第24話 星を征く船4
火星への航海中、黒葉は資料に片っ端から目を通していた。
なぜ火星と地球は戦っているのか、石切場の賢人という存在、アトランティスと人類の関係、全てを知ることが出来た。それらを知り黒葉哲三という人物の中に野望が芽生えてもなんの不思議もなかった。世界を裏で支配する者達の姿を知ったのである。投資をきわめて有利に進めることも出来たし、情報を武器に政治やビジネスの世界への進出も可能であった。しかし彼はそれをよしとしなかった。それは彼のプライドが邪魔したからである。
「不正を働かない」「業務上知り得た情報を漏らさない」といった倫理観が彼にそれをさせず、自分の実力とはまるで関係なく、偶然で手に入れたような幸運を認めることは出来なかったのである。
船の航海に関する実務は専門の人間が行い彼は主に政治的な調整に力を注いでいた。
特に多国籍軍第1陣の中華連邦軍、ロシア軍の命令違反ともいえる行動に対する各国からの苦情や質問への対応に時間をとられていた。無論彼一人で対処出来るわけはなく部下の国連職員や外部のオブザーバーが直接の交渉や対応に当たり、彼は最終的な確認や判断をする事が任務だった。そのオブザーバーの中に軍人も複数含まれていた。自衛隊からは明石陸将補という通常ではあり得ない地位の人物が派遣されていたが、アメリカ、中華連邦、ロシアも同様に准将、少将クラスの人物が派遣されていた。これは随伴している各国の艦隊の指揮官が大佐クラスであるがために状況が著しく変化した際にマザーアース内から命令を出すための措置であるからであった。
そのため中華連邦、ロシア両軍に関する批判は、彼らにつながれたが当然のごとく全てはねつけていた。地球での国際関係にも影響の出る案件であったが、もともと自らの主張を全面的に押しだし他国に妥協することのない国柄であったので彼らはあまり気にかけることはなく対処していた。
「あいつら、ほおっておいていいのかい?」
明石は黒葉に問いかけた。
「構いませんよ。いずれ地球でこの件は仕切り直しになるはずです。アメリカもユーロもこれから何をしでかすかわかりませんから」
コンピュータのモニターから目を離さず黒葉は返事した。そしてさらに続けた。
「日本も同様でしょう。何を企んでいます?いくら同国人で同じ百目の息がかかっているとは言っても、私たちが本来の所属している組織は国連と日本国自衛隊、全くの別物ですからね、迷惑をかけないでいただきたい」
明石は苦笑した。
「その通り、あなたは国連職員、自分はやせても枯れても自衛官。職務の違いは認識しているさ。だから我が隊の機密については話せない」
黒葉はモニターから目を離し明石の顔を見つめた。
「でしょうね。戦争を放棄する、とか言っている国の軍隊がこれですからね。世界に平和なんか永遠に来ません」
「だからお宅らの大将は世界共通の敵として火星侵攻をでっち上げたんだろう。世界は一度国家という枠を完全に壊さなければ戦争はなくならないだろうよ。そして国の枠が壊れるときは文明が崩壊するときしかないと思うね。仮にそうなって人類は文明の再構築、統一国家を建築するとして、そこでまた宗教や主義の違いで対立は生まれ、いく末は内紛、分裂。分裂した集団同士の戦争が起こるだけだろう。所詮世界の統一なんて夢だよ。精々が国家間の対立を緩和したり、破滅的な戦争を避けるのが関の山さ。その点から見れば国連事務総長は良くやったと思う。言っておくがこれは嫌みじゃなく褒めてるんだぜ」
「わかってますよ。そうそう、武井事務総長はあなたには感謝しているんですよ、明石さん。正確にはあなたのご先祖ですがね。明石大佐の残してくれた一連の文章。あれがなければ今回の計画はなかった」
