オールトの雲に目を凝らす
リス(lys)
✴️ 私と彼
公園のベンチに座り、夜空を見上げる。
今日に至っては、このお気に入りの公園のベンチに座るのは2回目である。職場の近くにあり、ほとんどいつもここでお昼を過ごす。正直言って……いくら人間関係がそこまで悪くなくとも、職場で昼休みを過ごす気にはなれなかった。
なぜ今日だけ2回も来たか。それはものすごく長引いた残業の終わりと、流星群の予定時刻がたまたま被ったから。
星座には全く詳しくない。あれとあれを線で繋げば何々座で、なんて言われても、そう見えた試しがない。
ただ単に、少し肌寒い夜の澄んだ空気の向こうに、瞬く星の光を見たかった。……少し、疲れていた。
そろそろ見えるのかな。流星群を見たことは無い。偶然ネットで、今日見られると知っただけだ。
……望遠鏡でも買おうか。新しい趣味を始めるのも良いかもしれない。
そんなことを思いながらボケーっと夜空を眺めていると、ベンチの隣に誰かが腰をおろす気配がして、唐突に話しかけられる。
「あの、……大変なこととか、いろいろあると思うんです……僕で良かったら、力になります。だから、早まらないでください」
「…………は?」
急にわけのわからないことを言われて、喧嘩腰の返事をしてしまった。
隣をみると、見知らぬ男性。悲しそうな顔をしている。……なぜ?
「あなたを困らせるのは、もちろん承知してます。でも僕は、……思いとどまってほしくて、」
「……ちょっと待ってください、何をおっしゃってるのかわかりません、落ち着いてください」
彼の話を強引に止めるように、手のひらを彼に向けつつ話しかける。
彼は相変わらず悲痛な顔でこちらを見る。
「……話したくないことは、無理には聞きません。でももし、なにか助けが必要なら、」
「だから! 話を聞いて下さい、私はなにも困っていないし、ただ星を見に来ただけなんです!」
「星、を……」
彼が驚いた表情になり、戸惑い、……それから、「僕はなんてことを……」と言って顔を手で覆い、俯く。街灯はあれど薄暗くはっきりと見えないが、きっと耳まで真っ赤にしているのだろうということはわかる。
「ええと、なにか誤解させていたなら謝ります……」
なぜ私が謝る必要があるんだ、とは思うけど、感情をなくして謝れるのも社会人の必須スキルだ。
彼がバッ、と顔を上げる。
「そんな! 僕が勝手に誤解して……大変失礼なことを……」
大の大人が慌てふためいているのが可笑しくて、つい笑う。
「ふふ、良ければ、どういう誤解をしてたか教えてくれませんか?」
我ながら性格が悪い質問だ。彼は目を泳がせて、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「……今日の昼間もあなたをここで見かけて……今通ってもまだ居たので、まさか一日中ここでなにか思い悩んで……良くない決断を、しようとしているのではないかと……」
彼は俯き、小さな声でそう語る。
……確かに、本当に一日中ここで空を眺めていたら心配にもなるかもしれない。実際はただ長い残業をしていただけなんだけど。
「ご心配いただきありがたいんですが……今は残業終わりで、昼間からずっとここでボケーっと座ってたわけじゃないんですよ」
笑いながらそう言うと、彼はまた俯き、「すみません……」と小さな声で言う。
……昼間に一度見かけただけで、いちいち覚えていて、そこまで気にする?
少しだけ彼と距離をとるようにベンチの端に寄りつつ、問いかける。
「昼間も、見てたんですか? 私を?」
とても警戒した声音になっていたのだろう。彼は顔を上げてこちらを見て、ベンチの向こうの端限界まで後ずさり、焦って弁解する。
「いや、違うんです、そういうつもりじゃなくて、その、……会社から見えるんです、この公園が」
オフィス街の中にある公園で、いくつかの企業ビルに囲まれている。彼が一つのビルを指さし、証拠のように「あそこです」と言うが、なんの会社なのかは知らない。
「休憩室の窓から外を見るとこの公園が目に入るので……あなたがよくここに座って、長い時間空を眺めているのが印象に残っていて……」
いつもそんなに空を見上げていただろうか。なんだか恥ずかしい。ポカンと口とか開けてなかったらいいけど……。
「……それならやっぱり、誤解させた私が悪かったですね」
そう言うと、彼はまた小さな声で「すみません……」と謝った。
……流星群、なかなか現れないな。この時間のはずなんだけど。
「流星群が、今日がピークでたくさん見られるってネットでたまたま見たんです。流れ星、見たこと無くて……ちょうど残業がこの時間に終わったんで、せっかくだから見て帰ろうと思って」
そう言うと、彼は一瞬怪訝な顔をした。
「……流星群のピークは、今日じゃないですよ」
「えっ」
そんなはずは。慌ててスマホを取り出し、昼間に見た情報を探す。
日付と時間は、確かに今日の今頃。だがこれは、数年前の記事だ。ネット情報でよくやりがちなミス……。
「…………あはは、……何年も前の記事を見て、勘違いしてました」
恥ずかしい。
誤魔化すように笑いながら言うと、
「それ、よくやっちゃいますよね……」
と、彼も少し笑う。そうしてふたりで、しばらく普通の星空を眺めた。
そもそも、流星群って……何?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます