欲望から欲望まで 第二章 膨らみのあるカーテン

第二章では,前章の残した課題,「説明」「言語化」定義と関係性について考察し,第三章では,「正当化」に紐づけて,最終的に命題1の補強と発展を目指す。

「説明」の定義として,代表的なのがHempelのカバーリング・ロー・モデル(Covering Law Model,以下CLMと記述)である。特定の出来事が,一般的な法則と初期条件によって演繹的に導かれることが説明である。

例として挙げると,


・一般法則(L):金属は熱で膨張する

・初期条件(C):この物体は金属であり,加熱された

・結果(E):この物体は膨張した


となるだろう。

しかし,ここにはある問題点がある。それは一般法則が後付けである点である。どういうことかというと,最初に何かの現象は発生し,それを説明するために一般法則が発明されるということである。

金属は熱によって膨張するのは周知の事実とされており,対応説における形而上学的真理とすることが出来る。だが,仮に真理が認知のいかんにかかわらず人間の手から離れているところに存在し,それに近づくことが説明であるのならば,どうして人間の手から創造されるのだろうか。ここにCLMの問題点がある。

ただ,次にような批判がくるかもしれない。


これは“発明”ではなく,近代科学の勃興によってより真理に近づくことが出来た結果,つまり真理の“発見”である。


この反論を考察するため、神話の構造を援用する。古代の王国では、支配者がその権力の正当性を確立するために神話や宗教を創出した。日本の『古事記』や『日本書紀』はその典型である。

これをカバーリングモデルに当てはめると以下のようになる。


・一般法則(L):神々が日本列島を作り,支配権をある一族に渡した。

・初期条件(C):その一族は天皇の一族である

・結果(E):天皇が日本を統治している


 今日において、この神話的法則を普遍的な真理と見なす者はほとんどいない。この事実は、真理と見なされるものが時代によって異なり、それが人間の手によって創造(想像)されてきたことを示唆する。したがって、形而上学的な真理の存在は否定され、先の反論は成立しない。

 次に、CLMの「結果(E)」がどこから来るのかという問題を考察する。結論として、「結果」は「支配欲」に由来すると考える。

ここでいう支配欲とは、単なる権力欲ではなく、幼児期における身体感覚の分裂を統合し、自己を一つの主体として制御しようとする根源的な欲望に根ざすものである。この点を、アドラーとラカンの理論を対照的に用いて分析する。

アドラーは、人間が生来的に感じる「劣等感」を、行動の根源的動因と見なした。

幼児は自らの無力さを深く経験し、そこから「優越性への追求」を開始する。

ここで重要なのは、アドラーがこの優越性の志向を必ずしも他者への支配とは結びつけていないことだ。むしろ理想的には、それは「共同体感覚」と結びつき、利他的な貢献行動として昇華されるべきとされる。

だが、現実にはすべての人間が健全な共同体感覚を獲得できるわけではない。劣等感が強く、十分に補償されない場合、個体は過剰補償として「支配的な優越感」に耽溺するようになる。ここで初めて、支配欲が露骨な形で顕在化する。

つまりアドラー的に見れば、ファシズムのような全体主義は、劣等感の過剰補償としての支配欲の極大化=病理的優越志向の社会的集団化と言える。

ラカンは、主体の形成を「鏡像段階」において説明する。幼児が鏡に映る自らの像を認識することで、「自分は一つの統一体である」という幻想を得る。これは身体的分裂への不安を乗り越えるための象徴的補填にほかならない。

だがこの統一像は、そもそも他者(鏡像、まなざし)を通して得られるものであり、ラカンはこれを「他者の欲望の欲望」として理論化する。主体は自己の統一を確立するために、他者の承認を獲得しなければならない。

この承認の構造は、やがて象徴界における「位置取り=支配」として現れる。他者のまなざしにおいて、自らを統一された主体=意味ある存在として認識されるためには、他者を構造化=支配する必要がある。

したがって、ラカンにおける支配欲とは、「バラバラになる不安(現実界)への防衛としての象徴的秩序の欲望」とも言える。

ここで「支配欲」を個人の内面に留まるものではなく、社会制度や政治イデオロギーの構造として捉えることができる。

ファシズムは、分裂した社会や個人の不安に対して、「統一された国家」「民族」「文化」という幻想的統一を与えることで成立する。これはラカン的に言えば「ファルスによる現実界の外在化と縫合」であり、アドラー的に言えば劣等感の集団的過剰補償である。