「加えて武井太郎国連事務総長という人物な。あの人の行動力が無ければ、地球からあれだけ大量の核兵器に大量破壊兵器、宇宙戦力を一気に切り離すことは出来なかったろう。これで火星人も多国籍軍も双方全滅してくれれば計画した側としては万々歳だな。宇宙空間での戦力が主力と化した現在、少なくとも十数年は各国は戦争するだけの戦力的余裕はなくなる」
「そこまでわかっていながら自衛隊はなぜ参戦したのです?」
「国際的配慮というのが表向きだが手に入れたいものがあったのさ」
「それは何です?」
「明石レポートを読んでいるなら、わかっているだろう?それ以上は話せんよ。さすがに百目の教育を受けているだけのことはあるな。身内からも情報を引き出そうとする」
そう言い残して明石は立ち去り、黒葉は座ったまま見送った。
黒葉は実際の所、自衛隊や各国の軍が密かに手に入れようとしているものの正体に気づいていた。そしてそれは正鵠を得ていた。しかしその答えを明石との会話の中で口にしなかったのは、国連職員が口にしていい発想ではなかったからである。
すなわち「火星人の生体」。エネルギー源としての生物。人間ではないとはいえ相手は知的生命体である。人権を考えれば当然反対しなければならない事案である。しかも、とらえた後も極めて非人間的な扱いをされる。家畜どころではないひどい扱いである。それは第2次大戦下以降石切場の賢人の兵力として運用された潜水艦「レヴィアタン」の記録を読めば一目瞭然であった。
この計画を立てたとき、武井事務総長の頭の中に火星人の人権というものが含まれていたかどうかは定かではなかったが、黒葉は武井の考えにわずかに批判的精神を持っていた。
「あれだけ頭のいい人が大事なところを見落としているな。もう少しやりようがあったろうに」
というのが正直なところであった。
「人の幸せは他人の不幸の上にしか成り立たないのか」
古くからよく言われる言葉であったが黒葉はそれを実感として捉えていた。
「人類の繁栄は火星人を踏み台にして大いに進めることが出来る。踏み台にされた火星人の苦しみに人々は気づかず、あるいは目を閉ざし繁栄を謳歌する。それが果たして正しいことなのか?」
そういう疑問を黒葉は心の中に抱えていた。
しかし同時に
「人類同士の諍いによる大量の死より遙かにまし」
という思考もあった。何が正しく何が悪なのか、彼には判断を下すことは難しかった。
しかし人類はこの答えに2000年以上前にすでに到達していた。
それを「原罪」といった。そして後にも「悪人正機説」「清濁併せのむ」という思想が宗教や時代を超えて生み出されていた。その点に思いが至ったとき黒葉は考えるのをやめた。今まで何十度も繰り返した思考のルーティンだった。
人類全体が歩もうとしている道を変えることが出来るのはただ英雄のみである、というのが彼の考えだった。そして黒葉自身自分の能力の高さは自覚していたが、それでも英雄となれるほどの人間ではないことも自覚していた。所詮は一塊の人間であり世界の流れ、時代の流れに流されるしかない人間だというのは心底からわかっていた。
故に与えられた任務に期待以上の結果を出すことに集中することにした。
「ミストラルに連絡を取れるか?エンタープライズでもいい」
部下に叫んだが返事はノーだった。ダイモス級に侵入したミストラルには電波は届かずエンタープライズへの通信は無反応だった。
「連絡つき次第、状況を説明させろ。送られてきたデータだけでは詳細が不明だ。それからこちらの到着予定を聞かれたら答えるな。万が一敵の待ち伏せがあると面白くない。地球への定時連絡は忘れずに」
くどい位に指示を飛ばした。準備はネガティブに、というのが彼の教え込まれた教育の基本だったからである。
「ともかくも俺は地球人のために働かないとな」
思わず口をついてしまった言葉であったが、無意識の言葉だっただけに、その黒葉の独り言を多くのスタッフが耳にし、少しだけ黒葉の人間性を信頼することになった。
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