第10話 呼び出された過去と未来

 2010年7月、夏休み2日目。


 朝、窓から蝉の声が響いて、部屋がじんわり暑い。


 昨日、彩愛の家での時間が頭に残ってる。


 水着の場面は特に鮮やかで、思い出すと少し顔が熱い。


 漫画を手に持ってると、ガラケーが鳴る。

美緒からメールだ。


『駅前の公園で12時くらいに』とシンプルな文。


『分かった、行くよ』と返す。


 彩愛との穏やかな時間が心地良かっただけに、美緒の呼び出しが少し重く感じる。



 ◇


 昼前、駅前の公園へ向かう。


 夏の陽射しが強くて、アスファルトが熱を帯びてる。

公園のベンチに美緒が座ってる。


 カジュアルなワンピースが風に揺れて、手にアイスの袋を握ってる。


 俺を見て、「悠翔、来てくれた」と少し緊張した笑顔。


「うん、大事な話って何?」と聞くと、「うん…座ってくれる?」と隣を指す。


 ベンチに座ると、美緒が深呼吸して、「私、実は未来から来たの」といきなり切り出した。


「え?」と声が漏れる。


 まさか…美緒も?


 頭が一瞬真っ白になって、「未来って…どういうこと?」と聞き返す。


 美緒が目を伏せて、「2026年の私なんだ。16年後の世界から、この時間に来たの」と言う。


 16年後…つまり、俺より1年後の未来から来たってことか。


「本当に?嘘じゃないよな」と確認すると、「うん、本当。信じてほしい」と真剣な目で見てくる。


「じゃあ…2011年3月…何がある?」と聞くと、美緒は目を丸くして俺を見つめた。


「…まさか…」

「うん…。実は俺も…15年後の記憶持ってる」と打ち明けると、美緒が「え、悠翔も?」と唖然とする。


「うん、2025年で事故に遭って…目覚めたら2010年に戻ってた」と説明する。


 すると、大粒の涙を溜め込む美緒。


「悠翔…あの時の事故で死んじゃって…私、ずっと後悔してた…あの時のこと…ッ!私が…あんなこと言わなきゃッ!私のせいでって、ずっと後悔してたッ…!」


 そうか…俺はあの事故で死んだのか。

その事をずっと悔いてたのか。


 そのまま目に涙を浮かべながら美緒が続ける。


「2025年の11月…あの日のこと…覚えてるよね。私の家で…私が『気持ち悪い』って言ったこと」

「ああ、忘れられないよ。あいつの浮気教えて、告白したら…そう言われた」と言うと、美緒が首を振る。


「…だから、ここでも私を避けてたんだよね」

「…うん。まぁ…そう」

「あれ、私の本心じゃなかったんだ」

「どういうこと?」

「あの時、奏斗に裏切られたって分かった瞬間だった。幸せだと思ってた家族が崩れて、頭ぐちゃぐちゃで…そしたら、まるでその隙間を狙ったみたいに悠翔が告白してきたように見えて…」と声を詰まらせる。


「嫌いになったわけじゃないの?」

「嫌いになんて…なるわけないよ。でも、私のために浮気を教えてくれたんじゃなくて、弱った私に告白するためにって思ったら…思わず『気持ち悪い』って言っちゃったんだ」とそう言った。


 …その言葉を聞いて少しだけ納得してしまった自分がいた。


 確かに、美緒からすればあまりにも突然のことだった。


 夫の浮気の発覚と、幼馴染の俺の告白。

あのタイミングを考えたら、確かにあそこでかける言葉は美緒への寄り添いであるべきだった。


 なのに、自分のことしか考えられなくなって、幼馴染だと思っていたのにいきなり自分が守るからとか、先を行き過ぎた発言は誰がどう考えても気持ちの悪いものだ。


「…ごめん」

「…ううん…でも、私が悪い。だって…15年だよ。15年…私を思っていてくれたことを伝えてくれたのに…何も考えずにああ言っちゃった。しかも…その後…目の前で…。あれからの1年は人生で1番しんどかった。奏斗は浮気相手とそのまま消えて、残された子供と…2人で…何度も何度も後悔した。あの時…もし違う言葉をかけていたらって… 悠翔のことを思い出すたびに気持ちがどんどん大きくなって…後悔も大きくなった」と、また涙を流す。