“我々は一つだ”という語りは、実は「バラバラになることへの恐怖」の反転であり、「お前は支配されているのではない、守られているのだ」という名のもとでの支配の肯定なのである。

このような支配欲が極限化されたのが、ナチス・ドイツである。

ナチズムは、国家全体を一つの身体として構想し、「純粋な身体の統一性」を脅かすもの(障害者、ユダヤ人、共産主義者など)を排除・消去しようとした。これは正に身体的分裂への恐怖を、政治的秩序=支配によって回避する試みだった。

その理論的裏づけとして「優生学」が動員された。ここで重要なのは、科学が説明の仮面をかぶって正当化に使われたという点だ。


たとえば、次のような形

一般法則(L):劣った遺伝子は社会に悪影響を及ぼす

初期条件(C):ユダヤ人は劣った遺伝子を持っている

結果(E):彼らを隔離・排除すべきである


このように、CLM型の「説明」は、支配欲に奉仕する「正当化」の装置として用いられた。

つまり、科学的説明すらも、支配欲に奉仕する構造に組み込まれるのだ。ここで明らかになるのは、説明とは単なる因果の提示ではなく、欲望の構造と不可分であるということである。

その最も根源的な欲望が「支配欲」であり、


・身体の統一


・社会の統一


・真理の統一


を通して世界を“わかる”もの、“扱える”ものにしようとする志向である。

アドラーがそれを“貢献”へ、ラカンがそれを“象徴化”へ、ファシズムがそれを“国家”へと昇華・転化したにせよ、その根底には、バラバラになりたくない、分裂を耐えきれないという不安からくる支配の欲望=統一化の衝動が流れている。

よって「説明」は次にように定義されたい。


定義1:説明とは、現象を理解可能な因果秩序に位置づけることによって、主体が自己と世界に対して「統一的意味」を付与し、存在の不安を制御・支配しようとする欲望の表出である。



次に考察するのは「言語化」である。昨今、言語化は「伝える力」や「ロジカルシンキング」の一部としてビジネススキルや自己啓発と結びつけられることが多い。

だがその背景には、感情や曖昧な印象といった「扱いにくいもの」を、言語によって秩序立て、意味づけし、制御可能なものに変換しようとする志向がある。

この志向は、前節で論じた「支配欲」と根を同じくする。

ここで重要なのは、言語化という行為が、単なる情報伝達の手段ではなく、**現実を構造化し、主体の不安を緩和するための「操作」であるという点だ。

ラカンの理論を援用すれば、言語化とは、現実界的な「意味のなさ」「裂け目」に対して、象徴界のコードを使って仮初めの意味を与える行為である。

主体は言語化によって、出来事に意味を与え、自己の行動や感情を物語として構成する。しかし、この言語化の運動もまた、説明と同様に「支配欲」の延長上にある。

なぜなら、言語化とは、本来未分化で不定形なもの(欲望・感情・出来事)を、構造化された言表行為に押し込める=意味の網に絡めとることであり、それはすなわち、現象を「わかる」ものに変えるための制度的暴力に他ならない。

この点で、言語化は、以下のように定義される。


定義2:言語化とは、主体が意味の不在(現実界)に対峙した際、その不安を制御するために象徴秩序のコードを用いて出来事を意味づけし、物語化する操作である。


しかし、ここに重大な逆説が生じる。すなわち、欲望を言語化することは、欲望を説明し、理解し、制御可能なものとして扱うという支配的な操作である一方で、その欲望が自己言及的構造を持つ限り、言語化は常にその意味づけの試みに失敗するという点である。

ラカン的に言えば、「欲望の対象a」は常にズレており、名指し不可能である。したがって、言語化のたびに欲望は言表から滑り落ち、主体は新たな表現を試みるが、そこには常に「もっと良い言い方があったはずだ」という残余が残る。

この構造を図式化すれば、以下のようになる。


欲望(D)を抱く


言語化によってそれを意味づけようとする(L(D))


しかしDは常にL(D)の外にズレ続ける(D ≠ L(D))


主体は再び言語化を試みる → 差延が続く


このループは、まるで「ふくらみのあるカーテン」のようであり,手を伸ばして掴もうとすれば、ふくらみは逃げる。だが確かにそこに在る。その存在感を否定できないまま、我々は言語のカーテンの向こうに“何か”を探し続ける。

このメタファーを借りれば、言語化とは「ふくらみのあるカーテン」に手を伸ばす行為そのものであり、それは同時に、意味を欲する衝動と、意味に裏切られる体験とを往復する螺旋運動なのだ。

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