第9話
講義が早く終わったため、昼下がりの帰宅。
シェアハウスからほど近いところにある川沿いの道を歩いていると、川沿いのベンチに一組のカップルが腰かけていた。
後ろ姿しか見えないが、彼氏が彼女にもたれかかり外だというのに密着していて何ともけしからん風景だった。
しかも、彼女の方の後ろ姿は胡桃にそっくり。毛先だけピンクになっているボブカットの人がこの街に二人もいるならば、どちらかが真似をしたに違いない。
……ってことは胡桃が男と座ってる!?
川の方を向いて座っているため顔は見えない。横からのぞき込むとバレる可能性もある。
俺は百メートルほど離れたところに架かっている橋を見つけた。川の幅は十メートル弱。向こう岸から見ればバレないだろう。
早歩きでその橋に向かい、川を渡る。
目を細めてベンチに座っている二人を確認する。明らかに女の子の方は胡桃だった。胡桃の肩に頭を載せている人は目を瞑っている。よく見るとショートカットの女の子にも見えなくはないが油断はできない。
川を挟んでじっと二人を見ていると、胡桃が俺に気づいたらしく、手を振ってきた。
「あ……」
逃げようとするとメッセージが入る。
『急いでないならこっち来てよ』
胡桃達の方を見ると、二人がじーっと俺の方を見ていた。
俺は『行きます』と返事をして渡ったばかりの橋に向かった。
◆
二人が座っている椅子の前に回り込む。
胡桃の肩に頭を載せていたのはショートカットの女子だった。着ている無地のチノパンツとパーカーには、あちこちに絵の具が散っていた。顔が小さく、胡桃よりも上の位置にあるため身長はかなり高そうだ。
ひとまず男ではなかったことに安心して「こんにちは」と話しかける。
胡桃はにっと笑ったが、ショートカットの女の子は警戒心を顕にして胡桃にしがみついてジト目で睨んできた。
「やっほ、帰り?」
「そうですよ」
「胡桃先生、この人誰? 知り合い? 変質者?」
女の子が胡桃に尋ねる。
「ん。知り合いの変質者」
「違いますよ!? 和田町稜太郎っていいます。星川さんと同じシェアハウスに住んでるんですよ」
女の子は「わだまち……りょーたろー」と復唱しながら指を折る。
「漢字は六文字?」
どうやら漢字をカウントしていたようだ。
「そうです」
「習字の時、大変そうだね」
「まぁ……そうですね」
何度か受け答えをすると、女の子の最低限の警戒心は解けたのか、「
「反町さんね。分かりました」
「けど和でいいよ。
反の町。漢字だけだと確かにソリマチと読んでしまいそうになる。
「じゃ……和さんって呼びますね」
「うん。住所は神奈川県――」
「ちょちょ!? 言わなくていいですよ!?」
「そうなの? けどりょーたろーは住所を教えてくれたから」
「それは星川さんとの関係性を伝えるためですから……」
「なるほど……じゃ、私は胡桃先生の弟子」
「弟子ですか……」
「弟子でし」
和はにやりと笑ってそう言う。
和は胡桃二号。それが確信に変わる。
「ふたりは……姉妹ではない……ですよね?」
俺が尋ねると和が嬉しそうに胡桃の肩を叩く。
「胡桃先生、お姉ちゃんにしていいの?」
「や、だめだよ。犯罪になっちゃうからね」
二人が微笑みながら仲睦まじく話している。
なんだか百合の花が咲きそうな感じだな……
ふと、和が立ち上がり「草取ってくるから草生やしといて」と言って少し離れたところにある花壇の方へ向かっていった。
胡桃は苦笑いしながら和の後ろ姿を見つめ、俺を手招きしてきた。和がいなくなったベンチに俺が座る。
「絵画教室の生徒さんですか?」
「ん。そう」
「星川さんと似た匂いがしますね」
「そうかな……彼女は天才。私とは違うよ」
「へぇ……」
「ま、故に生きづらそうではある。私のバイト先の絵画教室が居場所って感じ」
「なるほど……」
「この前は夜に学校に侵入して校庭に絵を描いたんだってさ」
「校庭に絵?」
「そ。石灰で線を引くやつあるじゃん? グラウンドがキャンバス、石灰の粉が鉛筆なんだってさ」
「あー……ハルヒみたいなことしてますね」
「ふはっ……確かに。影響受けたのかな?」
「いじっちゃだめですよ。中学生はそういうのに敏感ですから」
胡桃はスマートフォンを取り出して俺に写真を見せてくる。
和が描いたと思しき絵は、校庭一面を使って、ビートルズが横断歩道を渡っている有名なジャケットを再現していた。
「すごっ……一人で描いたんですか?」
「そうらしい。しかも、これって単に拡大すればいいわけじゃないんだ。学校の3階に教室から撮ってるから、斜めから見た時に綺麗になるように角度をつけて絵を歪ませないといけない。本来なら上からズレていないか見ながらやるんだよね。手戻りしたくないし」
「それも一人で?」
「そ。自分の席が窓側にあるから、そこから外を見て設計図を頭の中に書いて、描きながらもう一人の自分が教室から俯瞰的に見てる……って言ってた」
意味がわからないけれど、教室から見た角度を記憶していて、校庭に立ちながらも正確に位置を把握していたってことなんだろう。
「なんだか星川さんが常識人に見えてきました」
「ちんちん」
「こら」
「ふふっ……ちんちんに『こら』って言ったら繋がっちゃうじゃん」
「じゃ、ポメラニアンで」
「言わないよ?」
胡桃はにやりと笑ってまた和の方を見る。
「そんなことばっかするし、愛想もないからクラスで浮いちゃってるらしい」
「なるほど……」
「お人好しだから何かしたくなってる?」
「ないですよ」
「絵画教室、バイト募集してるよ。時給はその辺のバイトよりもいいし、家と直結だから雨の日も行くのは楽」
「絵の知識ないんですよね……美術は3だったので」
「や、大丈夫大丈夫。人手がいるんだよね。片付けとかさ。背の高い人が卒業でいなくなったから棚の上から物を取るのに和に手伝ってもらってて」
「それなら活躍の場がありそうですね」
「そういうこと」
「星川さんは嫌じゃないんですか? 四六時中顔を合わせることになりますし……」
「全然。むしろ――や、なんでも」
胡桃が何かを言いかけたところで和が戻ってきた。裁判官のように真顔だ。
「胡桃先生、見て」
和は胡桃の前に立っているが、俺にもスケッチブックを見えるように傾けてくれた。
葉っぱを貼り付けたモザイクアート。四角いモンスターのようなキャラクターだ。
「可愛いね。これは何?」
「マインクラフトのクリーパー」
中身はキッズだな!?
―――――
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