第19話

「……今の私じゃ、あまりのショックに立ち直れない……か」


 フランソワ先生の言葉に悩まされて

 こんな時間になっても未だ眠れず

 私はベットに座って、独り言を溢す。


 立ち直れないほどの事って一体……。

 今は知らなくていい事に

 ずっと考えを巡らせてしまう。


 ニヒト先生から教えてもらった話でさえ

 未だ消化できず、普段は考えないようにしてるのに。


 考えてみれば……確かに……今の私じゃ、これ以上の事は許容できないな。

 

 背もたれのない小さな椅子を窓際へと置いて座り、真っ暗の外を眺めた。

 

 眺めるといっても、ただ目線がそこにあるというだけで私は何も見てはいなかったけど。

 

 …………?


 こんな時間にドアをノックする音がした。


「エニマです……スクナちゃん夜分にごめん……」


 突然の来訪に驚いた私は咄嗟に大きな返事をしてしまった。とにかく急いで制服に着替えドアを開けた。


「あ、こんばんは、スクナちゃん。ほんとこんな時間にごめんね。びっくりするよね。俺眠れなくて外歩いてたら、窓に居たスクナちゃん見つけちゃって……。勢い任せで来ちゃったんだけど、もしスクナちゃんも眠れないなら外で少し話さない?」

 

 ……色々と思う事はあったけど

 この部屋でひとり眠れず考え込むよりは良いのかな。そう考えた私は彼と一緒に外へと向かった。


 建物の正面玄関に、ちょうど良い高さの階段があって私達はそこへ座る事にした。

 正面玄関ということもあって、ほんのりではあるけど、グラウンドなんかよりもずっと照明が明るく照らされていた。

 

 暑くもなく寒くもないこの気候と

 この薄暗さが心地よくて

 隣にエニマ先輩が座っていたことも忘れ

 私はひとり物思いに耽ってしまっていた。


「ねぇスクナちゃん」


「……あっ、はい」


「君は、ヴェルナの事が嫌い?」


 エニマ先輩の質問こそ突拍子がないと

 私はひとり心の中で呟いた。


「えっと……嫌いじゃないです。どちらかといえば、私が嫌われていると思います。小さい頃はもう少し仲良くしていたんですけどね」


「やっぱりなぁ……」


 エニマ先輩は私の言葉に

 妙に納得した表情を浮かべている。


「ヴェルナはさ、スクナちゃんの事大好きだよ。ただほら、知ってると思うけど、ヴェルナって不器用だからさ」


「そう……だといいなとは思いますけど……」


「にわかには信じがたい……って顔だね。ま、いいや。これだけ伝えられただけでも俺にとっては満足」


 エニマ先輩は言葉の通り、満足そうな表情をしていた。


「そういえば、スクナちゃんはどうしてこんな時間まで起きてたの?」


「それは……ある人の事で悩んでいると言いますか……」


 エニマ先輩がどうとかではなく、私自身が誰かに心情を話すのは、昔から気が進まない事だった。だからといってこの場で話さないのは失礼にもなるのか。


 考えた結果、もちろん固有名詞は出さず

 抽象的にざっと話す事にした……。


「うーん。なるほどねぇ。つまり、スクナちゃんはその人の事が大切で、力になりたくて、だけど力不足で焦ってて。その人の事をもっと知りたいのに、受け止める準備ができてない……と」


 かなりふわっとさせて話したつもりだったのに、この限られた情報で、エニマ先輩は要点をしっかりまとめていた。

 こうやって要約してもらうと私の頭まで整理される気がした。


「スクナちゃん、これは病だねぇ。しかも重度のさ」


「え? 病気って事ですか?」


「うん。俺もさぁ、同じ病を患ってるからよく分かる」


「同じ病……」


「しかも相手が振り向いてくれなきゃ治んないとか、きっついよねぇ」


 エニマ先輩の言っている意味が分からなくなってきた私は、自分でも分からないうちに表情へ出していたようで……


「『まわりくどい男』とか思ってそうな顔だね。そういう顔に出ちゃうとこ、ヴェルナとそっくりだ。まあ、つまり……俺達が患っているのは『恋煩い』ってやつだと思うよ」


「………………え?」


 不意をつかれる。まさにこれ。

 フランソワ先生のしっぺ返しにあったような気持ちだった。

 

「話聞いてて思ったけど、やっぱスクナちゃん自分で気付いてなかったんだね。これを機に意識しちゃうんだろうなぁ。ま、でもさ、自分の気持ちを知るのは大切な事だから……あんまり俺を責めないで?」


 責めないで。と言われても。責めたくもなる。

 こんな事言われたら、実際の気持ちはどうであれ……イマリに会ったとき絶対変に意識してしまう。どうしてくれるの、この感じ。

 

「エニマ先輩……私あなたの事、責めるどころか恨みます」


 私は、冷ややかな笑顔を先輩に送る——。


「うわっ。こんなところまでヴェルナと似てるんだね……」


 何も言わず、私は冷ややかな笑顔をお見舞いしていく——。


「ちょちょ、なんか怖い。ごめんなさい、すみませんでした!」


 エニマ先輩との、くっだらない時間を過ごしていると、正面玄関へ向かって歩いてくるイマリの姿を見つけた。


 上着を片手で握って雑に持ち、気怠そうではあるけど優雅に歩いているようにも見える。


 月明かりの下ってこともあって

 妖精だか女神だかに見えなくもない。

 

 ……もしかして

 こんな幻想的に見えてしまうのは

 本当に恋煩いだからとか……?


 エニマ先輩のくっだらない話で、私の思考は掻き乱される。

 

「あれーっ? スクナ、こんなところで何してるのーっ?」


「ああっ、いいイマリっ……おおおかえりなさいっ」


「ははっ、分かりやすいねスクナちゃん。動揺しすぎだよ」


 私は一瞬エニマ先輩を睨み付ける。


「あっ……あの、それじゃあ俺はこれで……」


「はい。おやすみなさい先輩」


 そそくさと逃げるようにして

 エニマ先輩は正面玄関に入っていった。


「んー 帰っちゃったねーっ」


「い、いいのいいのあの人は。帰ってもらって良かった。それよりイマリ、改めておかえりなさい」


「うんっ ただいまっ!」



 私はイマリが入浴して戻って来るのを、じっと待っていた。エニマ先輩の話を紛らわすために本でも読みながら。


 とはいえ、内容が全く頭に入ってこないけど。



 


 


 

 

 


 

 

 

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