第41話
タグロさんのドラゴンが、両翼を天に突き上げて大きく振り落とすと、一気に加速した。タグロさんはドラゴンの頭を覆っている棘のような鱗に、器用に足を引っ掛けて、風圧をもろともせず突っ立っていたままだった。
イマリはタグロさんに「早すぎーっ!」と文句を言いながら、私の脇腹に腕を潜り込ませしっかりと私を抱き寄せた。その安堵感に、私は気が緩んでしまいそうになるのを必死に堪える。
一瞬のうちに、男のちょうど真上へと辿り着いた。
上空から男の姿を確認しようとするけど、全身を隠す真っ黒なローブに、フードも顔が隠れるぐらいに被っていて、どんな人物なのか全く分からない。
ただ一つ理解できていることは、バハムートと男からの威圧感がとてつもないと言うこと。彼らを前にして、私の体は反射的に怯んでしまっていた。それでも、ヴェルナ姉さんを撃ち抜いたこの人に、一矢報いる気持ちは絶えなかった。
「イマリは動くな。あの男はスクナと俺がやる」
「えーっ! わたしは魔力だすだけっ? みんなでやらないとぜったい勝てないのにーっ?」
「あの男の狙いがイマリだということもある。迂闊に手を出すな」
タグロさんがそう言い残すとドラゴンは急下降し、男に向けて青い炎を何発も繰り出していった。
動じない男はこちらに目もくれず、指一本こちらに向けてくる。すると、バハムートの雄叫びが轟いて、銀色の稲妻が、地上に差し込むように天から降り注いだ。
稲妻を咄嗟に避けたドラゴンは、宙で体を捻り、加速しながら次々に交わしていく。当然、私の視界もその度に揺れて、三半規管がどうにかなりそうだった。
それでもなんとか目を広げ、回転しながら猛スピードで飛ぶドラゴンの動きに、自分の身も合わせるように動いた。
「バハムートに攻撃はするな! 必ず打ち返されてしまう! 男を狙え……っ!」
タグロさんの言葉に、イマリは魔力の塊をいくつも放った。
「よーしっ! スクナ、順番に撃ち込んでこーっ!」
満面の笑みのイマリは片腕で私を抱いて、ドラゴンが回転する時を、都度見計らって大きく真上に跳びドラゴンの背に着地した。おかげで視界がぐるぐると回ることもなく、攻撃に集中することができる。
地上では、水飛沫あげた分厚い魔力が盾となり、全てを焼き尽くすような紅蓮の炎が男を攻撃し続けている。炎に身を包んだ、大きな角を二本生やしている魔人は恐らく『イフリート』で、ニヒト先生を肩に乗せていた。
バハムートは地上に立った男の後ろで、翼を動かすことなく、優雅に宙を浮いている。男の周りにはオーロラのようなバリアが張られていて、私達の総攻撃も無効化されているように感じた。
「——で、そろそろ何か話してくれてもいいんじゃないかしらっ?」
フランソワ先生が男に向けて言葉を放っても、男が応える様子はなかった。
降り注ぐ稲妻が、一瞬緩んだ隙を見てドラゴンは下降し、バリアに向けて鋭い爪を捩じ込ませた。その衝撃でほと走る火花のような光は、星が砕け散ったみたいに美しかった。
「……北国政府の犬が、ここで何をしている? お前達の目的など知らんが、こちらの邪魔をするようなら容赦はせん」
タグロさんの言葉に反応したフランソワ先生が、改めて口を開いた。
「……へぇ。あっちでもこっちでも政府の犬だったってわけね。それじゃあ、あなたの意志はどちら側のものなのかしら。……ねぇダグルス?」
その名前に、私は耳を疑った。驚きのあまり、声も出ない。
フランソワ先生の言葉で観念したのか、男はおもむろにフードを取り、あのいぶし銀の姿を見せた。
「……フランソワ、いつから気付いていたんだ?」
そう言って顔を露わにさせたダグルス将官は、鋭い目を残したまま、口元はにやりとさせた。返すように、フランソワ先生も同じような表情を浮かべる。
「元々怪しい奴だなーとは思っていたけど、確信したのはついさっきってところかしら」
「元々……か。フランソワがまだ政府の犬だった頃からということだな」
困り顔で、懐かしむようにダグルス将官が言った。
ダグルス将官は、北国でも南国でも政府に関わっている。フランソワ先生は、当時政府に籍を置いていて、そこで二人は知り合っていたみたいだ。
タグロさんはドラゴンに指示をして、バリアから爪を引っこ抜いた。
そしてその場から離れ、ニヒト先生とイフリートの隣へ身を移す。
「スクナさん、イマリさん。ご無事でなによりです」
目が合ったニヒト先生は、微かに微笑んだ。見た目に怪我はないものの、魔力が尽きそうなのか、満身創痍に見える。
政府の召喚士は訓練所に向かったらしく、このバケモノみたいなバハムートを、たった二人で抑えていたんだからそうなるのもおかしくない。それでも一歩も引かないその姿に、ニヒト先生の強さを感じた。
「まあ、聞きたいことは山ほどあるけれど、とりあえずあなたの目的は何かしら?」
フランソワ先生が睨みつけるように言った。
「目的……。簡単に言うならば、『元の世界を取り戻す』のが目的となるだろうな。南国で長い潜伏を経て、ようやくその道筋が見えた。フランソワ、君には感謝をしている。兵器になり損ねたガラクタを救い育て、その力をコントロールできるであろう人間まで育てあげてくれたのだからな……」
そう言ってダグルス将官は奇妙に笑いだし、仕舞いには、彼とは思えない恍惚とした表情をこちらに向けた。
「……運命は、北国に味方したんだ。もう戦争なんて終わらせよう。南国に住まう、全ての命と引き換えにな……!」
ダグルス将官は身を低くしたバハムートの首に跨ると、こう続けた。
「……そうだ、ここに居た政府の召喚士どもを、訓練所に向かわせたみたいだが、あちらには上位階級の召喚士を山ほど向かわせてある。今頃訓練所は……——なんだ?」
ダグルス将官が言い終わる前に、眩い光りを放つ大きなゲートの輪が、ダグルス将官を取り囲むように幾つも浮き出した。
「あらあら、北国の方はおイタが過ぎますね〜。ヴェルちゃんを撃ち抜いて、スーちゃんまで連れて行こうとしてませんか〜? お姉ちゃんとしては、絶対にあなたを許すことはできませんよ〜」
聞こえてきた柔らかい声と口調に、私は遠い日の記憶が蘇り、今にも泣き出しそうだった。
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