第36話

「何故って、私も召集されたからよ? すき好んであなたと同じ三号車に居るわけじゃないわ」


「……減らず口をたたけるのも今のうちよ、ヴェルナ。アンタどうせ、これが初めての『東』なんでしょ? 腰抜かさなきゃいいけど」


 刺々しいミリヤとヴェルナ姉さんの会話を遮るように、荷台へと続く階段を、軋ませながら登る足音が聞こえた。この場の空気を切り替えるように、大きく手を打つ音も荷台に響く。


「はいはーい。まあ、お二人さん、先に私の話を聞いてちょうだい」


 私は右隣りに座っていたのがヴェルナ姉さんだと分かって、ひたすらミリヤだけを見ていた。フランソワ先生の登場に、私はここでようやく右側へと視線を向ける。


 入り口に立って、手を重ねているフランソワ先生は、ヴェルナ姉さんとミリヤの口論を、喜劇でも見ているかのように、今にも笑い出してしまいそうだった。


「……まず、この三号車のメンツは、私が選りすぐった先鋭部隊なの。ヴェルナは東側の特殊な任務に、度々召集されているわ。前線で立つことは無いけど、未経験ではない。だから、ミリヤがそこまで心配しなくても問題ないわよっ」


 フランソワ先生は、意地悪そうにミリヤへとウィンクを送った。


「なっ……! なんで私が悪趣味女の心配なんかしなくちゃいけないのよっ!」


 ミリヤのこめかみには青筋が浮かび、妙にムキになって騒いでいる。

 そんなミリヤを眺めながら、座ったまま両脚をぴんと伸ばして、退屈そうにしていたイマリが口を開いた。


「ねーフランソワーっ、今日ってどこまでいくのーっ?」


「今日は、東門と退廃地区の間辺りに行くわ。この前のごろつきが、あの周辺をうろちょろしてるって情報が入ったのよ。政府も前のめりでうるさいから、さっさと終わらせて帰りましょ」


 今回の任務の名目は、ごろつきの撃退。だけど本来の目的は、以前イマリの体内に撃ち込まれた、『再生を妨げる魔力の塊』の回収及び、解析。そうフランソワ先生が教えてくれた。

 北国の特殊な力に目を付けた、南国政府からの急ぎの指示だった。北国の魔術を、南国はその度に解析していて、その対処に励んでいるらしい。

 「南国はいつも怯えてる」と半ば自国を小馬鹿にするように、フランソワ先生は溢した。


 イマリを囮に使って、その塊をマーボに回収させる算段らしいけど……。囮なんて、イマリの命を軽んじているように思う私は、政府に対して不信感を抱くことしかできなかった。

 それでも、私がこの任務で成すべきことは、戦場で状況を素早く判断し、イマリに無茶をさせないよう指示すること。とにかく、イマリを死から遠ざけることが私の役目だ。


 後から乗り込んできた政府の召喚士が座ったところで、ケルベロスが繋がれた三号車はゆっくりと動きだした。その瞬間、イマリが私の肩を抱いて引き寄せた。


「スクナ、ふんばらなくちゃだめだよーっ」


「——うわぁっ!」


 イマリに言われてすぐ、私はその言葉を理解した。

 ケルベロスが急に走り出したのか、その勢いで重力が掛かり、体が後ろへ思いっきり引っ張られる。その勢いは止まることを知らず、イマリが掴んでいてくれなければ、左右に揺れるたび、荷台の中で振り回されそうだった。


 目の前に居たはずのミリヤは、勢いよく後ろに転がったみたいだった。開けっぱなしの荷台の入り口から振り落とされそうになるのを、近くにいた政府の召喚士の腕を掴んで難を逃れている。戦場に掲げられた、旗のように体をなびかせながら。


 ミリヤは「落ちる落ちる落ちる落ちるぅ……っ!」と叫びながら、若干白目を剥きそうになっていた。そんなミリヤに近付こうとする私を、フランソワ先生が掌を向けて止めた。

 荷台の骨組みを器用に掴んで、揺れる中を進み、ミリヤの首根っこを掴んで、軽々と座席に座らせた。

 よほど怖かったのか、ミリヤは笑いながら白目を剥いている。


 そんな中、ヴェルナ姉さんは顔色一つ変えず、しなやかな腕を伸ばし、骨組みを力強く掴んで耐え抜いていた。私の遠い日の記憶では、ヴェルナ姉さんにこんな腕力はない。ヴェルナ姉さんの事だから、訓練所では魔力だけじゃなく、自分の体も地道に鍛え上げてきたんだ……そう感じた。


——!?


 大きな石の上を車輪が通過したのか、突如荷台は大きく傾いた。ヴェルナ姉さんを支える為に、反射的に動いた私の手は、ヴェルナ姉さんの肩に触れていた。


「——あっ、ご、ごめんなさい」


 一瞬の傾きも収まり、私はさっと肩から手を引く。触れてしまったことに私が謝ると、ヴェルナ姉さんは、私の手が置かれていた肩をじっと見つめ、何も言わない。


「ねースクナのおねーさん、こーゆーときはありがとーだよっ?」


 イマリがとんでもない事を言い出して、内心焦りつつあたふたしていると、ヴェルナ姉さんは、表情を変えず小さい声で「ありがとう」と言った。


 礼儀を重んじるヴェルナ姉さんが、指摘に耐えられず言っただけで、それが私へ向けられた感謝の言葉だったのかは分からないけれど。


「おねーさん、ちゃんと言えてえらいえらーいっ」


 何を考えているのか、イマリは挑発とも取れる発言を連発している。

 (イマリっ、もうやめて……)と私が耳打ちすると、ヴェルナ姉さんがイマリに向かって口を開いた。


「……イマリ、だったかしら。これからも、スクナの事をよろしく頼みます」


「うんっ! 任せてーっ」


 イマリは満面の笑みで答えて、ぎゅっと私の体をさらに抱き寄せた。


 その光景に、私の心臓は弾んだ。ヴェルナ姉さんがそんなことを言うなんて思いもしなかったし、イマリとヴェルナ姉さんが打ち解けた(?)ような気がして嬉しかったからだ。


 どうしても緩んでしまう口元を見られないように、私は下を向いて、人知れずこの嬉しさを噛み締め続けた。


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