな――と思わずにはいられなかった。

 だが、その明るさが沈んだ彼の気持ちをわずかに軽くしていた。


「――けど、どうして永口拓哉は人目の多いスタジオで内山を刺したんでしょう?」

「これは憶測だが、公開制裁かもしれん」

「公開制裁?」

「孤島での行方不明事件と、都内でおきた事件を結び付けたのが許せなかったのかもな」

「単純な恨みだけじゃない気がしますね……」



 そこへ、生田修一いけだしゅういち部長が近づいてきた。

「おい、古西。おまえが依頼した指紋鑑定の結果が出たぞ」


 古西は鑑定結果の書類を受け取った。

「神戸のノートパソコンに磐田の指紋?」

 彼の表情が険しくなる。


「ああ。保存されていた動画を磐田が見た可能性がある。――神戸を恨む女性はいないという、おまえの見立てだが、磐田を恨む女性がいるのではないか?」


 古西は耳たぶをつまみながら深く考える。

「それは考えにくい。仮に、磐田が動画の件を女性に暴露したのなら、動画の出所である神戸も恨んだはず。けれど、隠し撮りに気づいている女性はいなかった」

「そうか。――念のため、動画の女性たちに磐田との接点がないか裏を取ってくれ――」


 生田の言葉が終わらぬうちに、古西の表情が変わった。

「そう言うことか!」

「――古西?」

 生田部長の声は届いていない。


「行くぞ小娘」

「小娘言うなっ!」

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