第46話 ニルヘイム国編
色彩を放った花達が、緑が茂る中でひとつひとつ存在感を放っていた。森全体に日の光が差し込んで、辺りには幻想的な世界が広がっている。
スクナが、澄んだ空気に堪らず深呼吸をすると、イマリも子供のように真似て、大袈裟に両手を広げて深呼吸をした。そんな姿にスクナが笑っていると、イマリは安堵するように微笑み返した。
北国に入ってからというもの、イマリはしきりにスクナの様子を伺っていた。
敵国へ潜入しているも同然な状況に、スクナを心配したフランソワからの助言が、イマリをそうさせていた。
「スクナ、この場所気に入ったーっ?」
「うん! 絵本の中にいるみたいで、お気に入りの場所になったよ」
スクナの言葉に、イマリは満足そうに口角を上げた。
タグロの後に続いて、スクナが道なき道へと足を踏み入れようとした瞬間、足元で物音がした。
恐る恐る茂みを掻き分けてみると、不思議な毛並みの小さな生き物が、ひょこっと顔を出し、鼻をヒクヒクさせてスクナを見つめていた。
「リス……かな? かわいい……」
「リスの仲間だとおもうけどーっ、これ『ハリー』って名前のマーボみたいに凶暴なやつだよっ みててーっ」
目を奪われるスクナの隣で、イマリはそのハリーの背中に向けて、指をぐっと差し込んだ。痛みに反応したイマリの肩が僅かに跳ねて「ほらみてみてーっ」と楽しそうにスクナへ指先を向けた。
「……針?」
「うんっ! 毒針だねっ」
にこやかに話すイマリの額や頬には、微量の汗が滲んでいる。それが毒によるものなんだと、直ぐに理解したスクナの顔が、一瞬にして青ざめた。
「イマリ……っ! とりあえずここに座って!」
「んっ? へーきだよーっ 解毒してるところだからっ」
自らで解毒が可能な人間が存在するということに、スクナは一瞬思考が止まり、あわあわと口が閉まりきらないでいた。
「やめろイマリ。そうやって昔、数日寝込んだことを忘れたのか。今寝込まれている時間はない、先を急ぐぞ」
「それちーさいときの話だしっ! タグロってさーっ、遊びが足りないよねーっ そんなだから女の子に相手してもらえないんだよーっ」
イマリの直球な言葉に、タグロは不服そうな表情を浮かべ、言い返そうと喉まで出てきた言葉をぐっと飲み込んだ。
今の気分を体現するように、タグロは大股でずんずんと茂みを突き進んで行く。
三人の向かう先は、この茂みを抜けた先にある、タグロやイマリ育った孤児院を拠点に作られた、タグロの率いるレジスタンスのアジトだった。
一度そこで、スクナとイマリは身を匿ってもらうことになっている。
「おいスクナ、俺が踏んだ跡を辿って歩け。そうすれば泥濘にはまることもない」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ねータグロ、どーしていつもそんな命令口調なのーっ? スクナにはそんな言い方しないでほしーんだけどっ」
「俺は命令などしていない。むしろ気遣って言ったくらいだ」
「えーっ、それ勘違いってやつだよーっ」
タグロとイマリの小競り合いは、スクナにとって新鮮味のあるものだった。
普段イマリが、こんな風に砕けている姿はあまり見かけない。それが新たに見れた、イマリの一面だと思うとスクナは嬉しかった。
「……おい」
「分かってるってっ」
急に小声になったタグロとイマリが動きを止め、茂みに身を隠すように、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
イマリはスクナに覆い被さるようにして身を低くする。
ちょうど三人の上空に、偵察で旋回している魔獣が飛んでいた。あまりにも高さがあって、それがどんな姿形をしているかスクナ達からは、はっきりと見えなかった。
「大丈夫だよっ スクナはわたしが守るからねっ」
耳元で囁かれるイマリの声に、スクナは全身の力が抜け、一瞬妙な気分に陥った。
いつもの安堵感よりも他の感情が上回り、耳まで赤く染まっている。
ただ、くすぐったかった訳じゃないことに、スクナは自分でも驚いた。
体すら反応してしまうほど、自分の中で育ちきったイマリへの感情に、やっと名前が付いた瞬間だった。
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