アノマリーとなった青年は平穏を夢見る 〜世界破滅?現実改変でねじ伏せます〜

風鸞

第一章 全ての始まり

全ての始まり

episode:1 肝試しへ

「──はい、じゃあ今日はここまで。」


四限目、数学。先生の一声が授業終了の合図。


──キーン、コーン、カーン、コーン


教科書を閉じるパタン、という音とチャイムの音が重なった。


「挨拶はいいので、昼休み入ってくださーい。」


そう言うとすぐに、先生は机の上の教科書類を持ってスタスタと教室から出ていってしまった。


出ていくのがあまりに早すぎて、「あ、行っちゃった」と頭を抱えている生徒が数名。質問に来いとしつこく言っているのは先生方なのだから、少しくらいは待って欲しいものだ。


先生の姿が完全に見えなくなった瞬間、喧騒が教室を満たした。ガタガタと机を移動させる音や、笑い声、話し声。うるさいと言えばそれまでだが、別に不快ではない。雰囲気が賑やかだと自分の気分まで良くなるものだ。


そんな教室の中、東雲和也は一人悩んでいた。


(今日、昼飯どうしようかな・・・・・・)


椅子の足を浮かせて、ゆらゆらと前後に揺れながら思案する。


俺の友達ははっきり言って少ない。なのに、今日はその友達がほとんど休み。


ぼっち飯も、誰かに話しかけて一緒に食べるのも、俺にはちとキツイ。


うーむ・・・・・・悩ましい。


机の上に弁当箱だけ出して、うんうん唸る。


──もう諦めて便所でぼっち弁をしようか。


「ねえ、和也、」


ポン、と急に肩に置かれた手にビクッとして一瞬椅子のバランスを崩す。


なんとかバランスを取り、激しく鼓動する心臓を抑えながら振り返って後ろを見る。


そこに居たのはつむぎだった。


「何してたの?また?」


「ん、あぁ。」


息を整えながら生返事をする。

実際のところ昼飯をどこで食べるかを考えていただけだが。


・・・・・・まぁ、ゲーム作りについては頭の片隅で常時思考しているから、別に嘘はついてない。

俺は昔から、そういう細かい作業とか機械いじりが好きだ。プログラムを組み上げ、テストプレイでバグを見つけては修正の繰り返し。

面倒な作業に見えるだろうが、俺からすればただの遊びだ。何より、作り上げたときの達成感はどんな幸せにも勝る。


話を戻すが、彼女は梶原紬。俺と紬は小学校からの幼馴染だ。幼馴染と言っても、ラノベのような仲睦まじい関係ではなく、ただの友人だが。


──俺は、それ以上の関係になりたかったけど。

でも、紬は陽で、俺は陰。いつのまにか紬は遠くに行ってしまった。


間話休題。


安堵して、俺は肩の力を抜いた。


「何だ、紬か。びっくりさせないでくれよ。」


「和也に耐性が無さすぎるだけだよ。」


・・・・・・言われてみれば、俺は少々驚きすぎか?


だが、俺は友人が少なくて人見知りなんだから急に呼ばれたらそりゃ身構えるだろう、と言いかけてやめる。


陽キャな紬には俺の気持ちなど一生わかるまい。


「で、一体何の用なんだ?」


「何でそんな不機嫌そうなのよ。こんな美人に話しかけられてるのに。」


──自画自賛しているのは少々ムカつくが、事実だから仕方がない。


幼馴染フィルターを抜きにしても、紬はかなり美人だ。スタイルはモデル並み。顔立ちはあまりにも整いすぎている。大きな目だが、目線は柔らかい。その見た目から学園の天使とか呼ばれていたりする。ファンクラブとかもあるらしい。


「自分で言うな。てか、質問には答えてくれ。」


「・・・・・・なんか納得いかないけど、まあ良いや。一緒にお昼食べないか、と思って、誘いに来たの。見たところ、和也、今日は友達がいないみたいだし。」


紬は髪の毛を指でくるくると巻きながら、そう尋ねた。


俺は少し俯く。

紬のグループ、か・・・・・・かなり久しぶりだ。でも一応面識はあるし、今ちょうど悩んでいたところだし・・・・・・紬がいるなら、案外大丈夫、か。


俺はどうするか決めて、顔を上げた。


「分かった、一緒に食べるよ。」


「それじゃ行こっか。今日、外で食べるから。」


俺は少しだけ緊張しながら、弁当を持って紬の後に続いた。



俺たちが中庭に行くと、既に紬の友達たちがベンチに座って談笑していた。


仲のいい友達以外は、紬たちがお昼を一緒に食べるメンバーは日によってコロコロ変わる。3〜4人のこともあれば、10〜12人くらいいることもある。色々な人とすぐに仲良くなれる彼女の人格ゆえだろう。


