第10話 ブルーフィング

「では状況の説明をいたします」

時和がハンドヘルドコンピュータを3Dモニターにつないだ。モニターを中心に一同が座を組む。

「小隊が通ったルートをAとします。AI天神が指示したルートはBです。敵を破壊するにはルートAが最的確でしたが、結果的に作戦は失敗しました。失敗の理由を説明します。敵巨人兵器を制圧した後、上空から3発の核ミサイルが飛来しました。アメリカ、ロシア、中華の三国によるものです。つまり我々は最初から監視されており、有利な状況に立ったために攻撃をされた。それを天神は最初から想定していたと言うことです。天神の思考ログを解析するとそれがわかります」

「ということは俺の判断は間違っていたと言うことだな?」

上泉の顔が曇った。

「まあ、そういうことだ。大人しく天神の指示通りに動けば作戦は成功していただろうよ」

冷泉院はとげのある言い方で上泉を批判した。そこへ帯刀が口を挟んだ。

「冷泉院三佐、訓練は成功を導き出すための手段だよ。特に未知の技術、装備を使えば失敗するのが当然と考え、習熟の糧と考える方が正しいと俺は思う」

帯刀はそこまで言って顔つきを変え、言葉を続けた。

「正直なところ俺もこの天神というAIの言うことを鵜呑みにするのは怖いと思っている。何を考えて結論を出しているかわからんからな。せめて結論を導いた理由を現場に伝えることはできないかな?」

「帯刀君、それは韜晦かな?君はしっているはずだがね。まあ、いい。時和曹長、天神の思考ログを言語化して人型重機に伝送するプログラムを作るのに何時間かかるかね?」

冷泉院に突然仕事を振られ時和は狼狽を見せたが、少し考え

「1日有れば何とかと思いますが」

と答えながら「あんたの仕事じゃないのかよ」と心の中でつぶやいた。

「聞きたいんだが、天神が核ミサイルをアメリカ、ロシア、中華の三国が発射したと推測した理由はなんだ?」

上泉がさらに問う。

「天神がそう感じた、ということかな」

冷泉院の返答に一同が不審な顔を浮かべた。それに答えるように冷泉院は続けた。

「つまりだ、天神はバイオコンピュータであると言うことだ。バイオコンピュータはかつてのコンピュータの蓄積されたデータから推測するという方法とは異なる思考法をとる。人間が「こうなのではないか?」と、データだけではなくその場の雰囲気や希望を無意識に加えて考え出す結論と同じだ。勘といってもいいかもしれないな。」

上泉と冷泉院のやりとりは続く。

「そんな曖昧な思考?科学的ではないな。AIが人間の頭脳並みに進化したとでも」

「先ほどの訓練では上泉一尉はデータを気にせず己の勘で敵を追い詰めているではないか。それと同じ事だ」

「バイオコンピュータとはいったい何だ?」

「知らない方が良いと思うね、少なくとも人権とか倫理などという言葉を口にする人間は知らない方がいい。そして知って欲しくもない」

「教えろと言えば教えてくれるのですか」

「私に教える権限はない。どうかな、話してもいいのかな、帯刀君?」

帯刀は会話の成り行きを見守っていたが、意見を振られ少し考え込んだ。

「まあ、構わないでしょう。篠原医官に来てもらいましょう」

5分後いくつかの資料を持って篠原がやってきた。

「これがバイオコンピュータの外骨格の写真です。内部構造の写真はこれとこれです。実物を見るのは勘弁してください。扱いが非常にデリケートなので」

その内部構造の写真を見て一同は驚愕した。

「これは。なんて物を使っているんだ」

上泉が吠えた。橘が眉をひそめ天羽は軽蔑のまなざしを冷泉院に向けた。

「だから知らない方が良いと言ったろう。全く倫理観などと言うのはやっかい極まる。これが最も進化したコンピュータの形なんだがな」

「量子コンピュータではだめなのか?」

上泉はなおも食い下がる。

「量子コンピュータでは感情の解析が出来ない。気配を感じ取るのにいくつものセンサーが必要だ。バイオコンピュータはこのユニット一つですむ。合理的でコンパクト。兵器には重要な要素だ。パイロットの生死、勝利か敗北か、それを考えれば倫理などゴミだね」

パイロットの生死、戦争の勝敗、それを言われれば簡単にバイオコンピュータを不要といえる物はいなかった。

「コストと手間がかかるので自分としては使いたくはないのですが」

唯一反対したのは医官の篠原だった。

「あなたの倫理観には引っかからないの」

黙って話を聞いていた橘が批判する。

「別に何もありませんが。自分も冷泉院三佐と同意見です。戦闘職の人たちはいつもそうですが、理性よりも感傷を重視した発言をされる。サイエンスの思考方法を身につけてもらいたいものです」

「しかしこれは」

そう言いかけたところ上泉が会話を止めた。

「橘、やめておけ。どこまで行ってもこの問題は平行線だ。加えて我々は兵士だ。命令には従わなければならない」

「そうだ、上泉君はものわかりがいい。解決出来ない問題は無視して次の課題にかかり給え」

毒のある冷泉院の言葉に上泉は眉をしかめるのを隠さなかった。

間に入ったのは空挺団指揮官帯刀だった。

「冷泉院三佐、篠原一尉、もう少し言葉を選んでもらいたい。正しいことを言ったとしてもとげのある言葉では人心はついてこない。そのことを学んでもらいたい」

上泉や橘ら戦闘を任務とする者に気遣った言葉を使った。それはまた帯刀も橘と同様の心情を持っていることを暗に示したものだった。

「さて他に議題はあるかな?」

「あります!東条三尉に問いただしたいことがあります」

やれやれまたか、という風に上泉がその発言に反応した。

「橘二尉、何か?」

「先ほどの作戦の東条三尉の動きには納得しかねます。上泉一尉は確かに東条三尉に全て切り倒せと命じられました。しかし、あの場面では一両一両確実に仕留めるべきでした。ところが三尉は敵に損害を与えただけで戦闘能力を残したまま次の標的に向かいました。あれでは反撃を受け、こちらが不利になりかねません。その程度のことは空挺隊員なら百も承知のはず。それをしなかったのは功を焦ったとしか見えません。今後のためにもきちんと戒めるべきです」

「橘二尉、言いたいことはわかるし、一理あるのは確かだ。しかし今の発言は自分の獲物を捕られた事による嫉妬も混じっているように感じるのだが、どうかな」

橘の発言に反論した上泉の言葉は橘の深層心理を的確に捉えていた。

「私が三尉に嫉妬している」

それは橘自身も気づいていないことだった。

「橘二尉、後で私の部屋へ来い。きっちり説明してやる。東条三尉、貴様の教育プログラムは組み直す。以上で今日のブルーフィングは終了する。解散」

そういって上泉は会話を打ち切った。

「良かったわね、お呼ばれよ」

天羽が笑みを浮かべ橘の耳元でささやいた。

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