嘘つきの夜に僕は恋をした

かれら

第1話 プロローグ

「角を曲がった瞬間、世界が静かに変わった。


夜の細く複雑に入り組んだ住宅街の道――蛇道へびみち。

くねる道の先に、ぽつりと街灯が灯っている。淡い光が敷石を照らし、どこからともなく微かな風が吹いた。


透は、ポケットの中の折り畳み式携帯電話を開いた。

小さな画面がぼんやりと青白く光る。メールの新着はなし。時間は──22時過ぎ。


カチリ、と静かな音を立てて携帯を閉じる。

この時間になると、街のノイズは消え、光の届かない道はどこまでも深く、静かに続いている。


その下に、ひとりの影がいた。


細い指先が、髪に差した緑のカーネーションをそっと撫でる。白磁のように透き通った肌が、灯りの中で淡く光り、牡丹の花片の様な発色の唇に目を奪われる。


琳——。


そう呼べば、きっと振り返る。

けれど、今はまだ名前を知らない。


ただ、その姿があまりにも鮮烈で、息をするのを忘れそうだった。


夜の静寂の中、彼女はゆっくりと顔を上げる。

月光が長い髪をなぞるように落ちる。


遠くから、かすかに車の音。駅前のビルの広告灯が、橙色に滲んで見える。

けれど、この場所だけは、時間の流れが少しだけ遅れている。


そして、唇が僅かに動いた。

けれど、その声は、風にさらわれてしまった。


── 物語は、ここから始まる。」

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