「あれ、本当に来たんだ、和也くん。こういうとこ来るタイプだっけ。」


紬の友人──葵は振り返って俺にそう話しかけた。


「普段は来ないけど、今日は友達が休みだから。」


「あー、ぼっちだったからこっち来たってこと?」


「・・・・・・。」


俺はサッと視線を逸らす。


どうだ!


これぞ、長年の研鑽で手に入れた触れたくない話題の時に相手の話を逸らすスキル。


これを使うと、相手が察して話題を変えるのだ。


「あれ?違った?」


・・・・・・なんで葵は目を逸らしたのに目の前にいるんだ?


さらに目を逸らすが、葵の顔は俺の眼前から離れない。


「ねぇねぇー無視しないでよー悲しーなぁー。葵さん泣いちゃう。ねーねー答えてよー。どうなの?ぼっちなの?ねー。」


「・・・・・・そうだよ!事実だよ!事実なんだけど!そういうことはもう少しオブラートに包んでくれないかな?!そして空気読め!──人のほっぺたをツンツンするな!」


思わずツッコむと、紬が口を押さえて笑った。


俺は知っている。

こいつはこういう時、一番爆笑してる。


「・・・・・・紬、爆笑する暇あるなら、こいつなんとかしてくれません?」


「ごめんごめん。そんな怒んないでよ。ほら、葵もあんま揶揄わないでね。そもそも和也には私がいるしね。」


・・・・・・ちょっと待って。


俺は顔を隠すようにそっぽを向く。


本人はサラッと言ったけど「和也には私がいる」発言は少々破壊力がありすぎる。


「か、和也?!い、今のはほら、ちがって、」


ちらっと紬の方を見ると、顔を赤くして慌てふためいている。


「ヒューヒューお熱いねぇーお二人さん。熱すぎて火傷しちゃうぜ!」


「冷やかさないで!そ、そうだ、さっき盛り上がってたけど何の話してたの?」


見え透いた話題逸らし。


けど葵はあっさりこの話題から離れ、床に置いてあった雑誌を手に取った。


あんな良い性格をしているのに。よっぽど話したいことがあるのだろうか。


すると、葵は持っていた雑誌をペラペラとものすごい速度でめくり、あるページを開くと、すぐさま紬の顔面に押し付けた。


あれ、月刊ヌーか?オカルト雑誌の?


「これ!!!!!」


葵は少し鼻息を荒くして叫ぶ。野球部の応援並みの声量である。


鼓膜痛い。


「ちょ、近いしうるさい。何?これ。」


紬は葵に対して尋ねる。しれっと溢れた愚痴など全く気にせず、葵の目の輝きが変わる。


「よーくーぞ聞いてくれました!不可解な行方不明が全国で相次いで起こっているらしいんだよ!何か急に人が消えていくんだって。気になるのは、その消えてった人たちが残した証言に一致する点が多いこと。つまり、同じ原因によって起こっている可能性が高い!その原因は、幽霊なのか、それとも宇宙人なのか・・・・・・私の中では、妖怪くねくね説を推してるんだけどね!?」


ものすごい熱量で、葵は捲し立てる。普段は陽キャということを忘れてしまいそうなほど完璧にオタクだった。


「あはは・・・・・・ごめんね、和也。葵はオカルトの話になると豹変するから。うるさかったら言ってね。」


「いや、大丈夫。オカルトはあんま好きではないけど。」


俺がそう言うと、葵はこちらを睨んだ。


「オカルトが、好きじゃない、だって?」


徐々に詰め寄りながら葵が言う。


ガチでキレてるな。


「聞き捨てならないね。」


「誰がなんと言おうと、俺はオカルトは好かない。オカルトなんてものは大抵の場合はデマか見間違い。もしくはただの一般的にあまり知られていない科学現象だ。」


「確かに、そういう側面はある。けど、数あるオカルト話の中には事実だって含まれているかもしれない。──ロマンがあると、思わない?」


葵は強い目線でそう返した。

が、俺はそれをさらっとスルーする。


「さあ?俺にはロマンがよく分からない。俺がオカルト好きになれないのはだからなのかもな。」


「なっ・・・・・・。」


葵はワナワナと震える。


「ちょ、ちょっと二人とも、落ち着いて、ね?」


紬がなんとか割って入るも、葵は聞く耳持たず。


「・・・・・・そうだ。」


そう呟き、葵は不敵な笑みを浮かべた。

まさか、レスバに勝てる一手を・・・・・・?


