第24話
「ヒメナさん、体の調子はどうですか?」
ユズナはヒメナさんに訊ねた。
「ナノカちゃんからヒメナさんの体や脳の後遺症を聞いたから、ほとんど治せたと思うんですが……」
「後遺症……? そっか……わたし……信号無視した車に轢かれたんだっけ……」
ヒメナさんには、植物状態から目覚めてからのこの2~3年の記憶があるはずだった。
記憶の混濁のようなものが少し見られた。
ユズナにとって初めて試すギフトの使い方だったからかもしれなかった。
「何年もナノカが毎日わたしの世話をしてくれてたよね……ありがとう、ナノカ……」
たぶん大丈夫そうだった。
「お姉ちゃん、腕や脚を見て。失くなっちゃってたのを、ユズナちゃんが元通りにしてくれたんだよ」
「ほんとだ……わたし、歩けるの……?」
「今日は無理かもしれないけど、すぐに歩けるようになると思います。弱ってた筋肉も元通りになってるはずだから」
「良かったね、お姉ちゃん」
「うん……ユズナちゃん、ナノカ、ユイトくん、みんな、本当に、本当にありがとう……」
ひとつだけ、ユズナには治せなかったものがあった。
けれど、それは彼女がギフトでどうにかできるはずだった。
それは、ヒメナさんの左胸、ちょうど心臓があるあたりに刻まれていた傷で、十字架を逆さまにした逆十字(ぎゃくじゅうじ)と呼ばれるものの右上にだけ、羽根のような「β(ベータ)」のようなものが描かれていた。
おそらく、彼女を轢き殺そうとした刃渡十三によってつけられたものだった。
刃渡が逮捕されたときに持っていたという包丁は、その傷を刻むためのものだったのかもしれない。
逆十字は、キリストの弟子で初代ローマ教皇だと伝えられている聖ペトロが処刑される際に、自身がキリストと同じ状態で磔にされるに値しないとし、逆さまに十字架にかかることを希望したことに由来する。
そのため、「聖ペトロ十字」と呼ばれることもある。
邪悪の象徴や反キリスト教的なイメージのものとして扱われることもあるが、カトリック教会でも使われるシンボルであり、キリスト教やカトリック、ローマ教皇をモチーフにしたペンダントとしても人気がある。
芸術作品の中に頭を下にして逆さまに十字架にかけられている聖人がいれば、それは聖ペトロだった。
ユズナたちの通う温水女学園は、カトリック系の学校だった。
カトリックの信者ではなかったけれど、そういう知識はそれなりにあった。
だが、羽根のような「β(ベータ)」がついていることから、ただの逆十字ではないのだろう。
ふたつが合わさることで、見知らぬ言語の文字のようにも見えたし、漢字のように一文字でも意味があるものなのかもしれなかった。
傷はそのひとつだけではなく、「β」と「βを左右反転させた」ようなものが一筆書きで描かれた蝶のようなものや、「疒(やまいだれ)」に見えるものなど、全部で12個、円を描くように刻まれており、時計の文字盤のようになっていた。
「わたしのギフトでは、胸にある傷だけは治せませんでした。ヒメナさん、ギフトは使えるようになっていますか? ヒメナさんのギフトなら元に戻せると思うんだけど……」
胸の傷? と、ヒメナさんは不思議そうにしていた。身に覚えがないものなのだろう。
「ユイトくん、ちょっと向こう向いてて」
「ん? あぁ、そうか。そうだね」
兄に見られないようにしていたけれど、その傷はわざわざ服を脱いで裸にならなくても、ワンピースの胸元を少しつまむだけで見ることができた。
「何だろう、これ……やってみるね……」
ヒメナさんは、ギフトを使おうとして、あれ? と、不思議そうな顔をした。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「ギフトが使えない……どうして……」
どうやら、彼女はギフトが使えないらしかった。
ユズナは確かに、彼女がギフトを使えるようにしたはずだった。
「たぶん、刃渡十三の仕業だよ」
兄はヒメナさんに背を向けたまま言った。
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