第3話 執事は何でも知っている

 私がお仕えしているのは、オースティン侯爵家の当主、デューク様。


 銀色の髪にエメラルドのように美しい切れ長の瞳。すっと通った鼻筋にシャープな輪郭。そんな整い過ぎた容姿でおまけに長身ときました。


 結婚後二年足らずで独身となり、まだ二十六歳。そんな彼を世の女性達が放っておく訳がありません。

 夜会に出ればさながら猛獣達に追い詰められた小動物のような有り様でした。

 そっけない態度で躱しているように思われていましたが、何を隠そうデューク様はコミュ障なのです。

 周りは、無口で孤高な美丈夫と勘違いしているけれど、その実は大勢に囲まれてテンパっているだけという残念さ。



 子供の頃のデューク様はとにかく愛らしく、容姿を褒められるとすぐに照れてしまい、母君の後ろに隠れてしまう姿は皆をキュンとさせていました。


 家族や使用人との仲は良好で、嬉しくなると控えめに笑い、口数は少ないけれど誰にでも気遣いのできる優しい彼は、皆から愛されて育ちました。


 デューク様がコミュ障だという事に彼のご家族と私が気付いたのは、彼が六歳の頃。


 無口で物静かな彼にも友達ができ、年下の少女達に主導権を握られながらも仲よく遊ぶ姿を、いつも私は見守っておりました。

 ある日、一人の少女がデューク様に『大好き』と言ったのです。そしてそれを見ていた別の少女も『私も大好き。大きくなったら結婚して!』と言いました。


 何とも微笑ましい。さて、デューク様は何と答えるのでしょう。恥ずかしくなって私の後ろに隠れてしまいますかな。

 いくつになっても甘酸っぱい恋は心を躍らせるものです。私はわくわくしながらその様子を眺めておりました。


 しかし何という事でしょう。デューク様は虫けらでも見るかの様に冷めきった目になり、言葉を発する事なく二人の少女を睨み付けているではありませんか。

 まさかの反応に、二人は泣きながら帰ってしまいました。


 彼が二人の告白に不快感を抱くだなんて思いもしませんでした。

 だからといってなぜ泣かせるような態度を取ったのかと問いただしたところ、『恥ずかしくてどうすれば良いのか分からなくなった』との返事。


 なるほど、まだ子供ですからそういう事もありましょう。次からは気を付ければ良いのです。


 しかしその後も同様の状況が立て続けに起こり、いつしか彼は女の子と話す時には常に冷ややかな目になり、元々少なかった口数も更に減り、言葉足らずに呟くだけになってしまいました。

 彼に打ちのめされた少女は一人、また一人と去っていきます。


 これではいけない、どうしたものかと彼の両親と話し合いました。

 いっその事、彼は緊張しているだけだと少女達に伝えようか、いやしかし、そんな事が知れ渡ってしまうと、可愛い息子は猛獣たちの餌食になってしまうのではないか。

 そんな議論は夜遅くまで続きました。


 とてつもなく長い話し合いの結果、いつかは改善されるだろう。プレッシャーにならないように何も言わずに見守る事にし、その間は誰にも知られないようにしよう。という事になりました。


 まぁ結局は、改善される日などやってこなかったのですが。

 彼が成長するにつれて言い寄る女性は増えていき、狼狽えるデューク様の態度はますます冷ややかになっていくという悪循環。


 そして結局は、そっけなくても美形なら問題ないと言いながら迫ってくる公爵家の三女という毒蜘蛛の巣にかかってしまい、結婚する事となりました。




 さて、そんなデューク様が父君の紹介する女性との再婚を考えているというではありませんか。シリル様の為に頑張るようです。


 私はデューク様の代理として、その女性と面談する事となりました。どういう人物か見極めて欲しいとのお達しです。


「初めまして、オースティン侯爵家の執事をしております、ダフマンと申します」

「初めまして。エミリア・モートンと申します」


 面談場所である喫茶店の個室にやって来たのは、何とも妖艶な美女でした。艶やかな長い黒髪に琥珀色の瞳。目元の泣き黒子が何とも色っぽい。


 話を聞くと、その見た目ゆえ勘違いをされる事が多かったと言います。

 そしてろくでもない噂を流され、ろくでもない男に何度もひどい目に遭わされかけ、罵声を浴びせられる日々を送り、男という生き物にはほとほと愛想が尽きてしまったそうです。


 まともな恋愛ができなかったせいで、恋愛には後ろ向きになってしまったようですが、明るく元気でとても魅力のある女性です。話し方はゆっくりと穏やかで、ちょっとした気遣いのできる優しさもうかがえます。


 そんな彼女は大の子供好きのようで、次の面談に同行してきたシリル様に、一目で胸を撃ち抜かれたようです。

 シリル様も彼女を気に入ったようで、三回目の面談ではもうすっかり仲良しになっていました。


 彼女は私から見てもとても好感の持てる女性でした。

 デューク様に報告を済ませ、二人の書面でのやり取りの手助けをし、諸々の手続きが行われました。

 そして二人は一度も顔を合わせること無く、無事夫婦となりました。


 デューク様はエミリア様に会うときっと固まってしまうでしょう。ただでさえコミュ障なのに、美しすぎる女性相手では挨拶すらまともにできないに違いない。


 そう思っていたのに、彼女の前でデューク様はスラスラと話しているではありませんか。なるほど、テンパりすぎるとこうなるのですね。


 デューク様は、私のことは居ないものとして扱ってくれ、と牽制をしました。

 端から見れば、女性にうんざりとしていて、最低限接することも煩わしいというような色男です。

 その内心は、これで緊張しながら会話をする心配も無くなるだろうとホッとしているに違いありません。


 そんな彼が段々と、シリル様とエミリア様がふれ合う姿を羨ましそうに眺めるようになったではありませんか。

 何だか仲間に入れて欲しそうに見えます。会話に参加したいのにできない無力感を抱いていると手に取るように分かります。何とも嘆かわしい。


 エミリア様に、自分からも何とか話しかけるようになったではありませんか。すごい成長です。

 そして彼女も満更でも無いように見えます。デューク様は彼女が今まで出会ったろくでもない男とは違いますから、きっかけさえあれば何かが変わるはずです。


 オースティン侯爵家の執事として、これからもコミュ障な主と男嫌いな夫人の恋の行方を見守っていきましょう。

 いつかは心を通わせられる日が来る事を願いながら。

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