第15話
鐘の音が轟く——。
やけに腫れぼったい瞼を指でぐりぐりと擦り、イマリの姿を探す。
私が眠っている間にイマリはこの部屋へ戻って来ていたのか、私の制服の隣にイマリの制服も掛けられていた。
鐘の音が鳴ってしまったので、とりあえず私は、自分の制服に手を伸ばし着替えようとした。すると部屋のドアから、入浴して湯気だったイマリが目に入ってきた。
私は無意識に手から制服を離して、イマリへと駆け寄り、柄になく思いきり抱き付いた。
「えーっ! スクナから抱きつくなんてめずらしーねっ どーしたのー」
そう言ってイマリは私を抱きしめ返してくれた。
「どうもしないよ。……おはよう、イマリ」
私がそう言うと「おはよっ」と小さく返してくれた。
今までになく鮮明に世界が見えている。
イマリにとっては変わらない朝かもしれないけれど、私自身は『決意の朝』を迎えていた——。
私がどんな朝を迎えたところでイマリが抱える事情が変わることなんて無い。
だけど私は昨日、心に決めた事がある。
『イマリは私は死なせない』と。
私はもう、落ちこぼれのままじゃいられない——。
「正午に室内訓練所場しゅーごうってかいてあるーっ」
ドアに付いていた貼り紙をイマリが見つけ、それを私に見せてくる。
「そうみたいだね。正午に室内訓練場前に集合か……時間あるし朝ご飯でも食べに行く?」
「うんっ、いこいこーっ!」
私達は着替え済ませ食堂へと向かって行った。
*
食堂に来て、私は目に映る光景に正直尻込みしていた。私が昨日までいた学舎の風景とは、全く別の世界がそこにはあったから。
訓練生の年齢はもちろん、体格も違えば、何より目つきが違う。普段から、実践を繰り返しているここの訓練生達は格上だ。
「あら、スクナ達も来てたんだ」
私達の背後から、声を掛けてくれたのは気怠そうにコーヒーカップを持ったミリヤだった。
ミリヤに挨拶をしたイマリは注文してくると言って、そのまま厨房のほうへと歩いて行った。
「ミリヤ、昨日は本当にありがとう……」
ミリヤは何も言わない代わりに、私の肩にぽんと手を置いた。
「今日から実践っていうか警備が始まるわけだけど、心の準備はできてる?」
「どうかな……昨日も色々と考えて、結局私とイマリに必要な事って『経験』だと思うから。ぶっつけ本番で、『二人で戦う』方法を模索していけたらいいなって考えてる」
「うん、スクナも少しは召喚士らしい目つきになったね」
ミリヤがそう言って激励してくれた事で、今日から始まる新しい日々に、改めて前向きになれた。
「あのネっマーボはネっ ミルクヨっ ミルクっ」
私達が話している足元にマーボも居たようで、ミリヤにミルクを催促していた。
「マーボはさ、白いもの飲んだり食べたりしたら、体がもっと白くなるとか思ってんの。召喚獣ってひと癖あるよね。イマリもそういうところない?」
「イマリの癖のあるところ……心が読めないとか?」
「え、何それ。まあ確かにそれは、ひと癖あるね」
ミリヤはいつも、私が何を話さずとも推測って、何でもないように振る舞ってくれる。
今は色んな事があり過ぎて、ゆっくり話ができないけれど、どうして私と仲良くしてくれるのか、何故ここに潜入しているのか……いつかその時がきたらミリヤに聞いてみたい。
ミリヤの事情を聞くのは、今の私のままじゃ役不足だと思うから。
*
時間を迎え、私とイマリは室内訓練場の前へと来ていた。やはりこの場の雰囲気に、体が緊張してしまう。私は結局、安心材料を求めてミリヤの姿を探してしまっていた。
私はどこまで落ちこぼれでいれば気が済むんだろう……。そう自己嫌悪に陥っていると、イマリが私の肩を抱いてその場から一歩、後退りした。
…………。
「どうして、あなたのような落ちこぼれが、こんな所にいるのでしょうか」
私に向けられた棘のある言葉には、嫌というほど聞き覚えがあった。
私より深いエメラルド色の髪を腰辺りまで伸ばしていて、私とは違う切れ長の目と、それに合わせるように生え揃った長い睫毛が目元に気品を漂わせている。
ただの一点を見るように私を見下げ、凍てついた表情を浮かべているのは、紛れもなくヴェルナ姉さんだった……。
もう年数さえ覚えていないほど、久しぶりに直視した姉さんの眉間には、大きな切り傷の跡が残っていた。
「ヴェルナ姉さん……」
「ん? ねえさん? えっ、もしかしてこのこわい人、スクナのおねーさんっ? だとしたら、全然にてないねーっ!」
「スクナ。答えなさい。どうしてあなたがこんな所にいるのかって聞いているの」
言葉が上手く出てこない私を庇うように、イマリが話を続けてくれた。
「どうしてってー スクナは召喚士だからにきまってるよーっ おねーさんもしかして、頭よくないのっ?」
ヴェルナ姉さんは、イマリの言葉に反応は示さず、見定めるようにイマリを見つめていた。
「……ちょっと、笑えるじゃないイマリ。アンタもたまには良い事言うわね。そうね、同感だわ。アンタはおつむが弱いのよ。だから未だに妹イビって楽しんでるのよね」
ヴェルナ姉さんの後ろから歩いて来たのは、私が待ち焦がれていたミリヤだった。
ミリヤは高飛車を装うように腕組みをして、自身よりも背の高いヴェルナ姉さんを見下すような口調で言っていたけど……
私には、胃がひっくり返りそうなほど恐ろしい光景だった。
「あら。どこから声がするかと思えば。変態ストーカーのミリヤですか」
「何それ。悪趣味な奴に言われたくないけど?」
お互いに、一歩も譲る気はない。といった気迫を感じる。変態ストーカーと悪趣味。
……子供の喧嘩みたいな口調に聞こえなくもない。
二人は知り合いのようだけど、どこで出会ったんだろう。
「ねーねーっ なんかあっちで集合っていわれてるよーっ?」
イマリが指差すほうで、訓練生達が集まってすでに整列を始めていた。
それを見たミリヤとヴェルナ姉さんは、競争でもするように二人で人集りへと急いで行った。
「わたしたちもいこーっ?」
そう言ってイマリは私の手を取り
連れ出すように私を引っ張った。
実はこの時、手を取ってくれたイマリの姿がいつもと違って見えて、握られた手を、このまま離して欲しくないなんて思ったのは、誰にも言えない秘密となった。
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