第43話

 凪のような感覚の中で、私は考えを巡らせる。イマリ、ウルナ姉さん、タグロさん……この三人の攻撃を止める方法を——。


 イマリの指が、タグロさんの首に食い込み始めていた。男性のタグロさんが、顔を真っ赤にして両手で引き剥がそうとしても、イマリの右手はびくともしない。


 私は急いでイマリの左腕から、思いきり身を振り解く。そして、驚くイマリと目を合わせることなく、そのままドラゴンの背中から飛び降りていった。


 「スクナっ!!」とイマリに呼ばれ、私は落ちていく宙で振り返り、眉を上げ目を見開いた。未だゆっくりと流れる私の視界は、三人の動きをしっかりと捉えることができている。


 ウルナ姉さんは指を動かしてはいるけれど、目線はこちらに向けられている。ひとまず、タグロさんへの攻撃は免れそうだった。なにより、イマリの手が離れたタグロさんなら、ウルナ姉さんからの攻撃にも対処できるはずだ。


 私を追って飛び込んだイマリは、遠慮なく口角が下がっていて、真顔になっている。いつもの笑顔の面影は、全くない。

 初めて見せてくれた表情に、こんな時でさえ、私の心は小さく跳ねた。


 一瞬でも揺れたイマリの感情が、このまま続けば良いのに……。そんな思いが頭を過ぎると、それが私の意志をはっきりさせてくれた。


 息を吸い込んで、叫ぶように言葉を放つ——。


「——私行きますっ!!」


 私の言葉に目を丸くしたイマリは、私の手首を掴んで引き寄せた。

 落ちる感覚から逃れると、足元でぴちゃっと泥が跳ねる音がする。


 ウルナ姉さんに指示されたゴーレムは、地面ぎりぎりのところで、私とイマリを優しく両手で包んでくれていたみたいだった。


「スーちゃんが決めたのなら、お姉ちゃんは何も言えないし、政府にもうまく言ってあげれるけど〜……下手をすれば全面戦争になりかねないよ〜? 世界をひっくり返すくらい気概がないと、北国に行くのは難しいんじゃないかしら〜」


 ウルナ姉さんが言うことはごもっともだ。そもそも北国で私が成すべき事が何なのか、全く理解できていないのに、見切り発車も良いところ。

 安直だって分かってはいるけど、それでも私の意思は揺るぎそうもない。ウルナ姉さんという後ろ盾があるのなら、尚のことだった。


「イマリの心臓を取り戻すことで、世界に何か影響が出るはずだけど……私は、いつ迎えられるか分からない平和を、ただ待ってるだけなんてできない。だから……っ」


 最後に言葉を詰まらせてしまったのは、世界をひっくり返すなんて大義名分、私は持ち合わせていなかったからだ。

 私はイマリの心臓を返して欲しい……それが私の意思のほとんどを占めている。

 ただ自分の感情に振り回されて、世界を巻き込む可能性があることに、私は後ろめたさを感じていた。

 

「妹もこう言っているんだ。……協力願おうか」


 首元をさするタグロさんは、ウルナ姉さんに手の内をみせるように、ことの顛末を話し出した。


 北国で起きている内戦というのは、北国の政府と、タグロさんも参加している協議会との対立のことだった。

 力任せな北国の政府に、対立する協議会。その協議会に参加しているのは、レジスタンスの組織が多いらしい。その中のひとつを取り纏めているのがタグロさんだった。


 協議会は、争うことなく戦争を終わらせる方法を、第一に考えているらしい。


 タグロさんは、北国に来てくれさえすれば、イマリに危害を加える気はないと豪語する。生涯守るとさえ、ウルナ姉さんに誓っていた。

 イマリの召喚士である私も、おまけでその枠に入れてもらえているようだったけれど、二人の将来を見せつけられている気がして、私は内心複雑ではあった。

 だけど、イマリが幸せな日々を送れるのなら、それも良いのかもしれないけど……。


「そちら側の希望は理解しました、ご協力させていただきましょう〜。……ただし、条件があります。北国の動向を、逐一ご報告願えますか? 南国の政府を介さず直接私に……」


 冷ややかに、にこっと微笑み首を傾げて、ウルナ姉さんは淡々と言った。

 タグロさんはそれに快諾して、イマリも異論なく私に賛同してくれた。

 

 残る問題は、ダグルス将官だ。タグロさんの言う通り、野放しにして良い人物ではない。私が懸念点を口にすると、ウルナ姉さんはにっこり笑った。


「スーちゃん、それなら心配しないでいいのよ〜。そこはもう解決済みだから〜」


 いまいち納得できなくて、私が訝しげな表情を浮かべると「一旦戻りましょうか〜」とウルナ姉さんが促した。


 私とイマリは、タグロさんのドラゴンの背に乗せられ、フランソワ先生達の元に飛び立った。

 

 道中、背後からイマリがぴったりと張り付いて、私の首筋に顔を埋めていた。何かから怯えるように。

 

 「スクナと一緒なら、楽しみっ」と耳元で聞こえた囁き声が、ほんの少し、弱々しく聞こえた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る