「本当は…悠翔のこと好きだったのに」と美緒が続ける。


「…そうなんだ。それで…最後は?」


 すると、ゆっくりと首を振る。


「…ある朝目覚めたら…ここに来てた。だから、気持ちを整理して、今度はちゃんと悠翔と向き合おうって思ってたけど… 悠翔に拒否されているように見えて…死にたくなった」

「…ごめん。」


 公園の木々が風に揺れて、蝉の声が響く。


「じゃあ、今はどうしたいの?」と聞くと、美緒がアイスの袋を握り潰す。


「付き合いたい。だって、悠翔が好きだから」と真っ直ぐ見てくる。

心臓がドクンと鳴る。


 あの日の誤解が解けて、美緒の気持ちが重く響く。

でも、心の中、彩愛の笑顔が浮かぶ。


「悪かったと思ってる」と言う。


 美緒が「え?」と首を傾げる。


「美緒の言う通りだった。美緒の気持ち考えずに、ただ自分の気持ち押し付けただけだった。あの時、奏斗に裏切られて傷ついてた美緒を俺は支えるんじゃなくて、自分の都合で告白して…ごめんな」と謝ると、美緒が「ううん、私も悪かったよ。ちゃんと話せば良かった」と返す。


「でもさ」と続ける。

「もう俺、美緒への気持ちはないんだ。気持ち切り替えて、新しい恋をしたいと思ってる」と正直に言う。


 美緒が言葉を失う。

目を丸くして、「新しい恋って…星乃さんのこと?」と小さく聞く。


「うん、彩愛が好き。いや、好きになろうとしている段階なのかもだけど…。もう前を向きたいんだ。きっと、美緒もその方がいい」と答えると、美緒が唇を噛む。


「そっか…分かった」と呟くけど、目が潤んでる。


「ごめんね、美緒」と言うと、「ううん、悠翔が幸せならそれでいいよ」と無理に笑う。


 でも、その笑顔がぎこちなくて、諦めきれていないのが伝わる。


「じゃあ、私、行くね」と立ち上がる。

「うん…」


「大丈夫だよ。またね。大好きでした」と泣いて笑いながら背を向けて歩き出す。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622171827880294


 寂しそうな背中が遠ざかる。


 ◇


 夕方、家に帰る。


 美緒との会話が頭を巡る。


 あの時の誤解が解けた衝撃、彼女の真意を知った重さ。


 でも、彩愛への気持ちが強くなってるのも確かだ。


 母さんが「どうしたの、ぼーっとしてるね」と言う。


「ちょっと考え事」と誤魔化すと、「また女の子絡み?」とニヤニヤ。

「うるさいな」


 夜、彩愛にメールを送る。


『明日、会えない?話したいことがある』と打つと、すぐ返信が来る。


『うん、大丈夫だよ。駅前の喫茶店で10時くらいでいい?』とシンプルな文。


『うん、大丈夫。楽しみにしてて』と返す。


 心が少し軽くなった気がした。



 ◇


 次の日、喫茶店の前で彩愛と会う。


 彩愛が「昨日、何かあった?」と開幕そう聞かれた。


「あぁ、うん。…美緒に呼び出されてさ…、色々、誤解が解けたんだ」と話す。


「誤解?」と首を傾げる彩愛。


「…うん。お互いの気持ちをちゃんと伝えた。それで」と、言った瞬間、彩愛が俺に抱きついた。


「嫌ッ!!」


 続きを言わさないようにするためか、俺に無理やりキスをした。


「ちょッ…ッ!!//」


 人前だということも憚らずにキスをされた。


「お、落ち着いて!」と、少し距離を取る。


「聞きたくない!聞きたくない!私だって…ずっと好きだったんだもん!!」

「いや、ちょっと…!」

「私だって、15年も好きだったんだもん!」

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818622171828310651


 その言葉に俺の思考は完全に停止した。

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