第32話

「——では、それぞれの場所で待機」


 もう何度この言葉を聞いただろう。今日も私とイマリとエニマ先輩は、西門の警備にあたっていた。何だかんだで言いそびれていた、イマリが召喚士であり召喚獣だという事実をエニマ先輩に告げる。すると彼は驚いたような、そうでもないような……終始、妙に納得した感じで私達の話を聞いていた。話し終えた後も、イマリの事を気遣ってか踏み込んで聞いてくる様子もなかった。


「東側ってさ、イマリちゃんが住んでいた頃と今じゃ、結構雰囲気変わったりするの?」


「んっ? そんな変わんないかなーっ けど『闘技場』はなくなってたよっ」


 イマリの言う『闘技場』は南国では誰もが知っている違法の賭博場だった。自身の召喚獣が勝てば賞金が貰えるというシンプルな内容に、貴族の暇つぶしか、そのどちらが勝つかに大金を賭けるという、違法なものまで備わった場所。それに加え、悪趣味な人間が考案した『公開拷問』という見せ物まであった。

 

 それは罪人が召喚獣に甚振られて、衰弱するのを見届けるという非人道的で卑劣極まりないものだ。そんな悍ましい場所がなくなった事実は吉報だと思う。


「でも闘技場が機能しなくなったのって結構前だったよね。公開拷問中に政府から摘発が入って、呆気なく終わったんだとか……」


「そーそーっ いきなり来たからみんな大慌てだったなーっ フランソワに初めて会ったのはそのときだよっ」


「「……え!?」」


 私とエニマ先輩は全く同じリアクションをとったようだった。イマリが退廃地区で過ごしていた時期があることは知っていた。だけど闘技場にも出入りしていたなんて……。


「イマリちゃんが闘ってたってこと? それとも……」


 エニマ先輩は固唾を飲んで、イマリの言葉を待った。


「んっとねーっ 反撃できる日できない日があったかなーっ 攻撃されっぱなしはムカつくけど、そっちのほーがもらえるご飯おいしくてっ」


「じゃあイマリは北国から来て捕まって、闘技場で誰かの言いなりになって暮らしていたってこと?」 


 私は単刀直入に聞いた。イマリの過去がどれだけ壮絶でも、全部受け止めるしかない。今の私はそう思うことに深い意味はなく、イマリと一緒に居る為に必要な事なんだと自然に感じることができていた。


 隣では、私の言動にエニマ先輩が仰天している。デリカシーの無い不躾な質問だと思われたんだろう。まあ良いけど。


「うんっ、そだよーっ 生イモばっかであっちほんと嫌だったーっ」


「生の芋? もうそれ毒になりかねないね」


「うんっ もう一生食べないよーっ」


 あっけらかんと会話を続ける私達に、違和感を覚えたのか、機転を利かした(?)エニマ先輩が話題を変える。


「そ、そういえば今日って、模擬戦の日なんだよね? 室内訓練場でやるって聞いたけど、関係者以外は立ち入り禁止なんでしょ?」


「はい、そうですね。なのでエニマ先輩はどうしたって入れません」


「スクナちゃん、どんどんヴェルナに似てきてるよね。もうどっちがどっちか分かんないレベルだよ……」


 引き攣りながら話すエニマ先輩を、私は真っ向から無視を決め込み、遠くに見えたイマリの故郷に思いを巡らせた。

 


「はーいお待ちかね。とうとうこの日がやってきたわね。スクナちゃん、イマリ準備はいーい?」


 室内訓練場にて私とイマリ、向かい合ったミリヤとマーボ。そのちょうど間に立ったフランソワ先生は、自前の背もたれ付きの椅子に深く座り、足を組んでくつろいでいる。今にも歌い出しそうなほど気分が良さそうだった。


「イマリ、あの日私とマーボに喧嘩をふっかけたことを、後悔させてやるわ」


「えーっ? わたしケンカしよーなんて言ったことないよーっ?」


 「しらばっくれてんじゃないわよ」とミリヤの怒声が訓練場に響き渡り、イマリは悪気なくそれに応戦している。……イマリという人は、鋭いときもあれば、鈍感なときもある。もしイマリに心が備わっていて、感情を保たせることができていたら、イマリの本質ってどちらに比重が置かれるんだろう……。そんな事をぼんやりと考えながら、私は騒がしくなった二人のやり取りを見守った。


「……じゃ、始めますか。模擬戦のルールはいつも通り、降参した方が負け。他に何か質問ある?」


 フランソワ先生の言葉に、肘が真っ直ぐに伸びきるまで手を上げた私は「質問ではなくお願いしたいことがある」と半ば宣言するように言った。

 

 私の姿に、仰け反って座っていたフランソワ先生が、前屈みになって口端を上げる。


「それは……何かしらっ?」


「……もし、私達がミリヤとマーボに勝つことができたら……今後イマリが受ける任務に、私も同行させてください……っ!」


 私の宣言にも近い願いに、ミリヤは驚き、眉をひそめながら口をあんぐりさせ言葉を発せずにいる。イマリは「いつも一緒だねっ」と私を抱きしめ上げそのまま回転した。一見、恋人さながらのこの光景は、遠心力の負荷がこの身に沁みて、降ろされる頃には吐き気に苛まれた。ロマンチックにはほど遠い。


「んふふっ。いいわよ。スクナちゃん達が勝てたら……ね」


 艶かしく言うフランソワ先生に「絶対約束っ」と、イマリが念を押す。

 目を伏せ黙っていたミリヤが、覚悟するように顔を上げ、私の視線を捉えた。


「……スクナに戦場は早過ぎる。私は立場上、その願いを叩きのめすしかない。悪いけど、そっちの実力次第では本気でいかせてもらうわ」


 感じたこのないミリヤの威圧感に、飲み込まれてしまいそうだけど、ここで気負いするわけにはいかない。私は一呼吸置いて魔力を練り上げた。それに合わせイマリが両腕に魔力を纏わせたところで、それが開戦の合図となった——。


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