「和也くん、君も肝試しに来てよ。」


葵は急に力強く言い放った。


「えっと・・・・・・どういうこと?」


予想外の返答に混乱した俺は訳が分からずにそう尋ねる。


「実はさっき、そこの春野くんから、来週の日曜、この記事に載っているこの近くの場所へ肝試しに行かないかと提案があったんだ。実際に人が消えたことがある場所だ。急だったから、びっくりしてたんだけど、ちょうどいい。」


「──それは、危険じゃないか?実際に消えたんだろ?そこで。」


「そうかもしれない。でも、和也くんが言う通り何もないのなら幽霊も何もいないんだろう?幸い、今の時代にはスマホという便利なものがある。何もいないなら、最悪それさえ使えればなんとかなるよ。」


少し挑発するように、葵はそう言った。本当はその日は作業デバッグを進める予定だったが・・・・・・ここで引き下がると、負けたような気がするからやめだ。

(※和也はかなり負けず嫌いです。)


「乗った!」


俺は勢いに任せてそう言ってしまったのだった。

──この時、こんな事を言わなければ・・・・・・。



──肝試し当日、17時頃。


辺りに何もない、もの寂しい場所で、俺は路線バスから降りた。一応バス停は残っているものの古ぼけており、降りる人は俺以外にはいなかった。と言ってもそもそも俺以外に二人しか乗客がいなかったのだが。今にこの路線は廃線になるんだろうな、とぼんやりと考える。


この場所はかつて、バブル期はそこそこ有名だった観光地だったらしいが、バブル崩壊と共に衰退。現在のような有り様になってしまったらしい。


俺はふと腕時計を確認する。


現在、19時57分。集合が20時ちょうどで、集合場所はバス停から徒歩5分の場所だったはずだから、少し急ぐ必要がありそうだ。俺は、少し急ぎ足で歩きはじめた。



バス停からは大体3分ほどで到着し、ちょうど20時になった。


「やほ、和也。」


「やほ。」


既に着いていた紬が、俺に手を振る。俺は紬の隣まで歩いて行き、地面に座った。


「にしても、紬まで来るとは、意外だったな。紬、怖いの苦手じゃなかったっけ?」


「・・・・・・怖いは怖いけど、和也が行くなら私も行く。」


紬は前で手を組み少しもじもじしてそう言った。少し顔が赤くなっている。


なんでそこで俺が出てくるんだ?

(※和也はかなり鈍感です)


小さな声が、和也の耳に入った。


ふと横を見ると、一人の男子がうずくまっている。


「おい、お前、大丈夫か?」


俺はそう尋ねるも、反応はない。彼は何かをぶつぶつと呟いているようだった。


「おい!」


肩を揺らすと、ようやく彼はこちらに気がついたようだった。


「は、はい、何ですか?」


「大丈夫か?お前、えーっと名前なんだっけ?」


「心配してくれてありがとうございます。春野です。」


春野・・・・・・、肝試しを最初に提案したやつか。急に肝試しなんて提案するんだから、もう少し活発な奴なのかと思ってたが、案外大人しそうだな。


なぜかガチガチの敬語だし。


その時だ。大きな声が鼓膜を揺らした。


「おーい!」


声の方を見ると、葵がこちらに手を振っていた。


「ちょっと、声大きくない?」


「あははーごめーん!」


紬が葵に突っ込むが──このごめんは、そもそも1ミリも反省する気がないやつだ。


近所迷惑とか、少しは考えて欲しい。


近くに家無いけど。


すると、葵はズカズカとこちらに近寄り、俺の顔を覗き込んだ。


「どうなるか、楽しみだね。」


葵は、俺の前に立ってそんなことを言う。


「何も起こりやしないさ。」


少しの負けん気と、確信を持って、俺は葵にそう返した。

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